「この指に書かれた言葉、あなたの口癖ばかりですね」

「あなたを形容するのにぴったりですからね…」

変態も気持ち悪いもばかも。


するすると髪を梳く彼の、落書きされた大きな手を大人しく受け入れる。黙ったままその手を見つめていれば、視線に気づいたのか、安原ももう一度指に目を落とした。
嬉しげに見つめていたかと思うと、あむ、と薬指を軽く噛む。
…こういうところが残念だということを、彼には早く気付いて欲しい……。

「…そんなに罵倒されたことが嬉しいの………」

「あなたもどうせ確信犯のくせに、そういうことばかり言うのは良くないですよ」


薬指、と耳元で安原が囁く。
薬指。
噛みづらいのに、わざわざその指を選んで噛んだ彼。

流れで耳ままで噛もうとするから、その前に顔を背けて逃げる。


「小指を見ました?」

「はい。『うそ』と。嘘つきなのは俺よりも直の方でしょう」

「…なら、今は本当のこと言いますね。薬指は小指とセットです」

「そんなこと書いてありませんでした」

「なので今言ってます」

「聞こえません」

「うそ言わないでください」

「すみません、俺あなたが書いたとおり嘘つきなもので」

僕の言いたいことはわかってるだろうに、話を逸らし続ける彼をむっと睨むと、上目使いは可愛いのでやめてくださいとまたしても逸れた言葉が返ってきた。


「冗談でも、嬉しいんです」

「?」

「あなたは、悪戯のつもりかもしれないですけど、思いつきかもしれないですけど、薬指に書いてくださったことが」

「………」



黒くなった彼の指。
並べた悪口の中。



残る薬指にはただ2文字。




『すき』




それだけ。


5本のうち、2番目に長いその指に、たった2文字、小指の『うそ』より、小さい字で。




黒い手で、ふわ、と指先を握られて、かあっと身体が火照った。
まるで、僕が寝ている彼の手を握っていたときのような、その握り方。


「…ぁ、なた、起きて…、……?」

「?」

震える口で恐る恐るした問いかけには疑問が返ってきたので、本当に寝てはいたらしい、彼の手に触れるまでの一連の流れには気付いていないようだった。


なら、触れ方が一緒になったのは、偶然ですか。



「………ッ!」

「直?」

「み、ないで、ください…」

「と、言われましても、あなたは肌が白いので赤くなるとすぐわかりますし、赤い耳はもろ見えですけど」

「だから、見ないようにしてくださいと言ってるんです……」

「ものすごくかわいいのでそれは無理です」

「……かわいくない…」

「押し倒したときはあんなに可愛くない態度だったのに、手を握られたら、そんなに真っ赤になっちゃうんですか」

「…ばかにしてるの」

だって、ちがう、別に、初心っぽさを気取りたいとかそんなのじゃなくて。
寝てる彼に、手を伸ばしたときの、なんともいえない恥ずかしさが蘇って、しまって。
そうしたら、もう、一度意識してしまったら、恥ずかしさばかりが、募ってしまって。

彼の手の熱さ重みも、彼の長い指も、自分で書いた黒も、全部全部、恥ずかしくて。


口元を覆って俯いた僕に、よいしょと軽く安原が近づいた。

「どうして、近くに来るの…」

「どうしてでしょう」

「変なことしたら生徒会室立ち入り禁止しますよ」

「…………………………しませんて」

「あなたは嘘つきだから信頼なりません」

それなら、と安原が小指を僕の目の前に差し出した。

「指切り、しましょうか」

「うそと書かれた、指でですか」

「…じゃあ、薬指で、しましょうか」


すきと書かれた、薬指で。


「嫌」

「聞こえません」

「うそつき」

無理矢理絡ませられた薬指は、小指ほど自由が効かない。軽く絡ませることはできなくて、結局、がっちりと指の付け根から絡めることになった。


「なんだか、鎖みたいな形ですね」

「不快なことを言わないで」

「まるで、指輪の代わりみたいですね」

「どうして気持ち悪く言い直すの」

解こうすると、それを察した安原が指に力を込めて止める。

いたい。



「あなたを俺だけのものにしたいからですかね」

「僕、縛られるのは嫌いなの」


いたくする人は特に。


そう付け足してから、指に力を込めて縛り返した。





end
→あとがき


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