こんなふざけたやりとりにも南は大笑いしていて、その機嫌の良さが不気味なほどだ。
それがわかったのか、慶二先輩が口を開いた。
「…人、…見つけた、らしい」
「…人、って…」
「『族潰し』だ」
笑みを含んだ声に南を振りかえれば、にやりと楽しげに目が細められた。
「…あの、『族潰し』が…?」
「っていうか見つけたのはオレだよ!」
転がったままの豊先輩が勢いよく立ちあがった。
「はぁ、豊先輩が…」
というか、なんで豊先輩が族関係のこと…?
いまいち状況を把握出来ないまま南を見れば、お?って首が傾いて、3回くらい揺れたあと、ようやく思い当たったらしい、ポンと手を叩いた。
「そういえば言ってなかったっけか?豊先輩と慶二先輩、夜の街でも有名な情報屋『でこぽん』だ」
「はい?」
自信満々な決め顔の南の口から「でこぽん」なんて単語が出てきたことに驚けばいいのか、情報屋という単語に驚けばいいのか。
「そっ、だからオレも慶二も、みなみんが族の総長やってることも、ナオりんがその副総長なのも知ってるよ☆」
だって情報屋だからね!って手狐をパクパクさせる豊先輩に、ようやく僕も少し落ちついた。
とりあえず。
「僕が副総長っていうのは南の妄想です」
「ナオりん、流石のみなみんも男泣きだよ」
「………詳しい、情報…、求む」
気持ち悪い南は置いて、慶二先輩に促されるまま思い返すは中学3年。
卒業式も終えた春休みだった。
「なあ、直、やっぱ高校デビューってピアスとかあけるべきか?」
「知りません」
南に誘われるままに夕方の街を歩く。
学校でも街でも南は人の目を簡単に集めてみせる。夕日に照らされて笑う南に、見知らぬ誰かが顔を赤くしては呆けたように歩みを止めた。
騒がれなれた南はそんな反応をむしろ楽しんでいるようで、からかうように笑顔を振りまいては小さく手を振る。
無自覚というのもそれなりに手を焼くけれど、ここまで堂々とされると呆れるしかないというか、けれど南の容姿ならそれも当然か、とも思う。
昔から一緒にいる幼馴染にそう思わせるのだから、やっぱりそれくらい自信持っててもらった方がいいかな、と自己完結して(だってこの僕が認めているのに否定されるのも何だか癪に障る)、夕日が入り込んだ黒髪と瞳の眩しさに目を細めた。
「そんな装飾つけなくても、南はかっこいいでしょう」
「いや、それもそうなんだけど、気分的に?」
けらけらと笑う顔はいつもより子どもっぽくて、一緒になって少し笑った。
「ほら、アレだ、俺とお前でお揃いのピアスとかどーよ?」
「痛い」
「あ?耳に穴開けんのが?」
こういうところで察しがつかないのはずるいですよ南。
「…そうですね、南がどうしてもって一発芸して頼むなら、消しゴムくらいはお揃いにしてもいいですよ」
「お前は俺をどうしたい。…ってかその割にお揃いが消しゴムって、多分それ普通に俺どころか、殆どの生徒とお揃いになるんじゃね?」
こういうところで察しがつくのはずるいですよ南。
まあ、真面目にここで一発芸されても一緒にいる僕が恥ずかしいですし。
なんてふざけた会話をしていたせいか、僕の肩が誰かとぶつかって少しよろけた。
「あ、すみませ、」
「いってぇな、てめえ何処に目つけて…お?なんだぁ、上玉じゃねえか!」
「お、マジだ、へえ、綺麗な顔してんじゃん」
見るからにガラの悪い二人に顔を覗きこまれたあげく、馴れ馴れしく腕を掴まれて、不快感に鳥肌が立つ。
「気持ちわる、」
言い終わらないうちに、目の前の男が吹っ飛んだ。
「気安く直に触れてんじゃねぇよ、ナンパなら俺みたいなイケメンになってからするんだな」
自分より明らかに年下の男に、仲間を蹴り飛ばされた上に侮辱されて、空気が殺気立つのがわかった。怒りにまかせて殴りかかってきたもう一人を南は簡単に投げ飛ばし、何事もなかったように僕に向き直る。
「てか直、もう春休みの課題終わったか?」
「…南、助けてくれたのはありがとうございます、けれど、現実見てくれた方がもっと嬉しいです」
と、いうのも。
絡んできた二人はどうやら気絶しているらしいけれど、彼らの仲間は意外と多くいたらしく。
和やかな夕方の街には似付かわしくない、ぴりぴりとした雰囲気が漂っている。
今のは正当防衛というか、それなりに理由あってのものだけれど、ここでさらに騒ぎを起こしてしまえば困るのは僕たちの方だ。
南の顔は、目立つ。
高校入学前に悩みの種をまくのはごめんだ。
「しゃーね、逃げっか」
それくらいは南の頭でも理解できたのか、頭を掻いて舌打ちをすると、僕の腕を掴んで走りだした。
「っわ、ぁ、南……!」
「んだよ、面倒事起こすなってことだろ?」
「そうですけれど、そうじゃなくて、なんか思っていたよりいっぱい追ってくるんですけれど…!」
「はは、何とかなんだろ、俺とお前だし。ってか直マジ課題終わった?国語のいろは唄暗記とか無理くね?」
「だから南、今そんなこと言ってる場合じゃ…!」
「あっはははは!」
「〜〜〜〜っ冬哉のばか!!」
prev | next