結局、逃げこんだ路地裏で囲まれて。

「ちょこまか逃げやがって、俺らが誰か知らねえのか!!」

「うちの仲間に手ぇ出しやがって、どうなるかわかってんだろうなあ。そのお綺麗な顔に傷残されてぇか?」

「はっ、お前らこそ直に手ぇ出しやがって、どうなるかわかってんのかよ?」

日も暮れはじめてうす暗くなる路地裏で、それでも不敵に笑う南の顔が見えた。

「南、僕を口実に暴れようとしてませんか」

「まさか。俺はそんなことより、のんびりいろは唄覚えてぇわ」

うそ、そんな楽しげに笑ってるくせして。

南が動く。

「…でさ、『いろはにほへと』の次、なんだっ、け!!」

「……そこからですか、」

南の暴れ癖は言ってしまえば初等部からで、中等部でも好き放題だった南は喧嘩慣れしてる。
加えて大企業の息子、護身術を一通りこなしているから、そこらの不良より圧倒的に強い。

「っや、ちょ、来ないで気持ちわるい…!」

一方僕。

同じく、護身術は身につけているけれど、かといって、殴り合いの喧嘩に関わることはほとんどなかったのだ。

なんとか、避けるのに精一杯で。

「っ、…南っ…!!」

「わーってるよ、直、心配すんな。お前にゃ触れさせねぇ」

「南のせいなんですからそんなの当たり前です」

「……………おう」


「ってめぇらナメてんじゃねぇぞ!!」

襲いかかってきた一人を、その勢いを利用して投げ飛ばした南は、ぐしゃぐしゃと髪をかき乱す。

「は、楽しませてくれよ。八つ当たりくらいはさせてくれ」


僕というお荷物を抱えながらも、子どものように無邪気に暴れまわる南に適う相手がいるわけもなかった。

「あ?もう終わりかよ、根性ねぇな」

ごろごろと男が転がる中、南がパンパンとお決まりのように手を叩いて、ぐっと背伸びをした。


「おおおおおおおみそれしましたああああ!!!」

「うおっ、なんだお前!」

人の山の中からにょきっと伸びた手が、がしいっと南の足首を捉えていた。

「さいこーっす、アンタ男の中の男っす!!」

あ、なんか頭緩そう。

素直な感想が浮かんだところで、腰かけていた瓶ケースから南へと足を向けた。

「んなこと言われなくてもわかってるっつの!うわ、鼻血つく、触んなお前!!」

「南うるさいです」

ぐいぐいと足を引く南の横に並んで、手の主の顔を覗きこんだ。

「あなた、馴れ馴れしくも僕に触れた男の仲間ですよね」

南に殴られたせいでぼたぼたと鼻血を流す男にハンカチを押しつける。

「ふ、ふごごご!」

多少の腹いせの意味も込めてぐりぐりとこすれば、南の足から離れた手が僕の手を握り締めた。

どうして握りしめる必要があるの、揃いもそろって馴れ馴れしい人の集まりだ。

キラキラと輝く瞳が僕を映す。

「白衣の天使!むしろ白衣の女王様!!」

あ、この人頭緩い。

そう再確認したところで放置されていた南が割り込んだ。

「で?何なんだよアンタ。気絶してないのだけは褒めてやってもいーが、向かってくるやつにゃ容赦しねえぜ?」

「まさか!マジ俺リスペクトっす、尊敬っす!俺今まで負け知らずだったのに、清々しいほど負けたっす!!一生ついていくっす!」

「そんなことより手離してもらえますか」

情熱的に話す度に強められていく力に比例して、僕の手が白くなっていってるんですけれど。


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