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結局図書館で柚弦は見つけられなかった。
何しにきてたんだろ。図書室、よく来るのかな。すきなのかな。どんな本読むのかな。
知らないなあ。
俺も、本について話したことないな。
知らないことが増えていくな。そりゃ知らないことの方が多いにきまってるけど、それを知ってしまったというか。これが昔の頭のいいひとが言った無知の知かあ、なるほど!こーきくんは賢くなったぞ!
とか、頑張って元気出してみせてますけどねえ。切なくなっちゃうなあ。
「…うー、負けないぞお、めそめそしてる場合じゃにゃー!」
頑張るって、2分の1にも宣言したのだ。協力だってしてもらったのだ。
まあ、こーきくんにはちょうどよく足があるからね。もうね、いっちょ部活中の柚弦を拝見しにいくとでもしますかね。
本見るってことは柚弦、きっと資料探しで。見つけたなら早速描いてみようってするはずだ。
知らないけども。知らないけども。
俺が見てきた柚弦だったらきっとそうする。
それに今暇だし…。これから忙しくなるって脅されてるけども今暇だし……。
美術室までの道のりならちゃんと覚えてる。
流石柚弦すきなこーきくんです。図書室に向かう半分の時間で美術室到着です。
美術室の扉。一部分だけガラスになってて、中の様子が見えるようになってる。こういうところは、普通の学校と変わらないのねえ。
中を見るための透明なガラスから中を覗き込む。悪いことしてるわけでもないのに、なんだかドキドキするう!ううー!
(ゆづるん見えるかな〜)
よいしょよいしょ、と限られた視界をうまいこと探していくと。
(あ、発見だぬ)
いた。
茶色い髪に緑の眼鏡。間違いなく柚弦さんです。
知らなくてもちゃんと見つけられた。よかった。安心した。これでいなかったら、また落ち込んでしまうところだった。
えへへ、腕捲りしてるう。制服汚れないようにツナギに着替えてるう!
ひいひいかっこいいよう。かっこつけてないのにかっこいいとは何事じゃ。
うきうき柚弦を眺めてると、友人に話しかけられたのか、柚弦は作業する手を止めて笑顔で応えた。絵に関する話なのか、時折キャンバスに目をやっては照れ臭そうに目を細める。
ずき、と心が痛む音が聞こえた。ずき、じゃないかもしれない。とにかくあんまり綺麗じゃない音だった。
…いやいやわかってるよお。クラスでだって俺以外と話すことあるしねえ。友達だって先輩だって、柚弦にはいるしねえ。部活、柚弦はだいすきだし。楽しいに決まってる。知ってる。こーきくん、それくらいは知ってますよ。でもなんだかねえ。
扉一枚の距離しかにゃー。
なのに、すっごく離れちゃったみたいだ。せっかく、見つけられて、うれしくなったのに。
嫉妬どころか悲しくなってしまいましたこーきくん。
じわ、と目が潤んだ。最近なんやかんやでどうも涙腺が弱くなっちゃって、困りものでっすよ。
うぐぐぐ。泣いたらだめだぞ。泣く場面でもないはずだぞ。
(書記はいいなあ。すきなひとの傍にいるんだもんなあ)
生徒会の皆様は、島幸高を包囲してて、近づこうとしてるのに。
俺は何で離れてんだろ。
頑張るつもりで俺、空回ってるのかなあ。
頑張って歩いてみたのに、余計距離が見えてしまった。
「あれ、高南くん?そんなとこで何してるの?」
「わひょっほい!」
ばっと勢いよく振り返ると、トランペットを持ったちっさい犬みたいな子。
あ、というかクラスメイト。
「というかというか金城せんせーラブな小型犬」
「僕そんな覚え方されてたんだ!?そりゃ、怒鳴っちゃたのはごめんって思ってるけど、あれは高南くんたちが悪いんだからね!」
「ぷっぷ〜」
そういえばそんなこともありましたか。
「で?高南くん、補佐で仕事でもあったの?ここ芸術棟だけど…美術系と音楽系の部活しかないよ?」
「知ってるう」
「あ、わかった、峯くんだ?」
何故かトランペットでビシ!とさされた。大正解だけども。
「秘密なので静かにお願いしまあす」
「なんで?普通に声かけていけばいいのに」
「見てるだけでよいのです。邪魔したくにゃー」
こーきくんがしっかり大人なことを言ったのに、溜息が返される。褒められてもいいとこなのに。きょとん、大きな目が何度も瞬いた。
「それで、1人泣いてるの?新歓のときといい、泣くのすきだね」
「バレてた!」
「そりゃわかるよ」
目ぇちょっと赤いもん、と、またしてもトランペットでさされた。持ってる限りそれは身体の一部なんですか。
「じゃあ余計柚弦には会えないぬ」
「…なんか、きみたちってさ、よく泣くよね。事情は知らないけどさ」
ん?
