「それで副会長、あなたの元、親衛隊長がどうかしたんですか?」

わざわざ元を強調するあたり、この男もなかなかいい性格をしている。赤みの引いた顔を起こして、ついでにゆるりと首を傾げた。

「どうかした、というよりこれからどうかする…、かな、と思いまして」

もちろん、僕の考えすぎなのかもしれないけれど。
僅かにひんやりと、胸の辺りが震えている。

剣先輩には向き合わなかったのに、安原とはこうも関わりが増えてしまっているのは事実だ。それこそ先輩にしてみれば、面白くないのではないか、と。

…そう考えるのは、ちょっと、自意識過剰かもしれない。

南じゃあるまいし、と浅ましい考えに再び熱を持った頬を手で隠した。


こんこんこん、と丁寧に音楽室の扉がノックされたのはその時だった。
防音の扉だったからか弱いものだったけれど、静かな音楽室ではさえぎられることなく届いた。

この第三音楽室に人がくるのは、初めてだ。

しかも、わざわざノックするだなんて。そんなの誰かがここにいる、と知っている上での行動だ。

しかも、それが誰なのかも。

きっとそうだ。小柄な姿が脳裏によぎる。

慌てて椅子から立ち上がったけれど、先に扉に近付いた安原に制されて大人しく腰を下ろす。

がちゃりと、安原が重い扉を開ける。

大きい安原の身体で姿は見えないけれど、

「直さんは、こちらに?」

想像通りの声に、ゆっくりと息を吸ってから立ち上がる。

「…はい、剣先輩」

立ちつくす安原の身体は手で押しても動かなくて、しかたなく顔だけ安原の後ろからひょこりとだした。

「ふふ、今日もお綺麗ですね、直さん」

肩で切りそろえられたまっすぐの黒髪がさらりと揺れて、その瞳の柔らかさに身体の力が抜ける。

「……いえ、剣先輩のほうがずっと、」

綺麗ですよ。
そう言って微笑むと、何故か突然顔を安原の大きな手で覆われた。

「………」

「………あの、…」

剣先輩の視線を感じるけれど、それ以上に僕がどうしたらいいかわからない。

ずるずると顔を押さえた手で剣先輩と距離をとらされて、さっきまでいた椅子に座らされてからようやく手が離された。

「さて先輩、何か用ですか」

そのまま僕を置いて先輩に向き直った安原に言葉を投げようとすれば、それより早く剣先輩が安原を一蹴した。

「用があるのは直さんゆえ、あなたと話すつもりは毛頭ございませぬ。醜い嫉妬も大概にしていただきたい」

笑顔で告げた剣先輩が、小柄な体格を活かしてするりと安原の横を通り抜ける。

そのまま僕と机を挟んで床に正座をするものだから、僕も椅子から立ち上がって同じように床に座った。

「そのままでよろしかったのに…。制服が汚れてしまいます」

「御心配なく」

そう割込んだのは安原で、よいしょ、と図々しくも僕の隣に座った。

「音楽室は、いつ俺が副会長を押し倒してもいいよう、きちんと掃除してありますから」

そう言えば確かに、ほとんど使わない割に綺麗だった。

と、真っ先に浮かんだ感想がこれだったあたり、僕も相当彼に毒されてきているのかもしれない。

タイミング遅れて、溜息をつく。

「ふふ、身の程知らずが」

棘のある声に、言われた安原より僕の背が凍る。

「剣先輩……?」

「はい、直さん。今日は少しお話がしたく」

控えめに呼びかければ、完全に安原を無視した剣先輩が、髪を揺らして笑った。

「突然申し訳ございませぬ。遅くなってしまいましたが、副会長就任おめでとうございます」

ぺこりと綺麗にお辞儀をされて、僕もつられてお辞儀をし返した。

相変わらず丁寧で、所作も綺麗な人だ。

僕を見つめる瞳は半年前と変わらず柔らかく優しくて、もしかして非難されるだろうかと、そう考えてしまったことが恥ずかしいくらいだった。

…本当に、南じゃあるまいし。

自意識過剰だ、ともう一度思えば、じわ、と頬が熱くなる。

「副会長」

小さく呼ばれた声に安原を見上げると、何を思ったか両手が脇の下にいれられて。

「え、なに…っ、」

よいしょ、と簡単に持ち上げた僕の身体をそのまま壁際まで下げた。

「はい、副会長はここです。それ以上前に出ないでください」

「…何なんですか、あなたは…」

いまいち何がしたいのかわからない。先輩と距離が離れたせいで、余計に小さく見える。
責めるように安原を睨み上げてみても、ぽすりと頭に手が乗せられるだけだ。

「睨んでもかわいいだけですよ」

さらに頭をなでられて、思わず手を叩いて振り払った。

先輩を前にして、しかも僕の元親衛隊長だと教えたはずなのに、いつもと変わらない態度は、堂々としていると言えば聞こえはいいけれど、どちらかというと神経が太いのだ。

剣先輩の礼儀正しさを見習ってほしい。

今日何度目かもわからない溜息をついたところで、ぞく、と身体が震えた。

さっきよりも、部屋の温度が下がっただろうか。
西日が眩しく暖かいこの音楽室も、冬が近づいてからは日が落ちるのが早い。
カーディガンで隠した下で、ずっと小さく指先が震える。


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