「そんなことよりナオりん!オレが聞きたいのは乗り換えた男のことだよ!!」
「……南、そろそろ髪離してください
「答えてやれよ」
余計容赦なく髪を乱される。
だって、いい加減ネタを引っ張る豊先輩に付き合いたくないというか、彼のことなんて話したくないというか。
隣に座る南の腕を掴んで、顎を肩に乗せる。
「冬哉、髪結い直して」
「………甘えたって誤魔化されねぇぞ」
「オレがしてあげるよナオりん!!
「結構です」
南を巻きこんで済し崩しにしてしまえば、豊先輩の気も逸らせるかと思ったのに。
南にそっけなく返されて、大人しく自分で髪を結い直す。もちろん南にくっつく理由もなくなったからすぐ離れた。
それにしても、この人たちは暇なのだろうか。
話すほど彼のことを知りつくしているわけでもないし、許可証を出すと決めたのも南で。
僕にとってはただの親衛隊隊長、それだけだ、考える必要もない。
横に南、慶二先輩。目の前にはわくわくとした表情を隠しもせず、豊先輩が僕を見つめていた。
…このまま逃げるのも無理そうだ。諦めてソファに身体を預ける。
「別に何もないですよ。安原千尋、僕の親衛隊長です」
「そう言う割に、今日も会ってきたんだろ?」
「でないと、クラスまで押しかけますよって脅されたので仕方なく」
「理由はともかく、会ってきたんだろ?」
今まで最低限しか親衛隊と関わってこなかったことを知っている南からすれば、それだけで僕を突く要素になるのかもしれないけれど。
「副隊長を紹介されただけです」
まだ親衛隊も動きだしたばかりだから、それなりにちゃんとした目的がある。
前の僕自身の親衛隊だって、隊長と副隊長くらいは把握していたし、多少の会話だってした。
人の気持ちの聡い人だ、という僕の印象通り、距離をとろうとする僕に必要以上に関わることをしない隊長だったから、人に恵まれたな、とも思ったけれど。
半年、だからなにかあったというわけではない。
今回もそうなるだろう。
こうして乱されてしまうのは今だけで、時が経てば関わりだってどんどん減っていくに違いない。僕から関わりたいと思う相手でもないのだし。
「南は、どうして彼に許可証を出そうと思ったんですか」
それだけがわからない。
たった一言二言会話しただけで、南は彼のどこを気に入ったのだろう。
「恋してるやつは応援したくなるってもんだろ?」
自信満々に笑う南に、自分でも驚くくらい冷たい笑みが零れた。
恋。
恋、だろうか。彼のあの淡々とした態度は。
垣間見せる執着心を恋と呼ぶなら、そうなのかもしれないし、あの態度が安原千尋の性格だと言われてしまえば、僕はそれを受け止めるしかないのだろうけれど。
僕は一度だって、彼に恋されているとは思わなかったのに、南はあの少しの会話でわかったとでも言うの。
「いくら南が『族潰し』に一目惚れしたからって、僕まで巻き込まないでもらえますか」
「一目惚れじゃねえ、拳で語り合ったんだっつーの。この俺に対抗してきやがったんだぜ?……って豊先輩、メモとんな!!!」
「みなみんが『族潰し』に一目惚れ一目惚れ…!!」
「連呼すんなメモとんな…って、さりげなく慶二先輩まで何してんだアンタ!?」
「掲示板…、書き込み」
「オイィイ!?」
「一目惚れ、うるさいですよ」
あと南が赤くなっても気持ち悪いだけです。
「うっせ、俺のことはいいだろ、直のことだっつの!!」
「だから、何もありませんと言っているでしょう」
「あんだけ熱烈アプローチされといて何もないはねぇだろ」
「……、…」
あれで、実際何もないから言ってるのだ。
今まで好意を寄せられたことは何度もある。
けれどここまで僕に近づいておきながら、淡々と手を離してみせるのは安原ぐらいだ。
その情報詳しくプリーズ!!って叫ぶ豊先輩を慶二先輩が殴って黙らせているのが視界に入る。
だから、情報も何もない。
「そんなの口だけでしょう」
「抱きしめられてたくせに?」
「言えばすぐ放したの、南も見たじゃないですか」
「は、じゃあ何か、お前は安原に襲われでもしたかったのかよ?」
「そうですね、その方がわかりやすいですね」
うそではなかった。
どうせなら、襲われてしまった方がもしかして楽だったのではないかと、そう思う。
「その方が、まだ求められていると感じますね」
相変わらず彼は飄々として、掴めなくて。
本当に、話すことなんて何もないのだ。
彼のことなんて、なにひとつわからないのに。
「恋は身体目当てじゃねえだろうが」
「…そういう意味じゃ、ありません」
「じゃあ何だよ、言ってみろ」
少し苛立ったような南の声に、僕にまで苛立ちがつのる。豊先輩が心配そうに僕と南を見るけれど、僕の口は止まらなかった。
「南に言ったところでわかりませんよ」
「あ?」
身体目当てじゃない?けれど彼は僕に触れようとする。
僕の心がほしい?けれど彼はその手を簡単にはなす。
口だけはよく回るのに、彼の感情は揺らがない。
一番彼の中心にいるはずの僕でさえ、彼の心がわからないのに。
南が、まるでわかったかのように話すのは嫌だった。
「自分が片想いしているからって、勝手に感情移入してる南にはわかりませんと言っているんです」
「勝手に、じゃねえよ」
「じゃあ何ですか、どうして南はそこまで彼の肩を持つんです」
一週間、話した僕と。
たった一日、話した南。
「だから言ってんだろ、恋してるやつは応援してえって」
どうして、
「恋なんてしてないですよ、彼は」
僕は、わからないの。
「……それこそお前にゃわかんねえだろうよ。想われてるだけの、てめぇにはな」
南に突き放されたように言われて、ついにじわりと涙が滲む。
違う、南と、喧嘩したいわけじゃない。
深く息を吸って、南の小指を握りしめた。
「みなみ」
「…あー、………悪かったよ、直。…直、お前は、初めてだろ、こう、なんつーか、騒がれるだけじゃなくて、近付いてこられんのは」
こく、とほんの小さく頷いた。それでも優しく僕の頭を撫でてくれる南には通じたらしく、南が話を続けた。
「わかんなくてもいいから、とりあえず、否定だけはしてやんな。わかんねえ間は俺が言ってやるよ、あいつはお前のこと想ってる、ペットとかじゃなく、ちゃんと直を見てる。その気持ちは受け止めてやれ。……いいな?」
「…ん」
南が、そう言うのなら。
けれど、やはりわからないものはわからないのだ。彼が僕に恋をしているなんて、どうしても思えない。
だから、関わりたくなんてなかったのだ、親衛隊なんて。
アイドルだと騒ぎ立てられるだけならいい、でもこうやって近付かれるのは慣れない。
声高に語る恋を僕に押し付けないで。
「みなみ、」
「泣くなって、直。ちゃんと想われてる」
違う、南、南、知りたいのはそんなことじゃない。
想われなくていい。
南の言葉を信じたとしても、彼に心を奪われないと、その思いは変わらないのに。それでも受け入れて、僕はどうすればいいの。
知りたいのは、この苦しさがいつ終わるかなのに。
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