それから彼とは、たくさんの話をした。
「言っておきますけれど。僕は、あなたに興味なんてありませんので」
「構いませんよ、人の気持ちは変わるものですから」
もし、南の言うように安原が僕に恋をしているというのなら、それなりに傷つくことを言ったと思う。
それでも、いつものように落ちついた笑顔を返されるのだから、泣きたくもなってしまう。
こうして悩んでしまうのは僕だけで、やっぱりこの変態は、何も考えていないのではないだろうか。
けれど、南が言うから。
南がわかるというのに、この僕がわからないというのはどうしても納得がいかなかった。
だから、南が認めた男を、僕も認めるための努力をすることに決めた。
「俺、副会長が初恋なんですよ」
「そうですか」
「こうして一人を想うのは初めてです」
「そうですか」
人気のない第三音楽室で、週3回。
1分のときもあれば、1時間のときも、3時間のときもあった。
話したというより、ただ同じ部屋にいた、とも言えるかもしれないけれど。
「ナオりん!何か変わりはあった!?」
「特に何もないです。豊先輩、いちいち抱きつかないでもらえますか」
もしかしたら、安原をネタに絡んでくる生徒会メンバーとの方が仲良くなったかもしれない。
第三音楽室に寄ってから生徒会に出る、というのがお決まりのパターンになっていて、こうして安原とのことを突かれるのも、もはや恒例となってしまった。主に豊先輩と南のせいだ。
「で、安原に惚れたか?」
「惚れる要素がないですよ。南こそ、昨日は『族潰し』に会えたんでしょう?」
『族潰し』が絡むと南の機嫌がよくなるのは、今に始まったことじゃない。
南は感情移入していないと言ったけれど、少なからず安原に触発されてる部分はあると思う。
「けど直、噂になってんぜ?お前に恋人が出来たんじゃないかってな」
「…は、い?」
「授業終わってすぐどこか消えるし、溜息も増えたって、お前のファンが」
あと俺の親衛隊の奴も言ってたけど、と付け足した南の頭をなんとなく叩いてしまった。
「けど、あいつ生徒会室にはこねぇんだな。折角許可証やったのによ」
「そうですね。生徒会に出ると言えば、すぐはなしてくれますよ」
そうですか、と一言。
追いかけてくることも、引きとめてくることもなく。
第三音楽室以外で、会うこともなかった。
こうして『族潰し』に会えたというだけで、南は上機嫌になるのに。
僕と会っても彼は変わらないし。
1分でも、3時間でも、彼の態度は変わらないし。
結局彼のことなんてわからないまま、一ヶ月。
一ヶ月で、変わってしまうようなものでもないのかもしれないけれど。
「だから、直。今日はついに剣先輩に聞かれたぜ?『直はどうしておりますか』ってな」
くるくるとボールペンを回しながらさらりと告げられた南の言葉に、僅かに反応が遅れてしまった。
「…、…剣先輩が…?」
剣弥太郎。
僕の八雲直の親衛隊長であった人。
半年間、僕に敢えて接触しないでいてくれた人。
そんな人が、たかが一ヶ月間の安原との関わりに口を出すとは思っていなかった。
「やっくんもねえ、ナオりんのこと心配してたよ?オレも、聞かれたし」
ひらひらと両手を挙げて言う豊先輩に、余計なんともいえない不安が募る。
僕も彼も、何も変わっていないのに、周りだけがどんどん変わっていってしまうようだ。
「…剣先輩…」
思えば、安原のこともわからないけれど、半年前に知り合った先輩のことも、よく知らないままだった。
「ナオりん、隊長さんのことで大変かもだけど、やっくんとも向き合ってあげないとね」
頑張れナオりん。
そう言う豊先輩は、いつも通り両手狐で変わらない緩い笑顔だったけれど、そういえばこの人も先輩だったなあって、少し失礼なことを思った。
「はい」
一緒に僕も小さく笑って、よくサボる先輩以上に、珍しく来ていた双子の分のココアと、いつもの紅茶をいれて。伸びた髪を、少しだけ切った。
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