小説 | ナノ

彼が忙しいのはしょうがないことなのだ。
その言葉をいったい何度自分に言い聞かせてきたのだろう。
彼のすまなさそうな顔を見るたびに、がっかりする自分を押さえこんで笑顔を作ってきた。
ごめん、と謝る彼に、いいよ、と笑うわたし。
野球とわたし、どっちが大事なの?なんて馬鹿な質問はしない。
彼がどちらも同じくらい大事にしていること、してくれていることをちゃんとわかっている。
ただときどき、ほんの少しでいいからわたしを優先してほしいなんて欲が出る。ちゃんとわかってるはずなのに、我慢できないときがある。

「次のデート、いつできるかな」
「んー…ちょっと、わかんねぇ」
「そっかぁ」

がっかりした声を出すと、孝介はすまなさそうな、困ったような顔をして「ごめん」という。ううん、と首を振ってへにゃりと笑う。

「今は忙しいもんね。しょうがないか」
「あぁ」

こつん、と孝介の胸板に頭を寄せる。そうすると、孝介の腕がわたしの背に回り、抱きしめられる恰好になった。
どくん、どくんと静かに拍を打つ孝介の心音に耳を傾ける。こうやって、二人きりで一緒にいられるのが珍しいくらいなのだ。
これ以上を望むのは高望み、というものなんだろう。

「甲子園が終わったら、海へ行くか」
「うみ?」
「あぁ、去年行きたいって言ってただろ?」
「行ってくれるの?」
「甲子園が終われば、一日くらい休みもらえるだろ」
「ほんとう?」
「たぶん」
「じゃあ、約束ね」

そう言って、小指を絡めて笑うと、孝介も安心したような顔して笑う。だけど。夏になればきっと、やっぱり彼がごめんと、言ってわたしがいいよ、というのだろう。まるで去年と同じような光景が簡単に想像できてしまって苦笑い。それでも、こうやって彼がわたしを想って約束してくれているのがわかるから少しだけ気がまぎれるのだ。約束があれば、我慢できる。
目を閉じて、砂浜をかける孝介とわたしを思い描く。じりじりと照りつける太陽に、波打つ青い海と潮のにおいのする風。それを想像して、微笑んだ。
いくつもの果たされなかった約束。どうか、次こそは叶いますように。


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