一度紹介されただけの副隊長が、どうしてこのタイミングで。
安原さえ、自らは来たことのない生徒会室に、どうして。
「あ、じゃあ、僕は席外すねっ、直くん、今日はありがとう!」
どことなく気まずい空気に、なんとか場を取り持とうとしたのか、先輩が明るい声を上げた。
つい見つめてしまっていた視線をはっと外す。
「あ、はい、ありがとうございます、わざわざ…」
ぺこっと頭を下げて、ついでに「直くんに失礼のないようにね!」とだけ注意をして先輩が帰ってしまえば、もう彼と向き合うしかない。
ドアの前に立ったままの副隊長に、僕も立ちあがって中へ進めたけれど、彼は首を横に振った。
「俺なんかがここに入るのもちょっとあれなんで。すぐ終わるんで、廊下でいーっすか」
「はい」
砕けた口調に、適度に茶色く染められた髪と少し着崩された制服。今時の高校生、という印象が強い彼が、親衛隊の副隊長をしているというのも、なんだか違和感がある。
というより、あの淡々とした安原の友人にしては、随分とタイプが違うと思った。
しん、と静かな空間で向き合う。
落ち着いた目は僕が好きだとか、そういう目ではない。安原に誘われて副隊長になったのだと、そういえば言っていた。
「…あの、話とは何でしょう」
「安原のこと、傷つけないでくれます?」
何を言っているのだろう。
僕が安原を傷つける?
確かに、それなりの言葉は放ってきたけれど、あの無表情は崩れなかった。
もしそうだとしても、それは安原が言うべきことだ、目の前の彼ではなく。
何回も会ってたくさん話をしていたのは、僕と安原なのに、こうやって周りからわかったように言われるのは、もう十分だ。
黙ってしまった僕に、苛立ったように副隊長の目が細まった。
隊長同様、親衛隊らしくはない態度だ。けれど、期待の籠った目で見つめられるよりは楽かもしれない。
「安原があんたのこと好きなの、知ってんでしょう。あんた、安原どーしたいんすか。…あんま思わせぶりなことして、」
「思わせぶり?」
つい彼の言葉をさえぎった。
「僕がいつ、思わせぶりなことしました?断ってますよ何度も。思わせぶりどころか、期待なんてできないくらい拒絶してます」
苦しいのを通り越してもはや腹が立つ、そうだ、断っているのに安原は。
「そんなに彼が心配なら、あなたからも言ってくれませんか。僕はあなたのことなんて好きにならない、早く諦めて、って」
「っあんだけ想われといて、よくそこまで拒否できますね!」
僕を睨んで怒鳴る彼とは反対に、すうっと心が冷えるのがわかった。
──あんだけって、どれだけ。
確かに僕と安原の距離は離れなかったけれど、それと同時に近づくこともまたなかったのだ。
それを何度も何度も思い知らされておきながら、どうして彼の心を見ることができるの。
もういい、もう嫌だ。
話したくないと態度で表して扉に手をかける。
「…僕、人気らしいですね。想われているのだから想いを返せって、」
ちら、と僕を睨む副隊長を振り返る。
「じゃあ僕は、一体何人と付き合えばいいの?」
ばかみたいだ。
想いの強さで誰とでも好き合えるなら、こんなにもやもやすることも、こんなに泣くことも、こんなに苦しいこともないのに。
それか、それこそ安原の想いが足りないだけでしょう。
言うだけ言って、逃げるように生徒会室の扉を閉めた。
『どうして好きになってくれないんだ』
過去、何度も叩きつけられた涙に濡れた声が耳に蘇る。
そんなの、僕だって知りたい。僕が一番、知りたいのに。
目尻に溜まった涙を誤魔化すように瞬きをした。
何も変わらないまま、冬休みが始まる。
「オイ、直、今日の集会お前も来いよ」
「…………どうしてですか」
変わらず生徒会室で書類をまとめていた僕を吹き飛ばす勢いで押し倒した南が、妙なテンションでそう言った。
「今日、この近くに『族潰し』が来るかもって、情報があったんだよ」
「だからどうして僕まで行くんです」
南が行けばいい話だ。もともと僕は何か大きな争いがあったときに駆り出されるか、南の気分で連れていかれたりするだけで、争いの場はあんまり好きじゃない。
『族潰し』にだって、興味はそこまで………。
「……行きます」
「お?」
『族潰し』というか、南が好きな人と思えば興味もわいてくるというもの。
一度遠目に見ただけでは、風貌もよくわからないまま。
あの自分大好きな南が、どんな相手に恋をしたのか、見れるなら見てみたい。
それに、冬休みもなんだかんだ暇だった。
よし、と嬉しげに笑った南がふと真面目な顔で僕の頬に触れる。
「キスの練習とかしといた方がいいか」
会える嬉しさからか南が間違いなくおかしくなっていた。
溜息をついてその手を振り払う。
「がっつく男は嫌われます」
「俺にキスされて嫌うやつがいんのかよ」
「………………………ええと、はい、いないです、いないですね、そうですね」
「なんだその顔、文句あんのかよ犯すぞ」
「気持ち悪い」
しかも手に負えないおかしさだった。これではおそらく仕事にならない。
会えない時は完璧にこなしてみせるのに、会えるとなるとこうなのだから南もたいがい子どもというか単純というか。きっと、今まで会えなかった反動もあるのだろうけれど。
「とりあえず頭冷やしてきてください」
シャワー室に、仕事の邪魔をされないよう南を押しこむ。
着がえとタオルを用意してから、椅子に座りなおして、そこで抑えきれなくなった笑みが零れた。
──南が元気になって良かった。
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