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俺ね、うん、本当は知ってたよ」

シャワールームから出て、服に着替えた柚弦は一息つくなりそう言って苦笑した。

「知ってた、っていうか、気付いたっていうのかな。うん、俺すごいこういうの鈍感みたいに思われてるみたいだけど、多分そんなに鈍くなくてね」

いや、鈍いか鈍くないかで言ったらすごい鈍いと思うけれども。まさしく鉄壁でしたけれども。どうせ気付いたって言っても最近のことなんであろう。いつかなんて想像がつく。

俺が泣いて、そして柚弦が泣いた日だ。

「じゃあ知らないフリしてたの」

気付いてからずっと。

「俺の気持ちが迷惑だったから」

「違うよ、そうじゃなくて、」

「柚弦はずっと、ただの友達が欲しかったから」

「確信が持てなかったんだ!」

「…確信?」

咄嗟に張り上げた声を自分で咎めるかのように、柚弦が口元を手で隠した。部屋着なのか緩い襟首から鎖骨が覗いていて、シャワールームで見た柚弦の身体が簡単に思い起こされる。

「新入生歓迎会のとき、晃希が泣いてたのを見て、もしかして、って思った。俺は本当になにもわかってなかったんだなって。でも、半信半疑でもあった。晃希は『親友』だって言ったから」

そうですねえ、言いましたねえ。そのとき俺にとって柚弦に一番近い距離はそこだったので。

「この学園の生徒ならまだしも、外部からきた晃希が俺のことを好きかも、なんて、自意識過剰っていうか、転校してきてあまり俺以外と関わってないから、そう思うのかもって」

晃希は明るくて素直だし、度胸もあるし、かっこいいから誰にもモテるだろうし。

大好きなひとが、俺の良いところを褒めてくれている。他のひとから人気だよって、到底自分がその対象になっていることなんて思い至っていないような優しい声で。

「生徒会に入れば、柚弦以外にも興味が向くって?」

「だって俺より晃希に相応しい人はいると思ったんだ。…気持ちを疑うようなこと考えたのは、ごめんって思ってる」

「本当にごめんって思ってる?」

「え?」

つい切り込んでしまったのは、柚弦の態度が全然変わらないからだ。
穏やかで、温かくて、癇癪を起した子どもを慰めるような笑顔。

好きだって言えば、柚弦を困らせると思った。だから俺はずっと口を結んで、島幸高さえ見送って、柚弦の涙を想像して1人悩んでみたりした。でも違った。俺の「好き」は、そんな価値すら持っていなかったのだ。

(人を困らせるのは島幸高の専売特許だ)

つられて俺が真似てみたところで、敵いはしない。
きっとこうやって泣いた島幸高も慰めたんでしょうなあ、と思ったら止まったはずの涙がこみ上げる。本当は、泣いてる柚弦を俺が慰めたかった。柚弦が弱さを見せられる人になりたかった。1人で泣くくらいなら、言ってくれればよかったんだ、友達だと思ってたのに裏切られたって。
行き場のない感情が身体の中でぐるぐるして、柚弦の手を握りしめる。

「晃希?」

すかさず心配そうに握り返されて、普段なら嬉しいはずなのに、喉の奥が震えた。

「俺のこと嫌いなのって、聞けるくせに、好きなのとは聞けないんだね」

「あ、」

告白して、優しく受け入れてもらえて、これからも仲良くしてもらえそうで、かしこいかしこいこーきくんはわかる、ここが引き際で、友達になるなら今なんだって。
このまま、いつか卒業の日にでも振り返る日が来て、そんなこともあったねって笑えるようなたった一コマにしてしまえる。
無理だよ諦めなよって言うみんなが羨むような、青春の1ページにできる。

「そう聞いてくれたら、一生懸命、答えたよ」

緊張で手に力が入って、自然と柚弦の手の甲に爪を立てた。

「晃希」

けれどやっぱりだめだ、柚弦の笑顔を見たらもうだめだ。
どうして手を伸ばさずにいられるのかなあ、視界に入るだけで幸せになれる存在がそこにあると知ってるのに。

「だって、全然わかってにゃー、俺がどれだけ柚弦を好きか」

綺麗な茶色い瞳が俺を映す。そうだよ、ちゃんと俺のことを見て。
泣いたから、なんて勘違いしないでよねえ、それだけじゃないよ。

「俺が柚弦のこと好きなのは、全然特別なことじゃにゃー。そんなの俺の毎日だよ」

泣くのも笑うのも頑張れるのも、全部柚弦が好きだからだ。恋心を持った俺の姿が、柚弦が見てきた俺の毎日だ。

「柚弦がさっき褒めてくれた俺は、全部が全部柚弦が好きだから生まれた俺だよ」

明るく笑っていられるのは、柚弦の隣にいれるからで。
生徒会に入ろうって気持ちが固まったのは柚弦を守りたかったから。
それでちょっとでも柚弦にかっこよく思われたくて毎朝顔を洗って、無造作だって言われる髪型もちょっと弄ってみたりする、そんな毎日の些細なこと。

