「さて副会長、あなたを守るにあたってあなたの弱点を教えてください」

出会って二日。
再び第三音楽室にて。

「意味がわかりません」

「あなたが感じるところを教えてくださいという意味です」

今日も安原は絶好調です。

(やめてほしい)


「そうではなく質問に答える意味を聞いています」

「ああ、それならそうと言って下さいよ」

「すみません、そもそも拒絶だったのですけれど通じませんか」

「はは、それならそうと言って下さいよ」

ふざけた質問でさえ言葉を返してしまうのは、もはや僕の性格とも言えるけれど、今ほどそれを後悔したことはない。

飄々と切り抜ける安原にいつもと変わらぬ笑顔を向けられたかどうか。

「本当に失礼な方ですね。とりあえず、この距離やめてもらえますか」

昨日と同じ、壁際。
見事に追い詰められてしまった僕、学習してないの…。

両腕に退路をふさぎ込まれてしまったのまで昨日と同じで、睨むことしか出来ない僕とは対照的に安原は涼しい顔で笑う。

「ああ、触ってほしいんですか、すいません、気がきかなくて。そうですよね、俺とあなたの間に距離なんていらないですよね」

「意味がわかりません」

反射的に言葉を返したけれど、話せば話すほど不快にしかならなかった。
内心まゆをひそめた僕を知ってか知らずか、近い距離でまた安原は口を開く。

「いやしかし副会長の素晴らしさを語る上で直接触ることによりリアルな内容が、」

「そうですか、ではやってみてください」

会話の主導権をとろうと、試すように長袖のカーディガンとシャツを捲りあげて左腕を晒し出してみても。

「本当ですかじゃあ服を脱いで下さい」

「わざわざ差し出した手を無視しますかいい度胸ですね」

ひたすら爛々と輝く瞳で顔を覗きこまれただけだった。


「ところで副会長」

「スルーですか」

マイペースというのか、会話をする気がないのか淡々とした安原の相手をするのは予想外に手に余る。

自分を前にして、こうも飄々と、(しかもこちらが餌を差し出したと言うのに!)さらにはこうしてペースを乱されるだなんて、口うるさいと自覚している自分にとってはまず有り得なかったことで、それは新鮮さを通りこして屈辱的なことでしかなかった。

矜持。

そう言ってしまえばそれまでだけれど、自尊心が強いことは誇りでも、ある。

親衛隊はなんだかんだその自尊心を満たしてくれる存在だった。

だからこそ親衛隊と関わりを持ちたくないという一線引いた態度をとりながらも親衛隊を解散しようと思い立ったことはなかったし、こうして親衛隊隊長の呼び出しにも応じてみせたのだけれど。

やりにくい。
うまくいかない。

親衛隊=媚びてくる集団、と生徒会会長兼幼なじみは以前そう零していたけれど、その方がずっと御しやすい。

ふざけているのか本気なのか、親衛隊隊長でありながら親衛隊らしくない副会長の扱い方をする男だ。


本当に、やりづらい。


「あなた、一体何がした、っ…!」

「この痣、昨日のですか」

晒したままだった左腕を安原の指が滑る。

結局痣として残ったそこに触れられて、謝罪の一つでもあるかと思いきやその目に喜びの色をのせただけだった。本当に、趣味が悪い。

「…何がしたいんですか」

「いや近くで見た腕が細くて白くて綺麗でつい」

「無視したくせに、て、何、気持ち悪い」

両腕が壁に縫い付けられる。
耳元に唇が寄せられて、

「真面目な話ですが副会長」

「ん、」

響く声に、ぞくっと身体が震えた。

(こんな反応、したくもないのに…!)

かあ、と頬が熱くなった瞬間。

ぺろ。

「っ、気持ち、悪い、何話じゃないのっ」

舐められた。
舐められた耳を!

「いやなんか可愛くてつい」

「だから、気持ち悪いってば!はな、離してっ…!」

腕を振り払おうにも大柄な安原に力で敵うはずがなかった。

「あんた襲われたら終わりですね」

そんなことは重々承知だ。
それでも認めたくはない事実を淡々と語る安原が気に食わない。

「それを守るのがあなたでしょう」

軽く睨めばなだめるように額に唇があてられる 。逆効果だということを早くわかってほしい。

「そうですけど、流石にあなたにも自覚を持ってもらわないと」

べろ。

舐められた。
額舐められた!

「なにもうやだ気持ち悪い、離して…っ!」

「泣きそう、目舐めていいですか」

「気持ち悪い!!」

この手段だけは使わないでおこう、と思っていたけれど、ここまでされてはそんな抑えもきかなかった。

簡単に言えば蹴り上げた。
なにって急所を。

「っぐ…!」

「!」

その瞬間手首に走る痛み。

おそらく痛みに耐えるために反射的に握りしめたのだろう、鈍い痛みにじわりと目が潤む。

けれどその痛みで、本当にこの男は自分に執着しているのだと、漠然とわかった。

突然の痛みに意地でも離さなかったその執着心は評価してあげてもいいけれど、だからといってつもりにつもった嫌悪感がなくなることはない。

「っ、すいません」

僕の小さな悲鳴が聞こえたのかやっと焦ったように手を離した安原の、無表情でもなく憎たらしい笑みでもなく心底心配だと訴えかけるその表情に少し、…。

…いや違う、驚いただけ、やっと相手のペース乱したことに自尊心が回復しただけだ。

「…、……」

なんだかきまりが悪くなって、ごまかすように腕をふってみせればぽすぽすと安原は頭を撫でてみせた。あ、すこし涙目。

「…すみません、いじめすぎちゃいましたか」

というか。

「人との距離感覚えて下さい。いちいち触らない、押し倒さない、押し付けない」

頭に載せられた腕を払いのけて距離をとれば安原は悪びれもなく笑顔を作った。

「はは、そんな無茶な」

「また蹴られたいですか」

結局そのあとどれほど安原を拒絶しようと避けようと、その距離が離れることはなかった。

最後、散々ベタベタされたあと「無防備にならないように」って正反対の注意をされて、携帯のアドレスと電話番号をさらりと教えられたけれど、おそらくこれが本題でしたよね、時間返してほしい。



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