ふぉるくす・めるへん 2(相互記念)
2012/12/18 23:35


「あれ…って……」


ぽうっと反対側の雑踏とする交差点を見つめていた元姫が声を落とす。
昭は直ぐにその視線を追ってゆき、白い息と共にぽつりと言葉を吐いた。


「姉上…」


淡いグレーのファーが付いたコートを纏い、あまりにこやかに笑んだりはしない姉が笑みを浮かばせて歩いている。
問題は、その隣を歩く男だ。
あの男を、昭も元姫もほぼ毎日見ている、よく知る人物なのだ。


「なんでアイツと姉上が…」

「アイツって…曹丕先生って言わなきゃ……って、大丈夫?」


昭の横顔を見上げた元姫は、その表情が苛立ちとも悲しみとも取れない曖昧で難しいものだった為、そんな言葉を投げ掛けたのだ。


「……うん、平気。多分、ちょっとした焼きもち、かな。姉上に…俺の姉上にあんなクソみたいな男、絶対似合わない…認めない」

「え…?」


目を逸らして苦笑を浮かべながら、昭は後ろ髪を掻いた。
元姫は好きでも嫌いでもない、別に“普通”な数学科の教師である曹丕。
昭にとっては数学が苦手な部分もあってか、特に苦手というより嫌いな先生である。
指導の仕方も嫌、話す言葉も態度もあまりに上から目線過ぎて鼻に付くし、とにかく授業も暗号を聞いているようでつまらない。


「元姫って…こういうの引く?」

「…強烈なシスコンだと思えば良いんじゃないかしら?」


と真顔で答えた彼女は、信号の青の合図で昭よりも早く一歩目を白線に置いた。
遅れぬよう早足になった昭へ、元姫は金髪を揺らしながら自慢気に言ってみせる。


「私は貴女の親友よ」

「あ…ありがと」


そう返した親友へ元姫は口元に笑みを浮かばせて、前を向いた。
…もう、まるで恋人同士のように肩を並べて歩いていた姉と曹丕の姿は見えない。


「さて、と……とりあえずは“曹丕死ね”ってことよね、どうにかして女子校から追い出せないかしら」

「え」


交差点の歩道を渡り終えた二人、先ず元姫が難しい顔でそんなことを真剣な声で言い出したものだから、思わず昭は大切な姉へのプレゼントが入る包みを落としそうになった。


「生徒の着替えを盗撮したとか、生徒の身体を無理矢理触ったとか…最低な行為の噂を流して校内から追放…―」

「いや別にそこまでしなくても」


有り難き親友の思い遣りではあるが、実際に遣り兼ねない雰囲気を持つ元姫に昭は慌てながら、よく寄り道するカフェへと向かった。

そうしてリアルな「簡単!誰でも今すぐ出来る、正しい曹丕追放のやり方」を述べる元姫にたじたじになりながら帰宅した昭。

やはり姉は帰宅していなかった。
今頃アイツともしや…なんて絶対にあって欲しくない妄想をしたくなくともしてしまった昭。
ざぶん!と湯船に浸かってそんな妄想を吹き飛ばし、両親と食事を済ませ、逃げるように部屋に閉じ籠った。

夜九時、姉は帰宅したようで食事も入浴も済ませたのか、夜十一時近くに隣の部屋から物音がした。

昭は早速、姉とデザイン違いに購入したパジャマを着て、ベッドに俯せに寝転がっていた。
…プレゼントを渡すかどうするか。
でもせっかく親友の元姫も一緒に真剣に選んでくれたのだ。


「ん〜…クソ!わ、渡しに行くか…」


頑張れ昭ちゃん!!と己に言い聞かせた彼女はベッドに正座し、剥き出しの太ももを強く叩いて立ち上がった。
クリスマスまでまだ時間はあるが、プレゼントはあたたかいパジャマ。
出来れば寒がりな姉に今日から着てもらい、朝まであたたかく眠ってもらいたい。

