「あー…ちくしょ、終わんねえ」

書類整理を続けて、ようやく単純な作業なものを残すだけとなったが、もう時間も時間だ。
夕方から座り続けていたせいで、背筋を伸ばす度どこかしら骨が鳴った。

「がんばろうみなみん!あとちょっとでこの苦行も終わるよ!!」

そんな俺に声を掛けるのは、いつもの幼馴染みではなく、豊先輩だった。生徒会室に俺と豊先輩というなかなかないコンビ。目の保養にもなんねえ。

「つかもう10時かよ…直帰すんじゃなかった」

あいつがいりゃあもっと早く終わってただろう、なんだ10時にまだ学校って。

「どう?夜にオレと二人っきりとかどう?ときめいちゃう?」

「気分を害する」

「その表現なかなか口上で聞かない!!!」

感心された。夜だからか先輩のテンションも高ぇわ。

「もう、みなみんてばブレずにSキャラなんだから☆せっかくだし仲良く先輩とお話ししようぜ☆」

「先輩が風紀にシメられた話とか興味あります」

「わあ、敬語にしたって、その見下した目は隠せてないぞ☆」

そう言いつつも満面の笑みで語りだした豊先輩、くっそいい先輩だな。


豊先輩の話に適当に相槌を打って聞き流していると、同意の上なのにー!!と語りつつ白熱した先輩がバン!と机を叩いて、勢いよく俺に人差し指を突き付けた。

「ていうか!みなみんに聞いてみたかったんだけど!!」

「豊先輩は論外」

「論外!?ってそうじゃなくて、ナオりんのこと!!」

「…あー?」

突然幼馴染の名前を出されてしぶしぶ仕事の手を止めると、興味津々という態度を隠さず先輩が近寄ってきた。

「ぶっちゃけどうなの、ナオりんのことは?あんだけ綺麗な子横にいて、みなみん、なんかこう…ないの?」

さっきまで自分の夜の事情を語ってたからか、一気に興味がそっちへ傾いたらしい。まあ、いい時間だし構わねえだろ。
俺も男だし、その手の話に興味がないわけがねえ。

「ないわけねーっつの、副会長の名は伊達じゃねえって」

「うっひょー!!!詳しく!その話詳しく!」

直はこういう話、あまり好まねえから、あいつの前ではこういった生々しい会話はしねえけど。

「いやああんだけ傍にいてね!いっつもみなみん澄ました顔してるからてっきりもうそういうのはないのかと!!」

「それとこれとは別だろ、欲情するときはする」

「うわあああああ!!!やっぱりー!!!だよねー!!!」

大げさに反応する先輩にこっちのテンションも上がるってもんだ。こういう息抜きも男にゃ必要だな。

「あんま性とか知識ねえときはまだしも、中学とかは…まあ」

「例えば!?」

考えりゃいろいろありはする。なんたって、最初から最後まできっちり話せるような付き合いの年月じゃねえ。
もしかすると、親より一緒に過ごしてんじゃねえかと思うほどの相手だ。

「ただそうなったのも、もとはといえば直が悪ぃ」

俺だってもとから男もイケたわけじゃねえ。そういうことを覚えたときは女の方に反応してたし、幼馴染みにも、まあ…あいつは比較的昔から髪が長かったから、そこから香る匂いとか、そういうのにうわ、となるくらいで、結局、なんでコイツ女じゃねーんだとか、思ったこともある。

直とは普通に、男同士のふざけ合いレベルでしか触れてなかった。


「ただ問題はあいつ、ほんと鎖骨ダメだったんだよな、昔から」

「なるほど!?」

あ、そういえばこういうのバラしたらまずかったか。…ま、いーや、豊先輩だし。

普通に俺んちで遊んでて、まあ、よくある言い争いになって。口が無駄に回る直に痺れを切らして、俺はくすぐりを始めたわけだ。よくある展開だろ?
で、あいつには触るとくすぐったそうにするとこが脇腹の他にもう一か所あるのを俺は知ってた、そこに手伸ばすのも当然のことだ。その時は本当に単純に、くすぐってやる以外の目的はなかった。

脇腹から手を動かして、鎖骨へ。逃げようとする直の上に乗っかって、抵抗を防いだ。力じゃ昔から、あいつは俺に敵わねえ。

「うわ、なに、冬哉っ」

「うっせーバカ直」

「口で勝てないからって、……ッう、わ…!」

くすぐるように鎖骨を指先で撫でる。びくっと抑え込んだ直の身体が強張ったのに、俺は優越感っていうか、まあ、ざまあって感じで。いつもはすぐやめてやるんだけど、その時はなんか、もっとやってやろうって気分だった。

綺麗だとか人形のようとか、そう評される幼馴染を困らせることが出来るってことに、興奮してた部分があったのかもしれない。まあそこらへんのことは細かく覚えちゃいねえ。ただ、そのあとのことは今でもよく覚えている。なんたって、幼馴染みを初めてはっきりそういう対象として認識したときだ。

「も、くすぐッ…、う、う…!」

「あ?なんて言ってるか聞こえねーよ」

「ふ、…っとーゃッ、……冬…!」

震える声で名前を何度も呼ばれて、正直楽しくてしょうがなかった。
こいつに見惚れるやつらは、今にも泣きそうな顔をみたことがあるか?
声を掛けられて喜ぶやつらは、この舌ったらずな声を聞いたことがあるか?
品行方正だとこいつを賞賛する大人たちは、髪を乱して戸惑うこの姿をみたことがあるか?

