5限。春のほのぼのとした天候に当然授業になど出るはずもなく、永田は煙草をくわえながら屋上へ向かった。
「…あー?」
これは誤算だ。
麗人が目の前で寝ていた。
「据え膳か」
赤い目を細めて、永田は無防備に晒された首筋へと手を伸ばした。
「ん…、」
「おーい、くっちまうぞ副会長」
(うわ、なんつー肌してやがる、こいつホントに男か?)
よくよく見てみれば、羨望の的となって立ち続けるこの男は自分よりも一回り小さく、触れた首さえ簡単に握り潰せそうだった。
いつもの冷静な表情が、寝ているせいだろう、随分とあどけなく―――ふいに浮かんだ若い欲求を誤魔化すように煙草に火をつける。
(性格悪ぃくせに、顔だけは可愛いのな)
副会長でありながら、夜の街でも参謀として有名なこの男。
確か自分のチームの総長とも関わりがあったような無いような。
まあなんだ、と永田は指を鳴らした。
「とりあえず一発殴っとくか」
遠慮なく降り下ろされた無骨な拳は、それよりも華奢な掌に受け止められた。
「寝てる相手を殴ろうとするなんて、さすが不良は違いますね」
拳を包む手の柔らかさに永田は忌々しげに舌を鳴らす。
「てめぇ、いつから起きてた」
「さあ?」
「…いけすかねえ野郎だ」
「ふふ、けれど好きなんでしょう?」
柔らかそうな唇が溢した甘い囁きに永田の切れ長の目が見開かれた。
「…あ?」
「こら、僕の方が年上ですよ」
「うぜえ」
冗談めかした小言が余計年上の余裕を装っていて、カンに触る。捕まれたままの手を乱暴に振れば、華奢な手は簡単に永田から離れた。とはいっても、転がったままの体勢であったから二人の距離は変わらないのだけれど。
「乱暴ですね…」
屋上のコンクリートで擦ったのか、僅かに顔を歪める麗人に、煙草の煙を吹きかける。
見た目にそぐわず夜の街を闊歩する副会長はそんなことは今更気にしないのか、小言を言ったりしない。永田は煙草を床に落として踏みつけると、寝転がったままの副会長に乗り上げた。細い身体に容赦なく、体重が乗せられる。
「……重いんです、けど」
「なら抵抗しやがれ、わかってんのかよ」
副会長のネクタイを掴み、ギリギリまで顔を寄せる。ぎら、と獰猛な目が副会長を射ぬき、そして。
「身体に思い知らせてやることもできんだぜ…?」
―――結構な脅し文句の割に、降ってきた唇は優しかった。
そう笑いながら話す恋人に、永田はもうやめてくれ、と顔を覆って項垂れた。
「なんですか、大事な馴れ初め話でしょう」
「やめろもうやめろ恥だ一生の恥だ」
「あれから毎日、ぶつぶつ言いながらも屋上来ましたよね」
「副会長のくせにアホ面で寝てるからだろーが」
「そのアホ面に惚れたくせに」
「ぐっ…」
押し黙った永田にふん、と笑った副会長に、ずずいっと眼鏡をかけた少年は詰め寄る。
「じゃあ、告白も永田から!?」
やや興奮気味に質問を投げ掛ける少年――田中――は永田のクラスメイトであり、新聞部の一員。地味な見た目に反して感情の起伏が激しく、不良の永田以上に有名な生徒であった。
(なに考えてんだか、全く)
にこ、と笑顔を絶やさないで受け答えをする副会長尻目に、永田は堂々とあくびをする。
正直田中も新聞部も苦手だ。だが、副会長が取材に応じると言うからついてきたのに。これではやはり意味がなかったか。
半年前の自分の愚行を目の前で暴露されるという屈辱的状態になっていることを考えれば、むしろマイナスだ。
関係を秘密にしようと言い出したのはてめぇだろ、と舌打ちをした永田にようやく副会長が視線を向ける。
「ほら、あなたも何か言ってくださいよ、カップルへの取材ですよ」
「へーへー」
小言を言う癖は直っていない、頭をかきながら永田は口の端をつり上げた。
(言えといったのはてめぇだからな、後悔すんなよ)
「告白はこいつから、惚れたのもこいつが先だ」
「な、永田っ」
「せ、積極的副会長萌えええええ!!」
その話っ、その話詳しく!!とテンションの上がった田中同様、副会長の澄ました顔に朱が走る。
「大体、普通に考えて副会長が屋上に寝てるかよ」
「なが、」
「俺を待ってたくせして、余裕ぶりやがって」
「な、」
「毎日毎日誘ってきたんだよ、こいつがな」
あ、う、と言葉にならない副会長を抱き寄せて、永田は終わりとばかりに用意された椅子から立ち上がった。
「ちょ、永田っ、そこ大事なとこじゃん!!」
「あー?」
慌ててひき止めようとする田中を睨み上げる。その目は相変わらず荒々しく獰猛で、さしもの田中の肩も跳ね上がった。
最初からビビらねぇのはこいつくらいか、と自然と永田の副会長を抱く力が強まる。
「だーれが教えるかよ」
こいつの可愛いところは俺だけ知ってりゃいーんだ。
つけたされた最後の小さな囁きは、恋人だけにしっかりと伝わった。
「で、なんで突然公表すんだよ」
「だって…あなたがモテるから…」
「………」
(副会長がそれを言うか)
end
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