緊張する胸に手をあて、一度深呼吸をし、ドアを二度ノック。


「あ、姉上…ちょっといい?」


なあに?とでも言いたげな姉はこんな時間に訪れた妹に少々不思議がり、一度首を傾げた。


「…とりあえず入れ、暖房で暖めた空気が逃げてしまう」

「し、失礼しまーす…」


ますます緊張を覚えながら、白で統一されたシンプルかつ整理整頓された綺麗な部屋に足を踏み入れる。
心地良く暖房が効いており、姉は入浴からまだ時間が立っていなかったようで髪が濡れている。
コットンのような素材の寝着一枚では寒いのか、更にカーディガンを羽織っていた。


「漸く勉強する気になったか?今から教えてやっても…―」

「いや…うん、それは今は大丈夫っていうか間に合ってるっていうか」

「間に合ってる?」


二人掛けのソファーが部屋の真ん中に置いてあり、師はそこに腰掛けて入浴後のスキンケアを再開させた。


「ああ…今度!今度教えてもらいます」


ははは…と引きつる笑みを滲ませる昭へ、念入りにハンドクリームを指先に塗り込みながら「隣に座ったら?」と促す姉。


「何の用だ?」

「あ…えっと……」


と、口をもごもごさせながら背中で紙袋を動かした妹。
姉は勿論、妹が背に何かを隠していることが分かっていた。
だけれど少し意地悪気味に、わざと気付かぬフリをして話を逸らしてみせる。


「昭、少し前髪が伸びすぎだ。切ってあげる」

「いやいいよ…前髪くらい自分でやれるし…いつも自分で切ってるし」

「私に任せろ」


と、目前にあったテーブルの上に置かれた化粧道具の中から化粧鋏を取り出した姉。


「ま、前みたいにパッツンにしないでよね絶対にヤだよ!」

「そんなことあったか?」

「あったよ、俺が中学ん時…友達にすごい笑われたんだからねっ」


卓上のダストボックスを昭は顎下辺りに持ち、切った髪が散らからないよう正座をしながら美容師子元さんに全てを任せた。


「昭、あまり下を向くな。少し目を開けて」


言われた通りに目を開ければ、姉の整う人形のような顔が目の前にある。
何故だか再び忘れかけていたドキドキが物凄い早さで鳴り始め、部屋に入る前よりも緊張を覚えてしまう。


「…姉上って……肌、すごいキレイですね…今スッピン?」

「…そうだ。だが昭の方がずっと綺麗だ」

「別にいいよそんなフォロー。俺はもともと肌色濃い方だし姉上みたいに色白でもデリケートでもないから…日焼け止めとか塗らないし化粧品とか適当だから…汚いよ」

「そんなことはない。つるつるして、健康的で元気いっぱいな雰囲気、私は好きだ」


なんてちょっと笑んだ姉に、今度は頬まで赤くなる様を覚えた妹。
俯き気味に身体を丸めた昭へ、勿論下を向くなと鋏を持った師が強く言う。
今度は目を閉じて顔を上げた昭だが、身体に力が入っているのか小さな塵箱を抱えて膝を折る彼女の胸元に自然と目が行ってしまう師。
……見せ付けるような谷間である。


「…随分と可愛らしい下着だな」

「ちょ、やめて見ないで姉上のエッチ!」

「お前が見せていたのだろう」

「別に見せてないし違うし!」


慌てて塵箱をテーブルに置き、直ぐ様肩の位地が前にズレていたパジャマを直す昭。
そして今どんな下着付けてたっけ、と自分で確認をする。
オレンジをベースにギンガムのチェック柄、ワンポイントに星の刺繍。
……もっと大人っぽいやつもあったのに、と絶対いま姉に笑われていると感じた昭は眉を落とした。


「………うらやましいな」

「え…何が?」

「最後にお前に会ったのは去年の夏だったが…また成長したのか」

「こ…こんなの脂肪の塊だよ、邪魔なだけだし」


そっぽを向いた妹はその際にほんのちょっと、姉の胸元を見た。
自分程の膨らみはないけどちょうど良いサイズだと思う…なんて、最後に一緒にお風呂入ったのは確か……と考えたところで昭は頭をブンブンと振った。

