夢を見た。

夢だとわかったのは、目の前にいる南の姿が幼かったからだ。

「なあ直、族潰しって知ってるか!?」

目を輝かせて、興奮で頬が赤く染まっていた。


(──南が、恋をしたと知ったときの夢だ)


すぐにわかった。あんなにも嬉しそうな、素晴らしいものを見たという南の顔は、後にも先にもこの日しかなかったから。

どこかつまらなそうだった南が、子どものように手を振り回して「族潰し」を語るのが面白くて、つられて笑ってしまったのを覚えている。

会えた日にははしゃいで回って、会えなければ肩を落として、何でも出来る幼馴染みが一喜一憂振り回されるのをすぐ横で見ていた。
 
(恋ってすごい……)

その頃の僕といえば、増える告白に、機械的に「ごめんね」を返すばかりだった。「恋愛」の表面をなぞるだけの僕にとって、南はとても眩しく映ったのだ。

どうして好きなの、どこが好きなの。
僕の問いかけに南はそれはもう上機嫌だった。話せる相手が限られてるうえ、教えを乞う僕が珍しかったのだろう。なんでもかんでも南は答えた。思えば、南が恋愛に関してどこか先輩風を吹かせるのは、これがきっかけだったのかもしれない。

恋をしたことがない僕にとって、南の言葉、態度1つ1つがお手本になっていくのも当然の成り行きだった。

「あいつ好きになってからさ、毎日より楽しくなったんだよな」




「なのに、どうして応えてくれない?」

ひゅ、と喉が鳴る。
弾んだ南の声が、知らない男のものになっている。
いつのまにか、人気のない建物の裏で男に押し倒されていた。男の顔はぼんやりと影がかかって、よく見えない。

(夢だ、……これは夢………)

わかっているのに、がたがたと身体が震える。

「俺はこんなに好きなのにっ、どうして……!」

「やめ、…っ……!」

自分の夢だというのに身体は思うように動かない。抵抗できないうちに、ネクタイが奪われて、シャツのボタンが飛ぶ。男の手が肌を蹂躙していく。

(早く、目、覚めて……っ…!)

嫌だ嫌だともがく僕の頬に、ぽたぽたと冷たい何かが落ちた。
呆然と見上げると、男が笑う。目から涙を零しながら、ひどく辛そうに。

「お前が悪いんだ、そんな顔で俺を誘うから」

ぱしん、と頬を張られた痛みで、頭が真っ白になる。
その隙間を埋めるように、次々と記憶が蘇った。

豹変した怒鳴り声。腕を、髪を、服を掴む強い力。無遠慮に押し付けられる体温。振り上げられた拳。欲望に濡れた視線。

「………せいだ」

(知っている。覚えている)

今まで断ったたくさんの人の顔を。泣きそうな声を。

僕に馬乗りになったまま泣き崩れる男の顔が、次第に鮮明になる。
そうだ、これは確かクラスの学級委員長で、人望も厚い生徒だった。笑顔の似合うその男が、涙ながらにこんなことするつもりじゃなかったのにと僕を詰る。

「お前のせいだ」

そうして男の顔が、声が、次々と他の人に切り替わって、けれど同じことを言うのだ。


「好きなんだ、なのにどうして!」




「っ………!」

頭の中で響き渡った叫び声に飛び起きる。見慣れた自分の部屋に荒れた呼吸音だけが落ちて、悪夢の終わりを知った。電気も消さず寝てしまったせいで、夢見が悪かったようだ。

「………こんな夢、今更ばかみたい……」

びっしょりと汗に濡れて最悪の目覚めだ。どくどくと心臓が暴れている。
手のひらで顔を覆って、ゆっくり息を吸う。
夢に剣先輩の顔が出てこなかったことが唯一の救いだ。

『お前がそんな顔で誘うから』

とっくに聞き飽きた言葉だ。

顔が良いから、好意を持ってもらえる。
だってそうでなければ、素直さも可愛気もない自分が好かれるわけがないのだ。
傷つかなかったといえば嘘になるけれど、そんなものだとも思った。この顔が僕なのだから、もうそれでよかった。

そんなことより、傷付いて咽び泣くあの声の方が、ずっと胸に突き刺さって抜けないでいる。

深呼吸を繰り返して、ようやく心臓が落ち着いた。
もう一眠りすれば、こんな感傷プライドで覆い隠してしまえるだろう。寝る体勢を整えているところで、ベットサイドにおいたままの紙切れに指が触れた。

何かあったら連絡くださいね、と安原からずっと前に渡された連絡先。結局携帯にも登録せず、紙のままで残ってる。
そんな薄っぺらい紙だけが、彼との唯一の繋がりだ。

けれど一度も連絡しようとは思わなかったし、(僕の連絡先を教えていないのだから)彼から連絡がくるはずもない。

(何かって、何だろう……夢見が悪いとか? まさか)

本当に有事の際は連絡なんてしてる暇ないだろうし、かといって時間があるときにわざわざ彼と関わろうとは思わなかった。

そのくせ紙を捨てないでとっておくこの思い切りのなさが僕の全てを表している。なんて、少し言い過ぎかもしれないけれど。

(綺麗な字……)

指で辿ったその文字は意外にも繊細で、普段の飄々としたわけのわからなさは微塵も感じさせない。本当に厄介なひとだ。もっとその目に感情をのせてくれればいいのに。夢にもし彼が現れたなら、なんと言って僕を責めるのだろう。

彼のことを考えてしまうのが少し腹立たしくて、誤魔化すように決意を固める。

「とりあえずはっきり断ろう」

彼の想いがなんだろうと、結局僕の心は変わらないのだから。



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