「さあてめーら、準備はいいか!」

しん、と静まった講堂。その中で自信に満ちた笑みで声を張り上げるのは、この学園の生徒会長。

「おい、返事がねぇぞ!最後なんだ、頼むぞ!てめーら、準備はいいか!!」

声がないのは誰もそんな余裕がないからだ。
ひっく、と嗚咽をあげて泣く生徒たちに、会長の顔に苦笑が浮かぶ。それはとても優しげなもので、その表情を見たものは、余計頬を濡らした。

「なんつー顔してんだ、お前らは。揃いも揃って、めそめそしてんじゃねーぞ、まだ説教が足りねえか!!」

そう声を張り上げると。

「俺が最後にここから見てぇものが、泣き顔だと思ってんのかよ。頼むぞ、なあ」

一転した優しい声でそんなことを言う。

ぐ、っと親衛隊長は唇を噛んだ。そうでなければ、両の目から涙が零れてしまう。金色に輝くあの人が、滲んでしまう。
ああ、けれど。この、声を。絶対的なこの声を自分たちはもうこうして聞けはしないのだ。

「もう一度聞くぞ!準備はいいか!!」

「―――は、いっ…!」

涙を堪えて絞り出した声は、それでも情けなく震えていた。

に、と笑った会長が隊長を見る。

「声が小さぇ」

「はいっ!」

もう一度張り上げた返事は一人ではなかった。横にたつ、相方。一年同じ人を見上げてきた副隊長だ。可愛くて、弱々しい副隊長が、一途に会長を見上げて、隊長より大きな声で。

いつか、届いたら。
自分は引っ込み思案で自信がなくて。だから、あの人のようになりたいんです。

この声が、いつかあの人に、届けられるようにって。

そう小さな声で語っていた副隊長は、涙に濡れた目を隠すことなく、顔を上げて会長を見つめている。

ああ、変わった。僕らは、あなたのおかげで。一年前、あなたが引っ張ってくれるまでの僕らとは、こんなにも違う。

「おお。良い返事だ。親衛隊隊長、副隊長。一年間よくやってくれた」

助かった。


一言、ただそれだけでどれだけ心が満たされることか。


「〜〜〜っはい…!!」


「おい、俺の学園の生徒は二人だけか?足りねえぞ!!」

生徒を見渡して、流れるように指を指す。

「そっちのお前ら!俺の声が聞こえるか!!」

「…はい…っ!」

「そっちはどうだ!」

「はいっ…!」

「そっちは!!」

「はい!」

段々大きくなる返事。鼻をすする音も嗚咽もさっきより響くけれど、みんなが応えた。

「よし、てめーら!準備はいいか!!」

「おーーーッ………!!!」

それは精一杯の叫びだった。
泣きすぎて声なんて出なくて、息も吸えなくて。でもあの人の声に応えて、全員が声を張り上げた。見た目可愛らしい生徒も、普段寡黙な生徒でさえも。



まるで、ライブやんなぁ………。

そんな彼らを舞台袖で見ながら、会計は目を細めた。

「あほとちゃうか、これなんやと思ってんねん、ただの集会やぞ」

そう、生徒会解散を告げる、自分たちの最後仕事だ。

「またそんなひねくれたことを言って。涙浮かんでますよ」

「あーほ、これはあれや…汗やもん」

上を見上げ始めた会計に、副会長はくすくすと控えめに笑っていたけれど、ふと生徒を眺めて何かに気付いたように、各方面への連絡係を務める双子を呼んだ。

「辰、龍、照明に伝言を、」

「必要ない」

それを普段通りの少ない言葉で止めたのは、微かに口を綻ばせた書記だった。

「指示、…した」

背後に仲良くピースをする双子を従えて書記が長い指をゆるりと回すと同時に、ふっと舞台のライトの照りつけが緩まる。

「ん?何しとんの?」

首を傾げた会計に、舞台袖から生徒を優しく見つめながら副会長が言う。

「舞台を照らす光が強すぎちゃって、生徒の顔が全然見えないんです。でも、最後は」

最後は、見たいじゃないですか?