俺が、全てを崩している、俺以外の誰も知らねえ。
そんな、相手を支配することの高揚感やら親友への独占欲がないまぜになったといえばいいか。

逃げようとする直の両腕を片手でまとめて。鎖骨を弄り続ける。俺が上にのってるせいで身動きのとれない直は唯一自由に動く首を何度も巡らせていた。

くすぐったさに上手く息が吸えないのか、浅くなる呼吸。


(あ…?)


苦しげに身をよじる。首に筋が浮き出る。


(なんつーか、これ最近見たこと、ある……)


覚えたばかりのそれに、あまりにも類似したこの光景。

つっても、相手は幼馴染で、男で、ただのふざけ合いで。



それも、直が耐えきれないと仰け反った瞬間までだった。

「…ッん、ぁ……!」

「…っ!」


(な、んだ、これ……ッ)


一気に全身が熱くなって、思考が途切れる。何故だか怒りに近いような感情が生まれた。


(んだよ、その声っ…!)


女のそれより低く、控えめなそれは、そのくせ確実に、俺の中の何かを揺るがした。
どく、と下半身に今まで感じたことのない程の熱が集まる。


(嘘だろ、…?)


この俺が、幼馴染みに?
家族よりも一緒に過ごしたといっても過言ではない、男に?


「ぃ、やッ…とーや!とーやッ!!」


(呼ぶな、馬鹿かよてめえ!)


さっきまでと打って変わって必死で言い募る姿が、余計、たまらなかった。
ただ鎖骨をくすぐってるだけの俺が、熱のこもった息を何度も吐きながら、それでもなんとか抑えようと強く唇を噛みしめる。

「ね、ぇッ……!むり、むり…!」


(くっそ…!)


いつの間にか、真っ赤に染まった頬。首を振るたびに、目に溜まっていた涙が流れていったのが見えた。
こんな姿、俺でもなかなか見ねえ。そろそろやめなきゃマズイだろって、わかってるのに、目の前がちかちかして、俺の手は止まらない。

「とーやぁ…っ!」

「っ呼んでんな!!」

ついカッと頭に血が上って、荒々しくなった手は、自分の汗か直の汗かに滑って、ガン!と床へと叩きつけられ、ようやく動かなくなった。
その体勢のまま、呼吸だけが響く。


「なに…なに、……?」

「うっせぇ…、も、泣いてくれるな…」

顔も上げられないまま、途中から本格的に泣き出した直の頬を拭う。
冷静になった俺に、それでもその時の興奮は残り続けたし、それから俺は人の上に立つことを好むようになったと思う。




「おら、どう考えても直のせいだろ?」

「どう考えてもみなみんのせいだ!?」

ていうかまとめれば鎖骨くすぐった話なのになんでそうエロいかな!?とソファで跳ねながら豊先輩は結局床へと転がった。

「いや、過敏に反応する直が悪くね?」

「開き直った!悪い男だ!!普通くすぐられ続けるだけでも辛いからね!?」

それにしたって直ももうちょっと普通の反応をしてくれりゃあいいものを。いちいちあんな反応するから変態にも狙われるんだろーが。

「ああ、でも考えてみりゃあ、俺より直が性に関して知識あるわけねえし。鎖骨も弱いとはいえ、あの時はまだちょっと触られるくらいしかなかったんだろうし」

あのころから自尊心の強かった直にとって、あれはどんな刺激だったろうか。
幼馴染みに力で負けて。弱い鎖骨を初めてあそこまで他人に触られて。初めて、性的な刺激を与えられて。泣いて悶えて。

「ていうか、俺が鎖骨性感帯にまでしちゃったんじゃね?」

最初はまだくすぐったい程度の弱さだったような。

淡々と言う俺に豊先輩が信じられないものを見るような目で見てきた。



「まあそんなわけで男もイケるようになった俺は、その後が大変だったわけだ」

「みなみんって意外とクズ?」

「先輩に言われたくはねえ」

まあでも唯一の救いは、外見にはそこまで拘らねえってところか。
最初があの直だったこともあって、いくら抱かれてぇってやつが女のように見た目を整えたところで、その点に関しては直に敵いようがねぇんだ。髪とか手とか、項だとか。全体的にでもパーツでも、直以上を見たことがない。



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