チスターチェアへようこそ!7
2013/07/01 22:01

何かに目覚めた彼女ちゃん

「お待たせしました、どうぞ」

徐庶がカウンター席の李典さんにことり、とランチプレートを差し出した。

今日のランチは冷製ジェノベーゼソースのカッペリーニ。

爽やか涼しげな緑と食欲を刺激するバジルの香りが思わず美味しい破顔を誘う。

「わお!本当オシャレなもの作るよねぇ、これは普通にこのお店をイタリアンにリニューアルオープン出来る予感がするよ店長さん」

「ええと…買いかぶりですよ」

困ったように苦笑する徐庶に、李典さんは「またまたぁ〜」といつもの彼らしくひらひら手を振ってみせた。

「そしたら尚香ちゃんと盛大にステマしてあげるから」

「え…遠慮しときます」

もりもり勢いよくパスタを食べながら、サイフォンをいじる徐庶に李典は相変わらず煩く話を振る。

「店長さん中華はどうよ?俺こう見えて中華料理大好きなのよ」

こう見えて、なんて言うが。

李典さんはよく分からないものが入った胡散臭い激辛ラーメンを啜る姿がよく似合う…と、言葉にこそ出さないが徐庶は反射的に中華な李典さんを連想してしまった。

「まあ…作れないことはないですけど…簡単なものしか…」

「良いって良いって、あ、じゃ今度来たときは炒飯とニラレバとからあげの中華ランチね」

「なんて横暴」

「みんな簡単じゃんよ〜、別にフカヒレと北京ダックなんて言ってないって俺」

「そうですけど…いや、例えが極端すぎますって」

一応考えておきますけど、と人の良い徐庶は断りきれないまま、ふわふわのスチームミルクを載せた挽きたてカプチーノを差し出した。

それ以来、「チスターチェア」には常連さん専用の裏メニューが出来たわけだが、それはまた別の話。



「…ところで店長さん」

「はい?」

李典さんが思い出したようにキッチンの片隅を指差した。

「子元ちゃんはいつにも増して静かでどうしちゃったのよ」

「あ…ああ、ええと」

指摘された先では彼女が壁に向かって身を屈め、いつも以上に口を噤んで黙々と何かに打ち込んでいる。

「ウェイトレス業はお休み?」

「はい…ちょっとね」

苦笑いして頷きながら、徐庶は何気なく子元、と彼女の名を呼んだ。

小動物じみた動作でぴくんと反応した彼女は、しばらくおずおずしていたが、やがて危なっかしく何かを載せた大皿を両手で持ち上げる。

「上手くできたじゃないか、えらいよ子元」

大皿を受け取った徐庶はカウンターに誂えられた小さなガラスケースにするりと皿を滑り込ませた。

瞬間、目の前に現れた鮮やかな色彩に李典さんは外国ドラマみたいなオーバーリアクションで身を乗り出す。

誕生日を思わせる大きな丸いホールのスポンジ台はムラなく均一に生クリームが塗られている。

ふんわり湾曲した白い生クリームに囲まれて、濃厚な黄色や赤…ぱっと見る限りパイナップル、マンゴー、サクランボと豪華な夏のオールスター…がつやつやシロップをまとって輝いていた。

見ているだけで、口の中に甘酸っぱい風味が蘇ってきそうな色合いだ。

「これはまさか子元ちゃん手作りケーキ!?」

李典さんのやかましい声が苦手なのか、彼女は徐庶の背後に隠れながら小さく首を縦に振った。

「会長さんに沖縄土産でマンゴーを沢山頂いたんですが、子元がこれでケーキを作ってみたいと言うもので…まあスポンジは俺が焼いたんですけど」

背中にしがみつく彼女を視線で示しながら、徐庶はふにゃっと破顔する。

まるで娘にデレデレなお父さんもしくは妹にデレデレなお兄ちゃん状態だ。

「良ければ味見してみて下さい、いいかな子元?」

問いかけに、彼女は少し恥ずかしげに、こくんと頷いてみせる。

ほんのり桜色の頬がまたか弱さを増幅させて実に可愛らしい。

「え、そんな顔されたら食べないわけには行かない…!いいよいいよー来てちょうだいよ!スイーツは別腹って俺!!」

じゃきん、とフォークを構えて李典さんは徐庶に挑発じみた手招きをして見せた。

「シェフの旦那にパティシエの幼妻…うらやましいねえ」

「いや、だからそういうのじゃ…」

数日後、「チスターチェア」のドア前に"日替わりケーキはじめました"のポスターが貼られることになるのだが、それにまつわる騒動もまた別の話。


なんとなく李典はメイドインチャイナなパチモンiPh○neを持ってそうな偏見ww



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