「きみたち?」
「んー……」
言うべきか迷ったのか、楽器に口をつけて、ぷひゅーと息だけ吹き込んでから、峯くんがね、と続けた。
「なんか、泣いてたみたいだったから。新歓のとき」
「え」
その内容に頭が追いつかなくてどわっと疑問が溢れた。
新歓のとき?俺が大号泣してたときだ。そのときに柚弦が?いつ?一緒にいたのに?
…いや、俺が2分の1と体育館出たとき、違った。帰ったとき、柚弦はいなかった。でも、それはハンカチを濡らしてきてくれてたからで。あれ?あれれ?
柚弦が、1人で、泣いてた?
「…なんで」
「峯くんは、目にゴミ入ったって、すぐトイレ行っちゃったけどね」
そんなの嘘だってわかってるのか探るように見られたけども、俺だって知らにゃー。
また、知らないことが増えてしまった。
美術室を振り返る。
思わず柚弦は変わらず笑ってる。笑い上戸の柚弦はいつも笑ってる。
最近になって、悲しそうな顔も見たけども、やっぱり笑ってばかりなのに。
知らないところで気付かない間に、柚弦は泣いたんだ。
それを、今になってクラスメイトから聞いてる。
(俺だって柚弦の泣き顔は見たことないのに。この子は見たんだ)
「いつも峯くん笑ってるから、びっくりした」
「そっか」
「…ごめん、やっぱ言うことじゃなかったね、暗くさせちゃった。…あは、ゴミ入ると痛いよー、もう大泣きだよー?」
「あんまり鳴くとご近所迷惑でっすよ」
「だから僕犬じゃないからね!?…というか聞いてよ!!金城先生がもう最近構ってくれなくてえ!!」
「犬だ?」
「ちがうー!」
気まずい話題を出してしまったと思ったからか、わんこはそういって自分の話を引き合いにだした。
「今までね、髪色変えた時とか、とにかくいろいろ先生に見せてさあ、感想貰ってたの」
「え、俺様せんせーそんなこと出来るの!?」
あの俺様がアドバイスとか!!確かに俺の時も余計なことした!!そのせいで柚弦と変な空気になった!!
「いや、まあ正確には出来てないんだけどね」
ふにゃ、とそう言いながらも嬉しそうに顔が緩む。
「出来てないんだ」
「そう、もうほとんどダメー!って。可愛くねーよばーかって言われる」
心折れるう!!すきな人に言われたら心ばっきばき!!!この子Mなのか!!
「でもね、ちゃんと見てくれるんだ、毎回。相手してくれて、たまに頭撫でてくれてね。それが嬉しくて何回も髪型変えて行ってた」
「あれ、でも最近変えてにゃー?」
最近、というか、島幸高が来てから一度も見てにゃー。俺と島幸高の学校に来る時期の差は1ヶ月だったから、そんなにクラスメイトのことよく見れてなかったし。
実はとんでもないおしゃれさんだったのか。わんこすごいぬ。
「転校生、きてからさ、あんまり話きいてくれなくなっちゃった」
しょぼ、と垂れた眉とともに、手に持ったトランペットのベルが下を向く。だからそれは身体の一部ですか。
「ほら、たまたま忙しかったとか」
「あはは、慰めてくれるんだ?…違うよ、見てたから、わかるもん。感想だって、『まあいいんじゃね?』ってもうおざなりでさ!そそくさどこかいっちゃって!!」
無理に怒ったように生き生きと表情を変えてみせるも、ベルはやっぱり下を向いたままだった。
「わんこも泣いたの」
「だからわんこじゃなーいっ」
もう!と頬を膨らませたあと、おっきい目を指さした。いたずらっ子のように笑う。
「そりゃね、僕、目大きいから、よくゴミ入っちゃうんだよね」
そう言ってウインクしたかと思えば、一息ついて、穏やかに口を横に引いた。
「まあ、しょうがない人だって、手の届かない人だって、知っててすきになったんだけどね」
「……あー確かに、わんこ、可愛くないねえ」
「ちょっとー!!」
「かっこいーよ、塔野」
ぱちぱちと塔野は大きな目を瞬かせてから、これまたわんこらしからぬ大人ぶった苦い笑みを見せた。
「なんだ、名前知ってるんじゃん」
もう行かなきゃ、とトランペット片手に駆けていく塔野を見送って、肩の力を抜く。
そろ、ともう一度覗いた美術室では、柚弦は真剣な顔でキャンバスに向き直っていた。
(ゆづるん、泣いたってほんと?)
