チスターチェアへようこそ!3
2013/06/08 17:58
よく食べる方の常連さん
田舎のカフェ「チスターチェア」には、「隣駅の名前にもなっている大学」の学生がよく訪れる。
電車が一時間に一本しかないような地域ゆえ自動車普及率が高く、学生達も例に漏れずバイクなり自動車なり自前の交通手段を持っている者が大半だった。
だから、昼休みや空いた時限には車で時間潰しに出かける人も多い。
それに飲食店自体の絶対数も少ないから、このカフェはなかなかに重宝されていた。
「こんにちは二人とも。ええと…今日はどうする?」
「うーん…悩むー」
二人掛けのテーブル席に座るのは女子大生二人組。
無造作なセミロングの茶髪でどこかぼんやりした雰囲気の一人と、腰まである艶やかな黒髪とぱっちりした瞳の印象的な一人。
ぼんやりさんが関興さんで、ぱっちりちゃんは銀屏さんと言う。
二人は姉妹にして、チスターチェアの常連さんだ。
見るからに知的で大人しい関興さんが静かなカフェを求めてやってきたのが初めなのだが、同じ大学に進学した妹の銀屏さんを連れてきてからは明るい彼女の方が徐庶と打ち解けている風すらある。
今も注文を取りにテーブルまでやって来た徐庶に屈託なく笑いかけているのは妹の銀屏さんだった。
シックなダークブラウンのバッグから本屋で貰える紙のカバーが付けられた文庫本を取り出しながら、関興さんは淡々といつも通りに「フレンチトーストとハーブティー」とだけ告げる。
口数が少なく表情も薄いのはどことなく今は姿が見えない彼女にも似ていた。
「解った、ソースは何にする?」
「…どうしよう…たまにはキウイ以外にしてみたい…銀屏…何がいいと思う…」
「こないだ頼んだチョコソース美味しかったよ〜」
…しかし、こうして普通に言葉で会話が成立している辺り、彼女よりだいぶ社交的なようにも見える。
「わかった。店長さん、ブルーベリーで」
「え、お姉ちゃん…」
「はは…かしこまりました」
…とはいえこんな風に他人を気にせず我が道をいく部分は、彼女以上に尖っているような風もあるが。
「銀屏さんは?」
「ううん…」
彼女がメニューを書いた卓上イーゼルをまじまじ見つめながら、銀屏さんは頬杖をついている。
一分ほどの沈黙のあと。
「……ランチ両方食べる」
「はいはい」
華奢な体躯に似合わず、銀屏さんはよく食べる常連さんだった。
「ねー店長さん」
静かに読書を始めた姉を後目に、銀屏さんは徐庶の後をついて空いたカウンター席からキッチンを覗き込む。
「今日はあの子いないの?女の子」
「子元のことかな」
うんうん、と興味津々に頷く銀屏さんに、徐庶はティーセットを用意しながら少しばかり言葉を選んで口を開いた。
「ええと…おつかいを頼んでてね」
朝摘みハーブをたっぷりガラス製ポットに入れてお湯を注げば、リーフがくるくる回るほどに淡いグリーンの色が広がった。
持ってくよ!と気の利く銀屏さんがティーセットの一式を受け取ると、湯気と一緒にレモングラスの爽やかな香気が鼻先をくすぐった。
「いないと寂しいね…店長さんだけだと華がないって言うか」
「うん…事実だから反論できないけど面と向かって言って欲しくはなかったかなあ」
天真爛漫と言う名の容赦ない言葉の刃に徐庶は笑うしかない。
「でも店長さんは華がないぶん料理上手だし!」
フォローになってないフォローを付け加えつつカウンターに手を突いて身を乗り出すと、フライパンの上でフレンチトーストが良い音を立てているのが見えた。
風味付けのバニラエッセンスと焦がしバターが食欲を刺激する。
隣のフライパンでは多めの油に浸かってミラノ風カツレツがしゅわしゅわとパルメザンチーズ入りの衣を弾けさせていた。
「よく同時進行できますよね…一度にいくつも料理すると大体どっちか忘れちゃうもの。お肉焼いてるうちに味噌汁吹きこぼしちゃったりして」
「まあ…慣れだよねやっぱり」
二つのフライパンを見守りながら、野菜とミートソースドリアの器をオーブンに入れる。
「店長さんって元シェフとか?イタリアの有名店で修行してそうな顔だけど」
「まさかぁ、若い頃チェーンのパスタ屋でバイトしてたくらいだよ」
「若いって…店長さん何歳?」
「三十路」
「えええ!もうちょっと下で…二十代後半くらいだと思ってました」
「そうかな、ありがとう」
銀屏さんはちょっとあからさまな声を上げた。
若く見られて上機嫌そうな徐庶がトングで裏返したカツレツはそれはそれは美味しそうな狐色に揚がっている。
暫く徐庶を見つめた銀屏さんは深刻な表情でぽつりとこぼす。
「え…でもそれで独身とかやばくないですか」
ガタッ
「あああ危ないなあフライパンひっくり返るかと思ったよハハハ!」
…………
たぶん35はまだいってないw
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