なにこれ女の子の思考じゃないよね、これじゃタダの変態じゃんッ
と勝手にパニックを起こしたタイミングで、師が鏡を差し出す。


「ほら、見てみろ。お前は目がぱっちりしていて可愛い、前髪は短く、もしくは上げていた方が良い」

「あ…うん、ありがと……勉強する時とかは前髪上げてるよ、一応」


案の定、鏡に映る自分の頬は変に赤く火照っていた。
ぎこちなく切り立ての前髪に触れながら、昭は未だプレゼントを背後に置いたままにして、いま姉に一番聞きたいことを有り丈の勇気で口にする。


「その…あの……そ、曹丕っているじゃん」

「曹丕先生、だろう」

「あー…曹丕、先生…と姉上は仲良いんですね……も、もしかして付き合ってる、とか?姉上大人っぽいし三十路越え位のオッサンと付き合ってても別におかしくないけど」


なんか意外というかビックリして…なんて一人ペラペラ目を合わせずに急にお喋りになった妹。
一瞬、何のことか分からなかった師は首を傾げたが、昭が何を言いたいのかを直ぐに理解した。


「何故だ?」

「何故って……いや、あの……今日…見たんで。一緒に居るの」

「それだけで、か?」

「そ、それだけだけど…っ。デートみたいだったし…なんか…良い感じだったし……」


膝を折った昭は、パジャマと揃いのニーハイタイプのルームソックスが下がっていた為、落ち着きない素振りで膝上までそれを上げた。
そうした様子に、姉はくすくすと珍しく声に出して笑ってしまう。


「曹丕先生にはフィアンセが居ること、お前知らないのか?」

「え…フィアンセって婚約者?」


そうだ、と答えた師はまだ可笑しそうに肩を竦め、口元を隠すように手を充てて笑んでいる。


「初めて抱える仕事が多くて…曹丕先生は良き相談相手だ。今日だって別に二人で何処かへ行ったわけではない、他の先生方と合流して…私の歓迎会のようなものに参加し…―」

「ウソ…」

「嘘を吐いてどうする」

「やばい……すんごい恥ずかしいっ」


勘違い過ぎるっ!と昭はソファーに踞り、折っていた膝に赤面を隠した。
そうすると背後に置いてある紙袋はクシャリと音を立てる。


「あっヤバ!プレゼントくしゃくしゃになっちゃう…!」

「…プレゼント?」

「あ…ああ…その、少し早いけど…もうすぐクリスマスだし…去年もね、姉上にプレゼント贈ろうと思ってたんだけど贈るタイミング逃して…だから今年はせっかくまた姉上と一緒に生活出来るようになったし…―」

「すまない」

「え」

「私…クリスマスなんてことも忘れていた。だからお前にまだ何も用意していない」


当日までには私も用意するからな、と優しく笑む姉を、妹は元々大きくて円い目を更に丸くし、ぱちくりさせた。


「い、いいんだよっ!別にそういうつもりじゃないし、贈るのは俺が勝手に…―」

「その気持ちが、とても嬉しい」

「そ、っか…よ、良かった!気に入ってくれるか分からないけど…これ」


恐る恐るといった風に、ようやくになって渡せたプレゼント。
開けてもいい?と聞いた姉は何処かいつもの大人っぽさを無くした無邪気な様で、昭はにっこりと頷いた。


「これは…」

「パジャマ…同じ柄なの、これと」


と、自分が着ているノルディック柄のパジャマを指す。
直ぐに師は剥き出しの太ももに、それと揃いの“元気いっぱいニーハイソックス!”へ目をやった。


「私はそんなデザイン…―」

「大丈夫大丈夫!姉上のはワンピースタイプで、ソックスも膝下くらいの無難なやつだしっ」


とりあえず広げてみてっ、と急かす妹に肩を押され、ゆっくりと綺麗に畳まれていたフワフワモコモコなそれを広げる。






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