「ちゃんと見て、気付いて。柚弦が少しでもいいなって思う俺は、全部柚弦のおかげだって、もっと自惚れてよ」

言いたいことを言いきって、そのまま柚弦を見つめれば、ようやくそこで柚弦の顔が真っ赤になった。
戸惑って引かれる手を離さないように掴みなおす。

「な、なに……こーきさん格好よすぎねえ…?」

「どうしてだと思う?」

「……俺のことを、好きでいてくれるからです………」

「正解。わー、その顔初めて見た〜」

「見んのやめて…」

顔を隠そうと翳される手の向こうに、ふにゃりと緩んだ赤い頬が覗く。

「ありがと、嬉しい」

うん。好きだ。
だから頑張って、まだ折れないで、俺の心。
友達には、なれないんだから。

どうせ傷つけるなら、他の誰でもなく俺がいい。
可愛くない欲望が俺の背中を押す。

「だから、選んでよいよ」

「選ぶ?」

「付き合ってくれないなら、もう縁を切ろう。付き合うか、友達やめるか、選んで」

「…っえ……」

一瞬、何を言われたのかわからないって顔をしてから、ざあっと柚弦の顔が青ざめた。
柚弦に腕をつかまれて、この状況にも関わらずうれしいと思ってしまう。

「ま、待って極端すぎじゃねえ!?」

「極端じゃにゃー」

「大体それで付きあおって言ったって、お前は嬉しくないでしょ!?」

どうかな。隣にいてもいいんだって思えるだけで、俺は単純だから喜んじゃうかもしれないよ。

柚弦は俺の心を奪っちゃったせいで俺の分まで傷ついて泣く羽目になって可哀想だなあ、自分のことなのにぼんやりと思う。
返してくれていいのにな。それが柚弦の心だったらもっといいのにな。

「俺は柚弦のこと嫌いになれないし、友達にもなれないし、一緒にいて柚弦は辛い思いをするよ」

「しないよ、辛いなんて思わなくていいって、ゆ…、友達が教えてくれたし、晃希もいまそういうことを言ってくれたんでしょ?」

「今『ゆ』って言った」

「いってない」

「『幸高』って言おうとした」

「してない」

明らかにやばって顔をしながら柚弦が顔を逸らす。

別にそんなことで怒ったりしにゃー。好きに転がるのか嫌いに転がるのか、それは人それぞれだけどいつだって人を乱すのが島幸高だってことは百も承知だ。
友情じゃない好きだと受け止めてもらえること、島幸高の名前を出したらまずいって思ってくれること、今までの鉄壁を崩したのが島幸高だろうと、ずるくたって俺はその隙につけこみますが何か!?遠慮なくぶち込みますが何か!?

「さあ!どっち!!」

ぱんぱん!と答えを急かすように手をたたく。

「そんなテンションで聞くことでもないよね!?」

こんなテンションでなくて聞けますう!? いまさら俺にロマンチックさとか求めないでよねえ!!
俺には、島幸高みたいに、人を動かす力なんてにゃー。
だから使えるものは好きなひとの罪悪感も使う、高南晃希ですどうぞよろしく。

「ううう、もーわかった! 俺を見てって言ったよね。俺も生徒会手伝う」

「ほう?」

「延長タイムを希望します!」

しゅばっと手を上げる柚弦がかわいい。

(思ったよりうまくいってしまった…)

それが生徒会の手伝いとは思わなかったけども、付き合うか、関わりを持たないか。
その2択を迫ったら、優しい柚弦のことだ、切り捨てられないに決まってる。
だから俺はその優しさにつけ込んだ。
この選択肢で追い込めるぐらいには、柚弦と仲良くなったって、俺は分かってるんだ。
付き合おうって選択肢までいかなくとも、俺の傍にいようとしてくれるって。

「柚弦、高いツボとか買わされたりしない?」

「えっツボ? どちらかといえば作りたい派だけど…?」

傍にいるための理由がないなら、作っちゃえばいいのだ。どんな手を使ったって。



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