「さて柚弦さん、明日は何曜日でしょーっ」


柚弦の部屋のベットを占拠して、俺が転がりながら質問を出せば柚弦が読んでいた雑誌から顔を上げた。

「え、…さ、さたでー?」

突然曜日を聞き出した俺に何かあると思ったのか、せめてとひらがな英語で答えた柚弦にぴしりと身体を起こした。

「そうだぬ、さたでー、土曜日だぬ!!つまり明日は学校お休みでっすよ!」

「うんうん」

話始めた俺に、柚弦がぱたりと雑誌を閉じて目を合わせてくれる。

「ってなわけで、明日、で、…と…、でー、で、で、………でぇぇえええい!!!!」

「うおう!」


叫び出した俺に柚弦がびくうっと身体を跳ねさせて、それからあははと笑った。

「なになに、でぇえい?」

でぇいでぇいと繰り返す柚弦に、俺がついに林檎になった。

「ち、違うぅぅ!!デの次はタ行!!」

びしぃっと林檎に指差された柚弦が首を傾ける。

「データ?」

「うん、それ」

柚弦に言われるのもなんだか恥ずかしくなって、とりあえず一番最初から試す柚弦に頷けば、はてなマーク出しながらも素直に納得してくれた。



「あ、そーだ、晃希」

「ぬ?」

ぽんっと手を打つ柚弦に今度は俺がはてなマークを出せば、にぱっと柚弦が笑う。


「明日街いかね?新しい筆買いたいんだけど、一人じゃさみしーんだよね」

「いいいいいいい行くうううう!!!」

「お、やったあ」

嬉しげな笑顔に、にへえと頬が緩む。

柚弦からのお誘いだ!


柚弦と街でしょっぴんぐでー、で、でー、っで、


「でぇぇええええい!!!」


「ぅうおう!!」



明日の準備するぬ!!って叫んで自分の部屋に帰る。

いや用意っていうか寝るだけなんだけどね!!


まだ寝る時間には早いけど、このままだと全身心臓になっちゃいそうだから大人しく寝るん!


あれだよね、「待った?」「ううん、今来たとこ!」は定番だよねえ…!!



ドッキドキしながら次の日。

ぴんぽーんと、寮の部屋に取り付けられたインターホンが鳴る。がちゃりと受話器をとればもちろん相手は柚弦。



「晃希ー、準備おっけ?」

「………おー」

待ち合わせもなにも出発地点が同じだった。

力無く返せば、柚弦が焦ったような声を出した。

「あれ、ごめん、俺迎えにくんの遅かった?すっげえ待った?」

「!!!んーん、今準備出来たとこ!!!」

「おう、よかったー」

ゆゆゆゆゆ柚弦すごい…!

なんだか予期しない形で夢がかなったぬ!!

流石は運命の相手…!!

にへえっと緩んだ頬もそのままにしゅばっと扉を開ければ「おはよ」って優しい笑顔が出迎えてくれて、そのまま柚弦に抱きついた。

「おー、よしよし」

「ちゃんと起きて準備してたぬ!!」

「ん、偉い偉い」


俺の時間の適当さを知る柚弦に抱きついたまま報告すれば、わさわさと頭を撫でられて、ますます頬が緩む。

朝から柚弦パワーげっと!



にへにへしたまま柚弦と街にでる(ちなみに微笑ましいものでも見るような目で門番さんが見送ってくれた)。



私服な柚弦もかっこいい。

カジュアルっていうかなんていうか、優しい素材と優しい色に包まれた柚弦はもう全身から良い人オーラが漂ってる。

にへえ。


「じゃ、ちゃっちゃか画材見ちゃうか」

久しぶりに街で画材買えるのが嬉しいのか、綻びっぱなしの柚弦の口が零した言葉につんつんと柚弦の服を引っ張った。


「ゆっくり見てていーよう」


柚弦の買い物の邪魔したくにゃー。

ていうか、真剣に筆選ぶ柚弦がかっこいーのでっすよこれまた!!

筆になりたいぬ。



「え、なんで?」



うっかり「筆になりたい」が口に出たのかと思って、びっくりして柚弦を見れば、優しい目に、晃希くん林檎変身スイッチが押された。



「ゆっくり見てたら晃希と遊ぶ時間減るじゃん。ってかゆっくり見たいんだったら美術部連中か、一人で来るし」

「お、ぉおおお…!!」


当然のように言われた台詞に、手だけがしゅぱぱぱぱと残像を生みだす。



うん、心配してくれて嬉しいけど、顔が赤いのは別に暑いからじゃないぬ!!





「うーん…」

絵の具を幾つかカゴに入れて筆を吟味する柚弦を目で追いながら、脳内で花がぽわぽわ咲く。


画材買う方が口実だったのかあ…!

いや、多分画材買いたいのもほんとーなんだろうけど、今の柚弦の優先順位は俺なんだ。


にへ。


にへぇええ。


柚弦が大好きな絵よりも俺を見てくれて、なんていうか、



ほ、惚れる………!



いや、っていうかもう惚れてるんだけどねえ!!





「よっし、買い物終わり!晃希どこ行きたい?」

画材を買い終えてどことなく幸せオーラを漂わす柚弦ににっへにへ。

絵に柚弦取られてないもんぬ!

それよりも俺の方が上だもんぬ!


