「オイ、直。暇だ」

「仕事の束が見えませんか、南」

僕が真面目に仕事を片付けている横でソファに寝転がる南に、小言だけを返す。

「俺は終わってる」

「僕は仕事中です」

あー?とだるそうに身体を起き上がらせた南が、僕の後ろから顔を覗かせた。
処理したばかりの一枚にざっと目を通して、ぴらっと手放す。

「これ来週の分だろ」

「………」

「ばーか、直の仕事内容くらい把握してるっつの」

いいからさっさと俺を見ろよ、と何故か偉そうに言われて、仕方なく握っていたペンを手放した。

「何ですか、南。今日は随分と甘えたがりですね」

「馬鹿言え、甘えん坊の直を可愛がってやってんだろ」

「誰の話ですか」

この学園では、その特殊性から可愛いとは不本意ながらよく言われるけれど、流石に甘えん坊といわれたことはない。

とりあえず紅茶を入れようと立ち上がった僕の頬を南の両手が包んだ。

「お化け屋敷が怖くて俺に泣きついてきたの誰だよ」

「い、いつの話をっ………!」

「中3の文化祭」

「ぅ、…」

割と最近の話だった。
しかも事実だった。

南に顔を固定されているせいで羞恥で熱くなった頬を隠せない。

おそらく真っ赤であろう頬を撫でて、南が楽しげに目を細めた。


「いじめたくなる顔すんなよ」

「してませんよ、南のS」

「そんな俺が好きだろ」

「きらいです」

「本音」

「っ…、」


言葉に詰まる。
こう聞かれて、すぐに嘘がつけないのは昔からだ。
詰まることを当たり前のように予想していた南が、返事を急かすように親指で瞼を撫でた。



「直、本音は?」

「…き、らいじゃない………」

「あ?」

「きらいじゃ、ない……」


嘘じゃ、ないもの。

恥ずかしさをおして繰り返したのに、あっさりダメ出しされる。


「本音っつってんだろ、直」

意地の悪いことばかりするくせに耳に囁かれる声は甘くて、そのせいで余計言えないのをどうせ南はわかってる。

顔をそらすのは諦めて、にやにやと笑う南を睨んだ。

「そんなの、言わなくたって、わかるでしょう…!」

「さあ?わかんねー」

「っ、」


最初から素直に言ってしまえば良かった。
こんな風に、言わせる空気を作られてしまう前に軽く流してしまえば良かったのだ。

それだって平常心とはいかないけれど、こんな状況では、余計。


(……は、ずかしい、…)



「…わからない、なんて、所詮南もその程度ですか」

「おう、その程度だ悪いな」


どうしても口には出来なくて、誤魔化すように発した代わりの言葉もさらりと返されてしまう。
逃げられない流れに顔の赤みは引きそうにない。
いつもは俺様なくせに、一番が大好きなくせに、こういう時にはあっさりと自分を下げてみせるのだからずるい。
意地が悪い。
質が悪い。



「…情けない人ですね…」

「おう」

「…鈍いにも、ほどがあります……」

「おう」

「っ、…」


何を言っても優しくしてくれそうにない、誤魔化される気も諦める気もないようだった。

むしろ僕の方が耐えられなくて俯くけれど、南は頭を撫でるだけで無理矢理顔を上げさせることも何かを言うこともしない。



ただ、ひたすら待つ。


そんな沈黙に、限界を訴えたのは、



「〜〜〜っなんで、冬哉ッ……!」




もちろん、僕の方だった。



「なぁにが、何で?」


つい泣きそうに声が震えたことさえ気に止めようとしない南は、追撃の手を緩めない。
むしろ顔を覗きこむように身を屈める。



「なーお?」

優しく優しく、

「言えよ、ほら」

命令すら甘く、

「どんなに小さい声でも聞いてやる」

僕を飲み込んでどろどろに。



「冬哉、」

全てを溶かされてしまう前に、目の前の意地悪な男に腕を伸ばす。

身体を寄せる。

意地悪な今日の彼はいつものように抱き寄せてはくれないから、僕からぎゅうと抱きついた。

南の体温に余計熱が上がって息がうまく吸えない、それでも南は聞くというから。




「………すき」




近づいた南の耳にだけ届くよう、言葉を落とした。


「足らねえ」


ようやく、南の腕が僕の身体に回る。

「それじゃご褒美はあげらんねえなあ、直…」

「だいすき…っ………」

「よろしい」

ふわ、と南の唇が瞼に触れる(何故だか南はそこに触れることが好き)。


雰囲気に当てられてか、熱を持ったままの頬に、ふむ、と南が頷いて。

「な、何してるの………」

「冷ましてる」

ぴた、と南の頬と僕の頬が触れあう。

正直幼馴染みの僕からしてもわけがわからなかった。


(冷めるわけないじゃない、南のばか)


