早く来ておきながら、南は授業が始まる前に生徒会室へと消えた。
生徒会役員は授業に出なくてもいいという特権があるし、南も頭は悪くはないから支障はないのだろう。
特権があるのは別にサボっていいから、ではなくて、それほど仕事が忙しくなるから、なのだけれど。
まだ何の仕事もしていないのに権力だけ使うなんて。
「それなら早起きなんてしなくても良かったのに」
おそらく今頃生徒会室にある仮眠室で寝ているのだろう。
一緒に生徒会室来るかと聞かれたけれど、南と二人きりでいる気分にもならなかったし、授業だって必要以上に休みたくなかったからすっぱり断った。
勉強がどうこう、というか、無意味に休むのはなんだか矜持が許さなかった。
それに、思っていたより教室で騒がれるということもなさそうだ。
続々と教室に現れるクラスメイトに、「あ、副会長だ!」とか、「応援してます!」とか、色んな言葉や視線をもらったけれど、笑顔を返せば皆真っ赤になってそれ以上オーバーな対応はない。
流石はS組、特進クラス。
落ちつきがある人が多くて良かった。
全校生徒みんなこうなら良いのにな、とも思うけれど、前生徒会の扱われ方を見てきた限り、やっぱりこのクラスが特別なのだろう。まあ半年間僕も南も普通にクラスメイトでしたしね。
「八雲副会長、おっはよー、今日も綺麗だねー」
「あったりめーだろ、副会長だぞ。俺マジ副会長なら抱ける、むしろ喜んで!」
「ふふ、おはようございます。そういうこと言うと南が怒りますよ」
「ちぇー」
挨拶を交わしながら、授業の教材を机に置く。
笑い声の絶えないいつもと同じ、一日の始まりだ。
南もどうせ見回るなら、生徒がいる校内を見れば良いものを。
生徒会長が背負うのは、学校ではなくて生徒の方でしょう。
けれど南も、俺様で大胆不敵なあの幼馴染みも、僕と同じように静かな校舎でただ一人、思いを巡らせていたのだろうか。
なんて、そんな考えもチャイムが鳴ってしまえばあっという間に頭の隅に追いやられた。
その後の授業も、先生が色々声をかけてくるものの、無事に終わって放課後。
カーディガンのポケットに手を伸ばせば、かさ、と入れっぱなしだった付箋に手が触れた。
あまりにも小さく薄いそれは鞄にいれてしまえば見失ってしまいそうで、結局ポケットにしまったのだった。
『放課後、第三音楽室に来てください』
それだけが書かれた付箋。
何の可愛げもない黒い文字はあの手紙の中で明らかに浮いていた。
いたずらかもしれないし。
というかそもそも、ラブレターの流れで、これもそういったもの(そう、例えば告白とか)だと思っていたけれど、そうではない可能性だって十分ある。
なのに、何故だか気になって仕方がない。
怪しい、行かなければいい、名前も何もないこんな付箋に従う必要なんてない。
そもそも副会長って、こういうの1人行っていいのだろうか。軽率な行動は、控えるべきだ。そうわかってはいるけれど。
(…綺麗な、字)
…これが最後。
最後だ。一つ目立つ付箋にまんまと釣られて、南には笑われるかもしれないけれど、こんな行動も今日までと思えば行かない理由にはならなかった。
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