「…とりあえず写真撮影です」

ぱちりと携帯で柚弦を撮れば、ものすごい勢いで笑われた。


「こういうの普通二人でとるっしょ!」

ってか一人じゃ俺が恥ずかしい!ってはにかむ柚弦に携帯をとられて「よいしょ」て声が、え、柚弦近くない近くない何事!?



ぱちり。



「ぬ?」

「あっは、晃希顔!!」

はいって渡された携帯の画面には、画面越しでも楽しげなオーラが伝わる柚弦の笑顔と、その横のぽけっとした俺。


「お、おおお!」

柚弦とツーショット…!!

うきうきと保存すれば、ぱんっと柚弦が手を叩いた。

「服見に行こう!」






「あー、やっぱ晃希帽子似合うよなあ…」

「ぬーん」

帽子を見ては被せられて早一時間。

…いや、嬉しい、嬉しいけどあまりに見られ過ぎて林檎変身スイッチが入りそうだぬ…!


「なんつーか、…あ、この角度いい。影とか髪の見え具合とかいい。超描きたい」

「…そんな似合うー?」

顔の向きを固定したまま目だけを柚弦に向ければ、にこにこ笑う柚弦が頷いた。

「うん、すげえ似合う」


の、のぇええええ!!!


思わずばっと帽子を深く被れば、「あ、その被り方もいい」って言葉が聞こえた。


わかってるわかってるわかって、のぇええええええええ!!



柚弦はノンケだから、別になにか下心とか目的があって優しい言葉を言うわけじゃにゃー。

ほんとに、単純に友達に対して言うことだから、ほんとのこと言ってくれる。

ほんとに似合ってるって思ってくれてる。


ううう嬉しいぬ…!!!

友達以上にはなれてないんだなあって、わかっちゃうけど、けど、嬉しいのもほんとで。


こうやって密かに嬉しさ噛み締められるのも悪くないかなって、

柚弦好きになってよかったなあって、思わされてしまうのだ。

「ん、どした?その帽子気にいった?…あ、俺的にはもっと濃い色もいいと思うんだよね」

多分、美術系というか、こういった色の組み合わせとかデザインは柚弦も好きなんだろう、一時間選びっぱなしなのに全然疲れた様子がない。

「俺あんま拘りとかにゃー、柚弦が選んでくれたのにする」

「うーん、悩むなあ…。なんでも似合っちゃうんだもんなー」


すたすたといろんな店をまわり、着せ替え人形になりつつ、お昼もがっつり食べつつ、雑貨屋で遊んでネタな帽子被されつつ、結局。



「…ううう」

「ゆーづるーん?」

「似合いすぎるってのも大変なんだな…」

遠い目をしだした柚弦(そんな顔もかっこいい)に、ひらひらと手を振ればぱんっと手を合わせて謝られた。


「時間かけてごめんなー。ってか晃希一言も帽子欲しいなんて言ってないのに…」

「んーん、優柔不断な柚弦を見てるのは楽しかったぬ」

「おま、人がさり気なく気にしてることを…!!」

苦笑とともに脇腹を擽られてにへにへと笑みが浮かんだ。

「楽しかったぬー」

もう一度言えば、ほっとしたように柚弦も笑った。

「…そっか。うん、俺もめっちゃ楽しかった」

付き合ってくれてありがとな、って笑う柚弦が優しくて、なんだか暖かくなって、柚弦好きになってよかったなあってもう一回思った。


「よしじゃあ最後にプリクラとるぬ!!」

「おー」

手を上げて提案すれば柚弦も手を上げて賛成してくれた。

その腕を急かすふりして引っ張って、顔も見えないように走り出せば、柚弦の焦った声が聞こえて、真っ赤な顔が自然と緩む。



今度は柚弦が近くなってもぽけっとしない。

あと柚弦に変顔させて、俺しか知らない表情をげっとするぬ。

けど、柚弦の隣にいたら変顔なんて出来ないかもしれないなあって、いつまでもだらしないほっぺたを引っ張った。




学園に帰ると、また門番さんが笑って出迎えてくれた。

ばいばいと柚弦と別れて、ぼっすんとベットに倒れこむ。


そのままの体勢で半分顔が布団に埋もれながら、ツーショット写真と、プリクラの画像を柚弦に送る。



折角街に行ったのに、結局俺は何も買わなかった。


携帯が震えて、開けば柚弦からもプリクラの画像が送られてきていた。


「はっはー、柚弦変な顔ー」


じゃあ次変顔ね、と言えばノリノリでしてくれた柚弦と、それを見てやっぱり笑っちゃった俺。

写真フォルダには、ぽけっとした顔の俺と、楽しげに笑う柚弦。
唯一俺が送ったプリクラだけ、二人で笑ってる。
柚弦の変顔は見せたくないし、これ待ち受けにしちゃおうかなーなんて考えて。

やっぱりもったいなくなって、何もしないで携帯を閉じた。


折角街に行ったのに、結局俺は何も買わなかった。


持ち物も待ち受けも、帰ってきた今の様子も、何も変わってない。

いつもとおんなじ。


やっぱり俺は柚弦好きになってよかったなあって、それだけを思って、目を閉じる。


そして、おんなじよーに変わらない柚弦が、変わらない優しい笑顔で「夜ご飯食べに行こう」って起こしてくれるのを待って、俺はそのまま眠りについたのだった。






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