23

「そんなことできにゃー」

一人残った教室で呟いた。

何言われたって、それでも、俺の目は柚弦を追っかけた。

「出来たほうがよかったのかねえ、ねこさん」

ぺたん、と柚弦の机に頬を乗せて、しまったノートの中の不格好な猫に話しかける。

なんの返事もなかった。

諦めろとも頑張れとも言わずに、ただ不格好のまま、柚弦猫の隣にいるんだろうねえ。

「幸せでーすかー」

柚弦猫のとなりは幸せですか、ねこさん。

柚弦は見つけてくれるだろうか。
ずっとずっと見つけてもらえないかな。

もし、見つけたとして、そのあとはどうするんだろう。

笑ってくれるかな。

かいたの俺って、気付いてくれるかな。
それともただ、消しゴムで消されちゃうかな。

そう思っても、消えないペンで描く勇気はまだまだない。

「ゆづるん…」

えぐ、と息を吸い込んだ音は教室の扉が開く音で掻き消された。

「あ、れ………晃希、残ってたんだ」

「ゆゆゆゆゆ柚弦!!」

がたんと席を立てば、柚弦が首を傾げた。

「俺の席、なんかあった?」

「にゃー!!なんもにゃー!!にゃー!!」

わたわたと首を振る俺にはてなマーク出しながら柚弦が傍にくる。

「ななな何事!?」

「急いでたから荷物忘れちゃっててさ」

あ、置き勉じゃなかったんだ柚弦。
悪い子とか言ってごめんぬ。

まあこーきくんもがっつり置いてってるけどねえ!

柚弦の手が黙々とノートをしまっていく。

いつもの沈黙とは違ううずうずした雰囲気になんだか身体がそわそわした。

なんでだろ。

緊張?

あれ?

なんだか耐えられなくて、いつものような雰囲気を取り戻そうと背筋を伸ばした。

落書きをしたノートを目で追いながらつんつんと柚弦のカーディガンを引っ張る。

「俺様せんせーのお手伝い大変だった?」

「んー?んーん、簡単な雑用って、感じかなー」

柚弦がちょっと、静か?
行く時元気だったのに、あれ。

あれ?

…はっ、だめだ、テンション取り戻すんだった!

ぶんぶんと頭を振る。
癒しを求めて、そんでもって変な雰囲気壊すように、もきゅーと柚弦に抱きついた。

「んー、」

それに生返事を返しながら柚弦が荷物を鞄につめる。

あれ、いつも抱きついたら頭撫でてくれるのに。
どしたー、て、名前呼んでくれるのに。

あれ。

「柚弦?」

じいっと見上げれば、いつものように目が合って、
ふいっと逸らされる。

あれ…。

いくつもの小さな不安が積み重なって、ついに眉がさがった。

「柚弦…?」

ぐいぐいと腕をひけばようやく頭に手が乗せられた。
その重みに目からなんか飛び出そうになる。

無理矢理だ。今俺、無理矢理触らせた。

会計に言ったのに、柚弦は違うって叫んだのに、

今俺自分のために無理矢理触らせた。

なのに頭の上の暖かさは、俺のほっぺたをとかそうとする。

「晃希ってさ、」

荷物をまとめた柚弦が呟いた。

手の向こうに見える柚弦はいつものように笑ってなくて。

どきっと、とけたはずのほっぺたも心も凍った。

「ゆづるん…?」

「…んんと、晃希は、さ、…俺のこと、」

え、あれ?
なんだろこの空気。

「うー、んと、俺のことっていうか、や、俺のこと、なんだけど…、」

少し言いづらそうに柚弦が目を逸らす。

その度に頭が真っ白になっていく。

『俺のこと』、の続きが怖くて。

俺のこと、

→爽やかだって思う?

→イケめてると思う?

→笑い上戸だと思う?

そんなふざけた選択肢も浮かんでは消える。

だって、いつもと雰囲気が違う。

空気が砂みたい、吸って吸って口の中がぱさぱさする。けど吐いてもぱさぱさ。
もう結局息するのやめた。

「晃希は俺のこと、」

うん。

「どう思ってる?」

「なんで、」

なんで柚弦がそんなこと聞くの。


砂を吸った喉はそこまで言葉を音にしなかった。



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