『副会長、今日の放課後って空いてますよね』

なんて、断定した文体できた安原からのメール。
ストーカーっぷりを発揮して僕の予定を知り尽くした気でいるのだろうけれど、生憎今日は違った。
生徒会で使う諸々の買い出しだ。業者に頼むまでもない、来客用のお菓子といった些細なもの。
それくらいの管理は自分たちでしてる。といっても、もっぱらその役割は僕になるわけだけれど。

さっき勝手に行くと決めただけたし、安原が知るはずもないか。


『空いてない』

簡潔にそれだけを返す。

途端、今度は電話がかかってきた。
なにこのひと気持ち悪い。


「もしもし」

『今日生徒会ないですよね。親衛隊の集まりも補講も会長との約束もないですよね。仕事もたまってないし課題ももう終わってますよね。具合が悪いんですか?そうなんですか?』

「フリでもいいから疑問系にしてもらえませんか」

大方南あたりが情報を流しているのだろうけれど、そこまで網羅しているのを見せつけられると嫌悪しかない。あ、鳥肌。


『俺には秘密で誰かに会うんですか』

「いえ、1人です」

『…1人でいやらしいことでも、』

ピッ


「あ、切っちゃった」

だって気持ち悪かったから。
何の用かは知らないけれど、大したことではなさそうだし、そのまま電源を切る。

電源が入ってないとはいえ一応携帯は取り出しやすいポケットにしまう。
うん、手帳と財布もちゃんと鞄に入ってる。

変なのに捕まる前に早く行こう。


簡単に身支度を整えて部屋を出る。ちなみに生徒会役員は寮の階も一般生徒とは異なる。
生徒会室とは流石に厳重さが違うものの、立ち入りは制限されていて、そう何人も来れる場所ではない。

けれど残念なことに安原は来れる階だった。


(やっぱり安原に立ち入りの許可なんて出さなければ良かった…)


別に今会って困るわけではないけれど、面倒臭そうだ。
彼も放課後は暇なのだろう、ついてくるとか言いそう。

街で一緒に買い物とか、仲良しみたいで嫌だ。


「あれ」

ふとエレベーターを見ると、階の表示が動いてるのがみえる。それはいいのだけれど、それは着実に一般生徒のフロアを過ぎてここに向かってる。


「……階段にしよう」

街に出てしまえば安原に会うこともないはず。
ここから一階まで行くのは多少骨が折れるけれど背に腹は変えられない。

身を翻して階段に繋がるドアを開ける。

ーーー前に、がちゃんと外側から鍵が開けられる音がした。

「!」

ばっとエレベーターを振り向くと、チンと音を鳴らして開いたドアの向こうには誰もいない。


(嵌められた)


状況を理解した瞬間、身体に腕が回った。

「つかまえた…」

「やめて離してストーカー」

しかも相当急いで来たのか息が荒い。
エレベーターとほぼ同じ速度でここまでかけ上って来たのか。


「その行動力を別のとこで発揮してもらえます…?」

「…これ以上ない、発揮しどころ、でしょう……」

未だに息が整わない安原の呼吸音が耳元で響いて不快なことこの上ない。
離してといったにも関わらずくっついたままの安原の心臓がかつてないほど速いスピードで動いてる。


「あの…大丈夫ですか」

「はは…、まあ無事…副会長…会えたので……元気100倍です…」

「そんなへろへろになりながら言われても。というか離して重い暑いうるさい」

「またまた…、素直じゃなゴホッ!」

「…水、持ってきますね」

世話の焼けるひとだ。むせ続ける安原の背中を2、3回さすってから、水を取りに部屋戻る。



「はい」

「ありがとうございます」

大分落ち着いた安原にコップにくんだ水を手渡すと飲まずにコップを観察する過程が挟まれた。
咳き込んだのだから喉が乾いたはずなのに。というかせっかく僕が持ってきたのに。

「…これ、あなたが使ってるコップですか」

「………そうですけれど何か」

何でそこを確認する余裕はあるのだろう、ほっといてさっさと街に行けば良かった。

「いいですいいです、そのコップあげます。では、僕は用事あるので」

「何の用事ですか」

すかさず腕を捕まれて、歩みを止められる。いいから早く水でも飲んでいてほしい。

「1人でできる用事」

「俺も行きたいです」

「必要ない」

「行ったら迷惑になりますか」

「ならないけれどいらない」

「一緒にいたいです」

「僕は嫌」

問答が続いたところで、何故か安原が小さい子でも相手をするかのようにため息をついて、僕に目線を合わせた。絶対何かおかしい。

「よく考えて下さいね、俺は今水を持っててですね、副会長は逃げられない状況なわけです」

「それで」

「髪の毛と服、濡れたら困るんじゃないですかね」

つまりは水ぶっかけますよという脅しだった。






「二人で街に行けるなんて嬉しいです」

「……」

「デートみたいですね」

「……」

「いい日だなあ」

わざとらしく掛けられる声を無視してひたすら外出手続きを済ませていると、甘えるように安原の手が背中を滑る。気持ち悪い。

「……仕方ないから一緒に歩くのは我慢してあげるけれど、必要以上に馴れ馴れしくしないで」

「折角街に来たんですし仲良くしましょうよ」

「……」

「ね?」

念押しされて仕方なく頷く。来ちゃったものは仕方がない、荷物持ちでもなんでも有効活用させてもらおう。

ため息をつくとそれを了承と受け取ったのか、安原がうきうきとしたオーラを隠さずに珍しく上機嫌だ。

…別に、そこまで嫌だったわけではないけれど、ひとに振り回されるのはすきじゃない。強引な事の運びにはいくらか腹が立っている。

「…覚悟しててくださいね」

絶対後悔させる。



街まではバスが通っている。
広大な学園にするために山を切り開いてるから、辺鄙な位置にあるのが難点だけれど、その隔離された環境も相まってか、令嬢子息が集まるこの学園の噂は広く流れている。