同意を求めるような台詞に会計はふうん、と顔を反らして返事を誤魔化した。

「ほーんま、真面目ちゃんやなあ…」

「ふふ、まーたそんなこと」

柔らかく笑う副会長をちらりと横目で見て、息を吐きながらしゃがみこんだ会計は、壇上の会長にべ、と舌を出した。

「ま、あれやろ、アイツはどーせ、『俺様はライトなんてなくたって輝いてるぜ』って思ってんやろ、あー腹立つ」

「相変わらず、標準語が下手ですね」

「ツッコむとこはそこかい」

数歩先では会長が真剣に語っているというのに、場違いなほど穏やかな会話をする二人。つい笑い声が大きくなってしまいそうになるのを咎めるように、書記が「しーっ」と口元に指を当てながら割り込んでいく。

最終的に3人で肩を震わせるその後ろ姿を眺めながら、会計が言ったこともあながち間違いではないよなあ、と双子は思う。

生徒会を続投するのは2年の自分たちだけだ。
3年の彼らは、正式に引退。これが本当に、本当の最後。


あーあ、あんなふざけてる人たちなのに、なんでかねえ。
目おかしくなったんじゃない、ライトに照らされすぎて。

そんなことを思いながら、暗い舞台袖で会長やら生徒にコメントをしていく彼らを、双子は眩しげに見つめていた。

その表情を、もちろん3人とも見ることはない、けれど。
そうであってほしいと、彼らが脳裏に浮かべた表情とそれは不思議と一致していた。

それはそうだ、だって、去年の彼らもそうだったのだ。
個性の強い彼らを、ひとり引っ張り続けた、前会長。
その先輩の背中を、いつかは越えてやると。
それぞれ思って、目に焼き付けていたのだから。


同じく個性的な双子は今、どんな顔をしているのだろう、振り向くことは決してしないけれど、ふざけた口調で会計は後ろに手を振った。

「まあ、君たちもオレみたいな素敵な先輩になれるよう、頑張りや〜」

「うるさいチャラ男」

「更正しろチャラ男」

「うぅわ、可愛くあらへんー」

そう憎まれ口を叩きながら、それでも双子が何度も頷いていたことは、おそらくあまり語ることをしない書記だけが感付いていた。

同級生がいないなか、萎縮することなく仕事をともにしてきた双子だ。自分たちが抜けても、上手くやってくれるだろう。

だからこうして自分たちは、最後まで好き勝手して笑ってられる。



「じゃあ、よく聞けよ。俺ら生徒会最後の舞台上挨拶だ」

場を盛り上げ続けていた会長が、舞台袖で笑う全員を呼んだ。

全校生徒を引っ張っていた彼の、少しだけ面倒臭そうに、照れ臭そうに、マイクを外して「オラ、はよ来い」と顎をしゃくるその仕草が、意外にも年相応で、「最後くらいはしっかり」と副会長に背中を押された会計は早速会長を指差して笑いながら舞台に出ることになった。


「ああもう、なんや、みんなしてブサイクな顔で泣いてー。別に生徒会解散するだけで、あと半年は学校におるねんでー?」

卒業式とちゃうわー!!と叫んで会計が挨拶を終えた時点で、ああもう真面目さ皆無だな、と双子は顔を見合わせて笑った。

きっとその方が、性にあっているのだ、僕らは。

唯一真面目な副会長が、「1、2年生。僕たちは君たちにとって、素敵な先輩であれたでしょうか」と静かに語ったけれど、それこそ「卒業式とちゃうわ!!」とツッコみを受け、くすくすと笑っていた。

「もう副会長が卒業式答辞やったらええやん?」

「最後の最後に下剋上ですか、いいですね」

「させるかよ」

「…じゃあ…、…俺、が…」

「無理だよ先輩、お偉いさん挨拶の時点で眠気ピークなのに」

「みんな寝ちゃうよ先輩」

もう、挨拶というより普段の会話だ。ひたすら下らないことばかりを話し続け、放送部員から「時間、時間!」と合図を受けてようやく、真面目な顔になった。


「うし、じゃあ締めんぞ」

ぷらぷらと腕を振ると、会長は右手をほいっと出す。
それに合わせて全員が円を描くように集まり、手をその上に重ねていった。


「高等部第24代生徒会」


静かな空間に凛と通る声。
そこで、少しだけ間を空けて。


「解散!」


「オー!!」


楽しげにそう応えた彼らは、ぱっと二手に別れて、舞台袖へと駆けていく。
あれだけ散々のんびり会話をしていたというのに、何の余韻も残さずに舞台を後にする彼ら。

それがまた、らしいなあと、隊長は笑った。
そして。

パチパチパチ、と誰もいない舞台に拍手を送る。

そこに、副隊長が加わって。

小さな手から生まれたその音は段々厚みを増し、舞台裏に立つ彼らを包むまでになった。

生徒全員の拍手を一身に受けながら、裏で合流した彼らは、「お疲れ様でした」と笑い合い。



「で、答辞の件ですけど」

「だからさせねぇっつってんだろ」

「副会長が読んだら会長感極まって泣いてまうもんな」

「ぁあ!?」

「…やる…俺……」

「いやここはオレやろ」

「や、ちょっと論外だよ先輩」

「つか卒業出来るの先輩」

「なんやとコラ」



そうしてやっぱり笑いあった。



end



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