小説 | ナノ

時々、自分はなんて醜いんだろうと思わされるときがある。もしくは、ふだん必死に繕って誤魔化している自分の嫌な部分に気付かされる、というほうが正しいのかもしれない。

「このCDどうしたの?」
「クラスのやつに借りた」
「へー」

手にしたCDには、わたしのよく知らないアーティスト名。泉がこのアーティストを好きだなんて初めて知った。

「泉、このアーティストが好きだったんだ」
「最近な。絶対ハマるからって言われてさ、借りたらほんとにハマっちまった」
「ふーん」

もやもやと、黒い何かが胸に広がる気がした。べつに、泉が誰と仲良くしようとわたしには関係ない。誰かが、わたしの知らない泉を知っていたとしても不思議ではないのに、ひどく不快な気分になる。こういう嫌な感情は、わたし自身をダメにするからあまり考えたくない。なのに、感情のコントロールがきかない。彼女っていう立場を利用して泉の交友関係を否定したり、制限したり、そういうことはしたくない。そう思うのに、気づけばそう言ってしまいそうになる。
こんな些細なことに嫉妬して、拗ねる自分に苛々する。

「またなんか、難しいこと考えてね?」
「考えてないよ」
「嘘だ。そうやって唇噛むの、何かあるときのお前の癖だろ」

そう指摘されて、初めて自分が唇を噛んでいることに気付いた。

「なんか言いたいことあるんだろ」
「べつに……」
「意地なんかはってねーで素直に言えよ」

呆れたような顔をした泉。あぁほら、また失敗。そういう顔させたくないのに、いつもうまくかわすことができない。

「わたし、泉の好みってあんまりわかんないなーって」
「まぁ趣味違うしな」
「けど、そのCD貸した人はわたしより泉のこと知ってるみたいだし」
「そりゃ、たまたまだろ」
「偶々でも、ずるい」

偶々でもなんでも、気に入らないのは気に入らない。だって、わたしが泉のこと一番知っておきたいのに、そうじゃない。わたしより泉のことに詳しい人がいるなんてイヤ。こう思うのってダメなことなの?色恋に侵されたわたしの脳では正しい判断がつかない。

「それってやきもち?」
「……ちがう」

少し口角を持ち上げて聞いてくる泉に首を振る。
この気持ちがやきもちなんて可愛らしいものだなんてとんでもない。もっと黒くて汚くて醜いもの。欲張りでめんどくさいもの。恋というきらきらしてるものに形容できない、黒くて歪で、不安定さ。

「また噛んでる」

そう言って、少し硬い指がわたしの唇に触れた。

「お前ってさ、意地っ張りだし俺が思いもしないことまで考え込んで勝手に拗ねて落ち込むよな。そういう卑屈なところも全部引っくるめてお前なんだから、否定するつもりはないけど、もう少し俺を頼れよな。俺はお前の彼氏だろ。悩んでるならまず俺に話せよ」
「……うん」

拗ねたような呆れたような、だけどひどく優しい声が耳朶に落ち、ゆっくりとわたしの中で反芻される。
そうして、黒くてどろどろしたものはだんだんと溶けてゆき、残ったのは甘やかであたたかいもの。きっとこれが恋とか愛とかそういう穏やかできらきらしたものなのかもしれない、なんて。


なぞられたそれは甘い疼きへと変わる




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