だからか、制服のまま乗り込むと、ざわ、と一気に視線が向けられた。

慣れっこなのか僕しか見てないのか、全く気にかけない安原に内心図々しいなあと思いながら、隣同士に座る。

「見られてますね」

「あ、気付いてたの」

「そりゃ、あなたに向けられる視線には敏感ですからね」

「ふうん」

「…照れないんですか」

「慣れてる。それに自覚してるもの」

にこ、と対外用の笑みを浮かべると、視界の端で焦ったように顔を背けるひと達の姿が映る。

「…こんなところで、人を誘うようなことをしないで下さい」

随分と常識的なことを言う。
この点に関しては、南に影響を受けている僕より安原の方がまともだろうか。

それなら、やりやすい。


隣に並んだ彼の手にそっと触れる。

「!」

途端、びくっと安原の肩が跳ねた。

周りから見えないように、手を二人の身体の間に埋めるようにしながら、ふわりと握る。

「…どうしたんです」

顔は無表情を保っているものの、じわあ、と握った手が熱くなったのがわかる。

「触りたくなっただけ」

甘えるように少し身体を寄せて、ふにふにと手を弄っていれば、手に汗が滲み始める。構わずにさわり続けると、耐えきれないように腕が引かれたけれど、もちろん離してあげるわけもない。


「ふ、く会長、」

「なんで?名前で呼んでくれないの」

体格差を利用して、わざと上目で見上げると、先程の周りの乗客のように勢いよく顔が逸らされた。

「ねえ安原、名前で呼んで」

「……っ…」

はー、と大きく深呼吸してから安原がこっちを振り向いた。あ、顔の赤みが引いてる。つまらない。

「直」

「ん」

「…直?」

「ふふ、なあに」

呼ばれた名前に素直に答えると、再び赤くなったのが見てとれた。ただ、そろそろ僕の魂胆がわかってきたのか、「なら」と安原が口を開く。

「俺のことも名前で呼んでくださいよ」

「え」

一度瞬いてからじぃ、と安原を見つめる。それから焦った風に握っていた手を勢いよく放して、俯いた上に視線をさ迷わせた。


「…恥ずかしいから、やだ……」

「ぅ…!!」

ついでにか弱く呟いてやれば、安原が身悶えた。


「ばかなひと」

「………次、降りましょう」

「そうですね、そうしたら二人っきりでいれる時間増えますね、ふふ、うれしい」

「ふたッ!!!」

大声を上げた安原の肩を叩く。ただでさえ注目を浴びているのに、余計に目立ちたくはない。


「バスの中で騒ぐのはやめて」

「原因はあなたですけどね…」

「文句があるなら降りれば」

「一緒に?」

「…一緒がいいの?」

普段はね除ける会話を続けると、予想外だったのか、タイミング遅れて安原が反応した。

「い、一緒がいいって言ったら?」

「あなたの言う通りにする」

「………」

「あなたの言うことなら何でも聞く」

「………」

「すきにしてくれていいですよ」

「…………遊びだと、わかっていても、興奮で泣きそうです」

「そこ感動とか言えないのがあなたの欠点ですよね」

ふらふらと広い背中を丸めて安原が僕から顔を隠す。はああああ、と深呼吸してるのが背中の動きでわかった。

傍目から見るとバスに酔ったひと、だろうか。
んん、と考え込みながら視線を周囲に向けると、いまだ何人かと目が合った。
けれど別に怪しまれているわけでもなく、単純に見られているだけだ。

これなら大丈夫か。

別にもう怒ってもないけれど、たのしいはたのしいし。

そう納得してそっと背中に手を乗せる。予想以上に身体が熱い。

そのまま背中をさすると、さらに安原の頭が下がった。
合わせて頭を下げる。

「大丈夫?」

耳元で囁くと、ついに首もとまで赤くなったのが見てとれた。

ついでになんか震えている。

「安原?」

「…直、本気で、無理矢理されたくないなら、離れてください、」

「無理矢理できるの、この状況で」

「…………」

「安原」

「………」

「…安原?」

「………」


ついに無反応。
流石にやりすぎただろうか。

でも、安原だっていつも力づくだし、少しは痛い目みてもらわないと。

手を離して、身体を安原とは逆の窓側に預けると、安原がようやくのろのろと身体を起こした。

「…はー………」

大分意気消沈してるようだ。



ちら、と視界を掠めた安原の手のひら。微かに赤いのは、


(…爪食い込ませてまで耐えるほど興奮させた覚えはないのだけれど)


変態は流石興奮の沸点も低いなあと思いつつ。



街についたら今度は何をしよう。



end

計画的デレ


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