(俺には言えない辛いことでもあったの)
(ゆづるんは、俺が生徒会でなかなか会えなくなっても、寂しくない?)
(俺にとって仲良しなひとが、増えて欲しい?)
いっぱいいっぱい聞きたいことがある。けど、直接柚弦にあったら、すきだ!しか思えなくなって、いいです、今幸せだから心のもやもやなんて浄化されます!ってなっちゃうけど、本当は、もっといっぱいいっぱい知りたいことがあるのだ。
「あーーー!!!晃希!!」
「うひ!?」
3分振り本日2度目の背後からの呼びかけ。びっくう!と思いっきり肩が跳ねてしまったのは、しんみりモードだったのに加え、その何の遠慮もない声が誰の物かわかっちゃったからだ。
「なんだよ、先寮帰るって言ってたのにこんなとこいたのかよ!!」
「ちょ、ちょっと、静かに!」
ゆづるんに聞こえちゃう!もう手遅れっぽいけどここで島幸高の声量で話してたら部活の邪魔以外の何物でもにゃー。
「まだ部活やってる?俺、柚弦に会いにきたんだ」
へへ、と照れ臭そうに笑う島幸高の回りに生徒会や取り巻きの姿はにゃー。俺がきょろきょろしてる理由に気付いたのか、島幸高は人差し指を口に当てた。いや、静かにしてもらいたいのは俺の方なんだけども。
「俺も抜け出してきちゃった!授業出れてないし、補佐になってから柚弦に会えてなくてさ!今ならここかなって思って!晃希もそうなんだろ?」
「ち、ちちがうよ!俺は見に来ただけだもの!」
真面目に部活やってる柚弦に突撃して、邪魔する気なんて全くにゃー。
「? 同じことじゃん…?」
そう言いつつ美術室の扉を開けようとする島幸高の腕を咄嗟に掴んだ。
「だから!部活中なんだから部外者が邪魔しちゃだめでしょー!!」
「なんだよ、別に友達がやってること見学したっていいだろ!!」
「だめです!!ゆづるん展覧会近いんだって言ってたでしょ!追い込み時期なの!!」
「そう言って、また晃希ばっか柚弦独り占めにして!!!ずるいぞ!!」
「ずるくにゃー!!!」
しまった、と思うには遅く、島幸高とバトルを繰り広げる俺の声は扉一枚じゃ防ぎようがないほど大きなものになっていた。
ガララッと美術室の扉が開く。
「こらー、喧嘩?」
ひょこっと顔を覗かせたのは、柚弦だった。多分人当りがいいから、こういうの行かせられる立ち位置なんであろー。優しい声にバトルで荒立った気持ちが落ち着いていく。
「ゆづるん」
「あ、やっぱこーきだったにゃー」
俺の語尾を可愛く付け加えられて、久しぶりに勢いよく顔に血が上るのがわかった。しゅばば!と手を動かして顔を隠す。
「柚弦!」
「あ、幸高、抱きついたら絵具の匂いが、ってか絵具がつくって」
「ぷあーー!人が照れてる間に島幸高!!」
きっと柚弦が俺ばっか構うのが気に食わなかったんであろー、そういうところは子どもっぽいぬ。そしてこの抜かりなさ…全く油断できないライバルである。
「なあなあ、柚弦今何の絵描いてるんだ!?見てっていい!?」
「もー!だから部活の邪魔したらダメってばー!!」
柚弦にくっつく島幸高と、そんな島幸高を引き離そうとする俺。客観的に見たら不思議すぎる図である。
まさしくそれを見てしまった、さっき柚弦と話してた友人が、口元を引き攣らせているのがわかった。
「ん、そんな気になる?ちょうどもう片付ける時間だし、構わないよ」
鍵閉めるのとか、俺やりますすみませんって言葉に素直に承諾してもらえたみたいだ。と、いうか島幸高の噂は学年を問わないから、関わりたくないっていうのが大きい気もする。
謝る柚弦を尻目に、やったーと場違いなほど喜ぶ島幸高。ううう。ちくせう。
俺でさえ、部活中美術室来るの我慢してたのに。柚弦に謝らせて、なのに柚弦はなんだか弟を相手してるみたいな感じで島幸高に甘いし。ずるいのは、島幸高の方だ。
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