その言葉を聞いていたわけでもないだろうに、ちょうど5分後、テーブルには夕食が並んだ。混雑する昼でも迅速に提供される料理の質は、それでも全く下がらない。

「あれ、南麻婆豆腐にしたの」

「そういや食ったことねえと思って」

テーブルの片側に僕と南。
そして僕と向き合うように安原が座った。

真正面から安原の視線が絡みつく。

(やだ…この席順……)

かといって隣は隣で実害がありそうで嫌だ。

諦めて大人しく箸を持った。

元から食事中に話すようなタイプの集まりじゃない。静かな沈黙が下りるなか、一度安原が箸を止めた。

「物を食べる副会長って、かわいいですね」

「……そう、いいからそんなに見ないでください」

この人、食べながらも僕から一切視線を外そうとしない。ちらりと様子を伺えば、その度に麺をすする安原と視線がぶつかった。

(食べづらいことこの上ないんですけれど……)

「お、この麻婆そんな辛くねえ」

南だけが平和に食べていた。ずるい。机の下で足を蹴ると、たいしたダメージでもないのかただこっちを見る。

「これなら直も食える辛さだぜ?」

「嘘、まず赤いもの」

「見た目辛そうなだけだって。ほらちょっと食ってみろよ」

ん、と少しよそったスプーンを差し出される。
僕はそんなに辛い物が得意じゃない。麻婆豆腐も自分から進んで食べるものではなかった。

「ええ…」

「ん」

ひたすら口の前に差し出される。水も残ってるし、まあ一口くらいなら大丈夫か。

ぱく、と大人しく口に含むと、よし、と南が頷いた。

「食えんだろ?」

「ん…」

ぴり、と少しだけ口内に刺激が走る。けれど確かに食べれないものではなかった。
飲みこむとともに広がった辛みを落ちつけようと水に手を伸ばすと、それより早く安原が僕のコップを奪う。

「?」

そしてそのまま、全て飲み干した。
空になったコップを机に置くと、自分のコップを持って立ち上がる。

「はい、直。水が欲しいんでしょう?」

「…そうだけどそれはいらない……」

どうして無理矢理安原の飲みかけの水を飲まなきゃいけないの。
自分で入れて来ようと席を立とうとすると、横に来た安原に抑え込まれる。

「どこにいくんです、水ならここにあるのに」

「だから、いらないってば」

「はは、遠慮なさらず」

ぐぐっとコップを口に寄せられる。逃げようとしても、簡単に手で封じられた。

「ほら、直。俺のも飲んで」

「ちょっと…!」

「そいつ、てこでも引かねえだろ、飲んでやれよ」

「そんな他人事みたいに、…!」

一人状況を眺めてのんびりしている南へ口を開けば、その隙に口へコップを宛がわれた。
間を置かず、するっと水が流れ込む。

「…!」

「直、ちゃんと飲めてます…?」

「ん、ん……!!」

無理矢理流し込まれる水は飲み下すしかなくて、せめてもの抵抗として固く目を閉じた。
喉の熱さは引いても、代わりにじわりと熱が顔に上る。

ごく、と最後の一口を飲み干したところで、安原の身体を押し返した。
僅かに零れた水を拭おうと伸ばしてくる安原の手を撥ねのける。

「…さっきから、なんなの……!」

「だからそうピリピリすんなよ、直。安原がちょっとアレなのは今さらじゃねえか」

「…煽ったのは会長ですけどね」

「は?」

満足したのか大人しく席に戻りながら安原が零した台詞に、南はぽけっと口を開けた。

「なんで俺だよ。大人しく食ってたろーが?」

「……そういうのが一番腹立ちます」

「はあ?」

なんとも気まずい空気の中食事を再開。安原の視線も続いたけれど、今度は安原は何も話さなかった。



「じゃ、俺これ外持ってくから。ついでに飲みもん買ってくるわ」

空いた器をまとめて南が持ち上げた。普段はそんなことしないのに。
その視線に気付いたのか、「俺も空気を読み始めています」と至極真面目な顔で言われてしまった。(口調がふざけている以上、内心は絶対に真面目じゃない)



ふたりきりになった瞬間、安原の胸元に埋もれるように抱き込まれて、瞬間息が詰まる。

「直、俺、あなたに会いたくて、」

「くるしい…」

「直……」

「力、ゆるめて…」

「それはなんだか出来そうにないです」

今日はどうしたんだろう。何かあったのだろうか。こんなに、会いたいばかり連呼するのも珍しい。
冬からいくらか素直になったとはいえ、それでもカッコつけようとするところは変わってないのに、今日はまるで子どもみたいだ。


「十数年に勝てないことくらい分かってますけど、でもあなたは力ずくにしてしまえば簡単に俺に好きなようにさせてしまうから」

「………」

「だからこそ、会長相手に対抗してみたくなったりも、します」

熱の籠った目で僕を見つめ続ける安原がなおも言い募ろうとしたとき、がちゃりと扉の開く音がして。

「あー、言い忘れてたけど、俺の部屋で盛んなよー」


玄関口から差し込まれた南の声に、安原が今日何回目かの舌打ちをした。


(いや、カッコつけてみたところで、あなた普通に南に敵対心持ってますよね?)




end
→あとがき


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