ぱっと首を曲げて頬を離す。
それで少し熱が冷めたのに、不満気に舌打ちをされた。

子どもですか、とそう言って流れを変えてしまう前に、南のカーディガンのポケットをくい、と引っ張る。

「あ?」

「…………………」

「んだよ、直」

これは僕に言わせたいとかではなく、本当にわかっていないみたいだ。

「…流石は自分大好き……」

「オイどういう意味だ」

「理解力もないの」

「可愛くねえことばっか言ってんじゃねーよ」

「でもそんな僕が好きでしょう?」


少しだけ大きい南の手に指を絡ませる。


「ねえ、とーや?」


意地悪な幼馴染みに仕返し。

世話焼きな南は、俺様らしく相手を屈服させることが大好きだけれど、それと同じくらい甘えられるのも大好きで。

「とーやは言ってくれないの」

滅多にしない舌足らずな口調で、敬語も取り去ったこれが、実は一番好きなことくらい、知ってる。

知っているけれど、いや、知っているからこそ普段はあまりしない。

…というか、恥ずかしくて、できないのだけれど……。


今だって、さらりと言うはずだったのに、つい顔に血が上る。

自分で仕掛けておきながら南から顔を背けて、絡めた指に力を込めた。


「…偉そうに言っても素直に聞いてあげますよ」


南を真似たそれ。

…けれど、今日の南はやっぱり意地悪だった。


背けた顔を南が掴んでぐいっと向き直される。

にや、と笑った南が僕の唇を撫でて。


びく、と肩が跳ねた。
簡単な戯れだったはずなのに、南の瞳がギラ、と光る。


それは、二人っきりの夜に彼がよくするもので。


「言ったらご褒美あんのかよ?」

低く掠れた声に身体は自然と頷いた。


「直」

「…はい」

「好きだ」

「………はい」


簡潔なそれに口元が緩む。
ありがとうございます、と嬉しさを隠さずに言えば、もう一度優しく抱き締めてくれる。



「…で、直、ご褒美は?」

「………ぅー……」

す、と顔を差し出す南の肩に手をのせる。
少しだけ背伸びをして顔を近付けた。

「…っ……」

息を飲むのさえ、この距離では聞こえてしまう、南の目が細まるのが、近いせいでぼやけた視界でもわかった。

はずかしい、けれど、



(…冬哉………)


意を決して唇を触れ合わせる、



「…つって、させるかばーか」

「っ?!」


前に、南に息を奪われた。


「ん、ぅ…ッ…!」

タイミングをずらされたせいで身体が強張る。
息を吸うタイミングさえ掴めない、ただただ南に塞がれて。


「ふ、…ゃ、待っ…!」


一瞬離れて、角度を変えてもう一度。

「…!」


(…ぅ、や、した、入っ…!)


「っ…ん、ふぁ…」


(…や、はずかしい、はずかしい…!)


僅かに響く濡れた音に羞恥心が募る。
頭の後ろに手を回されているせいで、逃げられない。
今日の南はとことん意地悪だ。

「んーっ……!」

熱い舌が口内を蹂躙する。
長いキスにがく、と膝が折れたのを利用して、南が僕の身体をソファに沈めた。

「…は、直のくせに俺にキスしようとか思ってんじゃねーよ」

「は、ぁ…っ…、なに、それ…」


自分でしろと言ったくせに。

乱れた息をなんとかおさめながら、上に乗る南を見上げる。

目があった瞬間舌打ちをして、珍しく余裕のない手つきで僕の髪を掻き乱す南。


「…ったく、煽ったのてめえだからな。何されても泣くなよ」

「なにって、なにを…、」

「んなこと決まってんだろ」

目を光らせて笑った南が、しゅる、とネクタイをほどく。





「あいしてやるよ」



身体に馴染んだ南の重みをはね除けることなんて、出来るはずもなかった。






end
→あとがき


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