チスターチェアへようこそ!2
2013/06/03 23:02

うるさい方の常連さん


「…でさ、そのへんで俺は嫌な予感がしたわけよぅ、これはややこしいことになるぞ俺、って」

カウンター席でパスタをくるくる巻き付けながら、天パが気になる陽気な声がノンストップに続いている。

「なんとか説得しようと思ったけどさ、尚香ちゃん頑固じゃない、一度決めたらまぁ譲らないわけよ」

「それで結局、君が折れたと」

大きな一口を飲み込んで、陽気なお客はキッチンで向かい合う徐庶の相槌に大きく頷いた。

「そうそう!」

シンプルな銀色フォークで素揚げした茄子をつつき、陽気なお客は更に続ける。

「企画会議はいっつもそうだからさぁ…尚香ちゃんのあの元気は一体何処からくるんだか…疲れるというかもう女性恐怖症になりそ」

んー、と口を尖らせる背後。

皿を片付けていた彼女が来客に気付き音もなく頭を下げる姿に気付いた徐庶は、その客を見るなり動かしていた手を止めた。

「ええと…李典さんちょっと」

引き気味な制止も気に留められることはなく。

背後の気配に気付かない陽気な李典さんはもう一度パスタをくるくる巻きながら皮肉っぽく嘆息した。

「それに俺は何となくピピッときてるね、あの性格じゃ男は寄り付かな……」


「誰に男が寄り付かないのかしらっ!!」


「うわわわ!!」

李典さんの耳元に甲高い声が思いっきり炸裂した。

超音波クラスのハイトーンに徐庶も堪らず肩を竦める。

重ねたお皿を危なっかしく運ぶ彼女だけが無反応で、店中にしばらく痺れたような余韻が残った。

「もう、失礼ね」

「こ…これは予想できなかった…」

一撃で愚痴っぽい李典を下したのは、ビタミンカラーのキャミソールがよく似合うボーイッシュな少女だった。

「どうも、尚香さん」

「こんにちは店長さん」

元気な尚香さんもまた常連さんらしく、簡単な会釈と共に李典さんの隣に座って「いつもの」と手慣れたように徐庶に注文を告げる。

「また愚痴ってたんでしょ、何て言ってたの?」

「そんな愚痴な訳ないでしょ、尚香ちゃんは我が社のアイドルと手放しの大絶賛ですよ」

「嘘ばっかり…ねぇ店長さん正直に自白して」

「ええと、俺まで巻き込みますか」

グラスに出された水を呷ると、尚香さんは横目にじとりと李典さんと徐庶を睥睨する。

ちなみにこの二人はローカル局のプロデューサーと人気パーソナリティだ。

地元の美味しいお店発掘特集でチスターチェアを訪れて以来、プライベートでも常連さんになっていた。

会話を仕事にする職業だけあって二人の話はとにかく長い。

押しに弱い徐庶は相槌でついていくのが精一杯だ。(ちなみに彼の身の上を一番根掘り葉掘り聞いたのも二人である)

数分の口喧嘩をBGMに、出されたのは尚香さん用にサラダ多めトースト抜きのメインディッシュランチ。

なんでも尚香さんは現在炭水化物抜きダイエット中らしい。

それでもローズマリーが香るグリルチキンにはほわっと頬を緩ませる。

いただきます!とさっきの不機嫌を放り投げた笑顔でフォークを手にした尚香さんに、李典さんは顔を逸らしてほっと溜息をついた。


「…あ」

斜め左を向いた李典さんは、ふと視界にカプチーノのスチームミルクを泡立てる異様に静かな彼女を目に留める。

急かしているように見えたのか、彼女は少し慌てて李典さんの前にカプチーノのカップを運んできた。

「そういえば気になってたんだけど、店長さんと妹さんって似てないよねぇ」

会釈しつつアンティーク柄のコーヒーカップに口を付けて訊ねると、徐庶は意外そうに瞠目する。

「……え、妹じゃないですよ」

「……て事は…店長さん顔に似合わずやることやって…でもこれは俺の勘が正しければ店長さんこうみえてロリコry」

「違いますって!」

「何だったかしら、キャベツ畑で拾った…だっけ?」

すかさず尚香さんが、以前彼女について徐庶が誤魔化した言い訳を引っ張り出して、悪戯っぽくにやにや笑った。

「まあ、そんなところで」

「気になるわよね…ミステリアス子元ちゃん」

はぐらかす徐庶と、キャベツ畑出身らしい彼女を、尚香さんは上目遣いに凝視する。

ちょっと困ったような彼女は、キッチンに逃げ込んで徐庶の背中に隠れてしまった。

こっそり様子を窺うように顔を覗かせる小動物じみた仕草に、李典さんは分かりやすくデレデレしている。

「いやぁでも可愛いからそれだけでも…」

「なんか私と扱いが違うんだけど…?」

「まさかぁ何をおっしゃいますやら」

再び始まった弁舌の立つ口喧嘩に徐庶は辟易の苦笑をこぼした。

(ああ…また始まった)

このうるさい常連さん達は今日も変わらず元気なようです。


…………
李典はカフェにいる!
オリコスの雰囲気はバーにも居そうなんですがね



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