35

一瞬のドキドキがあって、また柚弦と走り出す。
せっかく楽しい一日なのに島幸高ともめたくにゃー。
…というか。俺は警戒真っ最中なのに、なんだかんだ島幸高楽しげだったし…。むう。


残り30分。
まだ逃げ切ってる人も着々と減ってる。あれから何人かとも会ったけど、記号一緒のひとはまだ見つかってにゃー。
まあゆづるんと一緒でないならもう見つかんなくてもよいんだけどねえ…。でも心の底から楽しんでる柚弦の前でそんなこと言えないし、切ない恋心まっさいちゅう…。ちゅうちゅう。

「あ、こーき、そこでちょっと休憩しよっ」

特別教室棟の陰。
鬼から隠れられるその裏側に行くと、同じことを考えているひとたちがいた。

「うおっ」

「鬼かっ?」

走りこんできた俺たちを見て慌てて逃げようとする人たちを、手を振って止める。

「俺たちも逃げる方でっすよ」

「なんだ、そっかビビったー」

ちなみに記号は?と、この一時間で聞き飽きるほど聞いた台詞をここでも繰り返して、やっぱ違うかーとみんなで笑った。

ううん、やっぱりいないもんなのかあ…。


俺と柚弦合わせて7人。

のんびりしゃがみこんで駄弁ったりしちゃったりして。
うん、走ってばかりだと疲れちゃうしねえ…。

「つか、知ってっか?なんか同じ記号のやつが近くにくると、音がなるんだってよ」

「音?」

なにそのお金かかった機能。
一度もそんなん鳴らなかったぬ…。パートナーと近くに寄りもしないって…。やっぱりこの学園広すぎるんだよう…。

「それってどんな?」

うきうきと柚弦が聞くと、興味を持ってもらって嬉しかったのかにやりと笑って機械を取り出す。

「ほらここに、音がでるっぽいとこあるじゃん?ここから、」


ピピッ。


「…あ?」

説明途中、急に響いた音。口真似とかをしてるわけじゃないらしく、本人もきょとんってしてる。

「…いまなんか鳴った?」

柚弦が首を傾げたとき、ピピッピピッともう一度鳴った。

「え、これ、って…」
「きたんじゃね!?近く来てんじゃね!?」
「えっ、マジでマジで!?」
「本当に会うとかあんの!?」

どわっとその人の友人が群がって、うっかり話を聞くために近くにきてた俺たちも巻き込まれて一緒に肩組んじゃったりしてますけども。

ピピッピピッピピッとだんだん音が多く鳴るようになる。

「これ近づいてるってことじゃないの!?」
「うわードキドキしてきた!!!俺じゃないのにドキドキする!!」
「な!やべーこの緊張感!」

その空気につられて、柚弦までにっこにこ。ううう可愛くて俺もにへにへ。

「すっご!!俺らちょっとすごい場面見ちゃうんじゃない!?」

きらきらした目でいう柚弦は可愛いけど、それでもやっぱり、俺は柚弦とパートナーだったらよかったのになあ、て思っちゃうぬ…。

「こーき?」

「うっ、うん!すごい!ラッキーだぬ!!」

う、なんか。思いっきり、空気を読んで合わせちゃった感じ。やだなあ、ゆづるんと話してて、こんな風になるのは全然なかったはずなのに、すっごく楽しかったはずなのに。島幸高が絡むようになってから、なんだか、こうして。ちょっとだけかみ合わなくなっちゃうような、空気感が、あって。
俺が柚弦はすきな限り。それを柚弦に伝えない限り。俺はどこかしらずっと、こうして柚弦に嘘をつき続けることになるの、かなあ。

…いや、いやいや!こんなこと考えたって、良いことなんてにゃー。
いまの状況楽しまなきゃねえ!

「どこ!?どこどこ!?ここあっちわかるかなあ!?」
「見えるとこ行くか!?」
「でも向こうも鳴ってんなら来るんじゃねえ?」

相変わらず盛り上がりっ放しな3人組。それ見て外部からやんや言う2人組。そんで俺たち。改めて考えると謎の集まりでっすよねえ…。でもこんなに盛り上がってくれて発案者の俺としては嬉しいぬ。うむ。


「あれ、音もういっこ聞こえる?」

そう柚弦と呟くと、鳴っていた音もピピピピピッ!と激しいものになる。

「うわっうわっうわっ」

そこまで来るともう、こっちにくる足音とかも聞こえてきて。


「はいっ、はいはい!ここ!!いるでしょ音符の人!!!」

弾丸よろしく駆け込んできた人に、騒いでた人も駆け寄って

「はい、俺!!!」

「よっしゃー!!!!」

そのまま抱き合う二人。初対面とかもうハイになりすぎてて気になってない様子。
ぐぬぬ、俺も柚弦と一緒だね、やったあ、ぎゅー!ってやりたかったよううう!!

