「今更、そんな顔をするの」
いつも無表情なくせに、笑ったとしても、作りもののような、そんな淡々とした顔のままだったくせに。
「なんで、」
(それを見て、泣きたくなってしまうの)
だって、それは僕に向けられたものじゃない。
最後、僕が振り返ったのでさえ、どうせあの男は知らないのだ。何を考えているのか、何がしたいのかわからない。
ほんとは、南の言葉すら、とうに崩されてしまっているのだ。
(恋なんてしてない、彼は)
先輩を物差しにして、一つだけ分かったこと。
気付いてしまったこと。
(彼は、僕に好きだとは一言も、言わなかった)
思えばポストイットのときから、そうだったじゃないか。
呼ばれただけ。親衛隊の承認をしただけ。
彼は僕が欲しいとか、そんなことは散々口にするのに、「好き」だけは一言も言わない。
つまりはそういうことなのだ。
口のまわる彼が一切言葉にしないのだから、そういうことだ。
そんな気持ちなんてもとからないんですよ、南。
『親衛隊を作りたいといった時点で、私はあなたに想いを告げたと同じこと』
剣先輩はそう言ったけれど、安原はそうだろうか。
恋とかそんなんじゃなくて、ただの「アイドル」への独占欲とか、そう言われたほうがしっくりくる。
だって彼は僕を追いかけてはこない。
僕の言葉に、傷付いたりもしない。
剣先輩のように。
南のように。
いままでの誰かのように。
追いかけて求めるようなことは、決して。
けれど違う結論が出ておきながら、南が言うことも、嘘とは思えないの。
あの幼馴染が嘘を言うとはどうしても思えなくて、結局、安原を拒絶しきることもできなくて、離れた心を、南がそう言ったから、という事実だけが繋いでる。
どうせわからないのなら、気付かなければよかったのに。
一度も想いを告げられていないことにも、彼の、あんな表情にも。
南に言われたときから時間は随分と経っているのに、何ひとつ進んでいなくて、余計苦しさだけが募る。
「南、」
助けを求めるように向かった生徒会室に、けれど南はいなかった。
「あ、ナオりん!みなみんなら街に行ってるよー」
「街に、ですか?」
ソファに転がっていた豊先輩に情報を貰うも、素直に納得できなくて目で訴えれば、豊先輩は困ったように笑った。
「うーん、なんかね、最近みなみん『族潰し』と会えてないらしくって。ちょっとだけ荒れてるんだよねえ…」
「え、そうなんですか…」
知らなかった。
僕は剣先輩と安原のことで手一杯で、いつも助けてくれる幼馴染の様子を。
「冬哉…」
「『族潰し』の情報はオレらもちゃんと掴んでるわけじゃなくてねえ…この前は上手いことよく出没するとこを発見できたんだけど、最近はめっきり現れなくなっちゃって…。どうしたものかねえ…」
族関係のことは、あまり口を出せない。
副総長とはいっても僕は裏方で、あまり人とも関わらないし、ましてや『族潰し』なんて、一度だけ興奮した北島に無理矢理連れられて見た程度だ。
先輩達が探せないのなら、なおさら僕にやることはない。
「…、……」
「ナオりん、そんな顔しないのーっ!妻が落ち込んでたら夫ももっと落ち込んじゃうよ!!ナオりんが元気なかったらオレもしょげちゃうよ!!」
「あなたのことはどうでもいいです」
「あれ!?一生懸命慰めているはずのオレにだけめちゃくちゃ辛辣!?」
床に転がって泣いている豊先輩をそのままにして、仕事に手をつける。
南の机を窺ったけれど、特に仕事が溜まっているということもなく逆に不安に駆られてしまう。
弱みを見せようともしない。
そういう抜け目ないというか、しっかりしすぎているところは南の長所だけれど、そのせいで幼馴染にも頼ってくれない南のその部分は、本当は少し、嫌いだ。
特に「会長」という役職を与えられてから、それに拍車がかかっているのに気付いてはいた。
ただその時は、こうしてだんだんと会長になっていくのだと、そう納得してしまったけれど。
まだただの高校生のくせに、と。
会長で、学園1のアイドルで、人々の羨望の眼差しを一人受け止める南を、小さな声で馬鹿、となじった。
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