「そーだ、安原、お前に良いモンやるよ」
「直ですか?」
「あっははは!!」
「南いい加減しつこいですよ!あと名前で呼ばないでください」
くっついてこようとする安原を腕で押し返す。
「まあ、直に近いかもな」
笑いを耐えながら言った南の一言にさあっと青冷めた。
「まさか、南、許可証だすつもりじゃ、むぐ!」
「なんですか許可証って」
後ろから大きな手で口を塞がれて、ついでとばかりに腰に手が回る。
「んん!」
嫌、そんなことまでは許してない、抱きしめていいなんて言ってない。
ばたばたと身体をよじれば見かねた南が助け舟を出してくれた。
「あー…、離してやれ。がっつく男は嫌われんぜ?」
「そうですか」
途端にあっさりと離した安原に南が首を傾げた。
今までの様子を見る限りこんな簡単に離すとは思わなかったのだろう。
そういう男だ、安原千尋は。
出会って二日、それでも人となりは見えてくるというもの。
触れたいと言う割に、踏み込もうとしない。
時折恐ろしいほどの執着心を見せつけるくせに、淡々とした表情は崩れない。
感情に波が立たないというか、行動に表情が伴わないというか。基本的に無表情なのだと言われればそれまでかもしれないけれど。
こういうところに、ペースを乱されるのかもしれない。
本当に、ペットにでもされた気分だ。
気分で遊ばれている。
「…とにかく、許可証発行には生徒会過半数の同意が必要のはずですけれど」
「俺と慶二先輩と豊先輩、あと双子のどっちか」
「う、…」
簡単に同意がとれそうだった。面白半分で色々やる人たちの集まりである。
許可証。一般生徒が入れないはずの生徒会フロアの出入りを文字通り許可するもの。
今こそ安原はここにいるけれど、それは南の呼び出しがあるからこそで、あんな風に簡単に入ってこれる場所ではないのだ、生徒会室というものは。
ここはある意味僕の逃げ場とも言えたのに。
出会って二日。
二日だというのに。
どんどん逃げ場を奪われていくような、外側から埋められていくような。
淡々と淡々と、追い込まれる。
「んな心配しなくたって、安原だけじゃなく俺んとこの隊長にも出す予定だぜ?」
あっけらかんとした南を睨む。
「だって、南のところは白木先輩でしょう?この人とは話が違いますよ」
小柄で可愛らしい先輩だ。白木優海、名前の通り優しい人で、正直南にはもったいないとも言える。
「変態と同じくくりにしないでもらえますか」
きっぱり言えば、安原が苦笑した。その表情は、初めて見る。
「目の前で言いますか」
「じゃあ陰で言うので、帰ってもらえますか」
「本当ですか、一緒に帰るなんて初めてですね」
「いえ、お誘いではなく」
「はは、遠慮なさらず。恥ずかしがってもかわいいだけですよ」
「全力の拒絶です」
こんな追い詰められ方は好きじゃない、屈したくもない。
本当に、やりづらい。
何を言われても何をされても、この男にだけは、心を奪われないだろうなと思った。
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