「うわー、マジでこんなことあっちゃうんか」
「うらやまー!!」
「なにこれ、まじ運命的じゃん!!」
「もうこれきっかけに付き合っちゃえよ!!」

自然とかける台詞が、この学園ならではのものになってて、どきっとする。
俺がずっとそういうことばっか考えてたってのもあるけど。

やったーって喜んで抱き合う二人をにこにこ見ていた柚弦の笑顔が、その二人がヒューヒューと冷やかされた瞬間消えちゃったから。

どうしよう、っていう、ドキドキ。

柚弦は、ずっとここにいるから、偏見とか、ないはずなのに。
やっぱり、嫌なのかな嫌になっちゃったのかなって、悲しくなって柚弦の顔を覗きこもうとしたとき、柚弦が口を開いた。
パートナーが見つかった感動でみんな騒いでるのに、それが耳には全然入らなくて、小さな柚弦の声ばっかり聞こえる。


「…俺、別に男同士だめとか、そーいう拒絶とかないんだけどさ」

「うん」

「たまに怖くなる時があるんだよね」

うん。

今度の頷きは声にでなかったけど、柚弦は気にせず続けた。
もしかしたら独り言みたいなものかもしれなかった。

じゃあ、耳を塞いじゃおうかなーって思ったけど身体は動かない。
ちら、と視界に入る楽しげな人たちがなんだか急に腹立たしく思えちゃって仕方なかった。

「あーいうスキンシップとか、男同士で抱き合って喜ぶとか、俺そういうのすっごい青春だな学校生活楽しいなって思うんだけどさ」

ヒューヒューと相変わらずはやし立てる声がして、ぽつぽつ語る柚弦の声は掻き消されてしまいそうなのに、俺には柚弦の息を吐く音すら聞こえるようだった。

「そういうのも全部、恋とかそういうものにみられてしまうのかな」

小さく息を吸う音がして、柚弦の声が少し大きくなる。

「…たまに思うんだ。友人もそういう対象に入ってしまうって、それ、どういう感じなのかなって。友達!って言いきれるやついんのかなあって。たまに、男じゃなくてこいつだから好きとか言うけど、でも友達が、知り合いが、全てが自分のライバルになる可能性もあるってことだろ…?友情が、いつの日か簡単に恋にも敵にもなるって、」

そこで柚弦がまた息を吸って、けどそれにも関わらず声は泣きそうに震えた。

「………耐えられんの、かなあ。…俺に友達、いんのかなあ…」

ぽろ、と、涙が落ちた。


―――柚弦。

柚弦柚弦。

「…なんつって!…って、晃希…? っあ、ごめん、違う、晃希が友達じゃないとかそうじゃなくって…!」

柚弦の手が優しく背中を撫でる。

「ごめん、ごめんな、そういう意味じゃなかったんだ、ごめん…!」

違う、違うよ柚弦。
きっと謝らなきゃいけないのは俺の方なんだ。

柚弦、ねぇ柚弦。

みんな、みんな言うよ。
普通の高校に行ったやつはみんな。

「男女間に友情なんてない!」って。

いつか、きっと少しでも恋愛感情で見てしまうから、友情なんてないんだって。
ずっと、友達のままでいることは、できないって。

俺もそう思うよ。

俺は、柚弦の友達にはなれなかったよ。

柚弦はいつも俺を笑顔にしてくれるのに。
俺は、いつも笑顔でいる柚弦を悲しませちゃうのかあ。

「晃希、ごめんて、晃希…」

「…ゆ、づる」

「…うん」

「柚弦」

「うん」


柚弦、柚弦柚弦柚弦。

それでも柚弦、俺は柚弦がいいよ。

それでも俺は柚弦の隣にいたいよ。

ぼろぼろと落ちる涙は止まらにゃー。泣く気なんてなかったし、心配気にしてる柚弦のためにも、泣き止まなきゃって思うのに。

でもきっと。本当はずっと泣いてしまいたかったんだ。
何度も何度も、泣きたくて、それを誤魔化して。大丈夫って、思って。

柚弦とする、何でもないようなふざけた話が、どれだけ大切で難しいか。
当たり前のように忘れていくようなただの会話をするために、俺がどれだけ頑張ったか、一緒にご飯食べるよりも登校するよりも。

だから、日常を装ってたけど。でも、さっきみたいに、ちょっとしたことで、すごく不安になってすごく泣きたくなって、ゆらゆらしちゃう、それほど難しい、柚弦との会話。

何度もそれを繰り返して、無理矢理誤魔化してきたけど、やっぱり無理だよねえ。

「ゆづるう…」

すきだあ。すきだよう。

何度も思うのに、まだ伝えられはしないのに。

何もできてないくせに、柚弦の一番でいたいと思っちゃう、俺。
勝手に傷ついて泣く俺は、島幸高のことを言えないくらいわがままだ。


「あー!!大量発見!!」

「ぎゃーーー!!鬼来たー!!」
「うお、なにこの天国と地獄!!!」
「逃げろー!!」

「捕まえろー!!」


一瞬にして変わる状況についてけない俺と柚弦。鬼の叫び声と足音が響く。

「えっ、うそ、いま来ちゃう!?」

おろおろしてる柚弦はやっぱり可愛くて、だいすきで。
余計涙が溢れちゃって、逃げるどころじゃなかった俺と柚弦は、残り15分を残してあっけなく捕まったのだった。



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