ふぉるくす・めるへん 1(相互記念)
2012/12/18 23:33
「え…それ、本当?」
「ホントでーす、昭ちゃんはウソつきませんよっ」
とある女子校の昼休み。
午前中にあった体育の授業で着替えたままのジャージ姿で、大好きなママが作ってくれたお弁当をちまちま摘まみながら話す司馬昭。
彼女の前席には制服に着替えを済ませた王元姫が椅子を反転させ、こちらは自分で今朝作って来たお弁当を昭の机に広げたところだった。
「…子上のお姉様が高校教師だなんて……」
とても信じられないわ、といった目をミニハンバーグマジうまっ!と頬張る昭へ向けた元姫。
元姫のぼやきを聞いていた彼女は前髪を留めていたドット柄のヘアピンを気にしながら、ぽりぽりと頭を掻いてみる。
「…どうせ俺は中間も期末も中の下だよ」
「あらいいじゃない、下の下よりは」
「慰めになってないんだけど、むしろ嫌味?」
漸く箸を取って食事を始めた“成績は常に上の上”な元姫が目を細めて親友を一瞥すると、昭は尖らせていた唇を直して直ぐに笑顔に戻る。
「まあそんでさ、月英先生産休入っちゃったかわりに…我が校に姉上が来るんだよキャーッ」
「ということは、生物科なのね?」
「姉上が俺のテストの採点とかしてくれんのかな!…あーでもそれ嬉しい反面微妙かも……」
つまりは近々、昭の実姉にあたる司馬師がこの高校に教師としてやって来るらしいのだ。
更に今まで高卒以降ずっと地方で一人暮らしをしていた姉が、此方に戻って来る為に実家暮らし…ようは一緒に住むとあって
「もうお姉ちゃん大好き!世界一最高のお姉ちゃんなんだ!」というオープンなシスコン昭ちゃんはテンションがおかしくなってしまっているというわけだ。
「だからもしかしたらさ、元姫と毎日お昼食べれないかもしれないんだよね〜、ごめんねっ!」
「それは別に平気だけど…先生が生徒とお昼を食べたりするのかしら?忙しくて…―」
「何言ってんの!俺は妹だもん、姉上俺のこと可愛くて仕方ないだろうし毎日ランチしてくれるに決まってるよっ」
ウフフ、というよりはエヘヘと言ったデレ顔で早く姉上来ないかなと待ち焦がれる昭を心配気味に(少々引き気味に)見つめる元姫だった。
***
それから間もなくして、司馬師は教師として二人が通う高校へやって来た。
直ぐに生徒から「あんな大人の女になりたい!」という憧れの眼差しを浴びることになった姉、指導もバッチリ、授業は分かりやすいと人気上々だった。
だけども、元姫の言っていた予想は見事に当たっており、案の定毎日生徒…否、実妹と仲良くランチなんてことは実姉である先生には考えられないようであった。
何せ帰宅出来るのは夜八時を過ぎるほど忙しい、昼食だって生徒らの昼休みが終わる頃漸く口に出来る位なのだ。
「姉上、ランチしましょっ!今日は姉上も母上に作ってもらったお弁当でしょ、一緒に食べよ!」
午前中最後の授業を終えた師は、当然職員室へ戻ろうとしていた。
その背後から女性としては背の高い方である自分より更に身長のある妹が、見覚えのあるランチバッグを下げ満面の笑顔で声を掛けて来る。
……姉妹で色違いのランチバッグ、お弁当箱も色違いなのだ。これは「しーちゃんとしょうちゃんは小さい頃も色々とオソログッズ持ってたしねっ!」と言う母親が成長した姉妹へ新しく勝手に購入したものらしいが。
抱えていた教材や回収したプリントを持ち直し、師は少々スカートの丈が短過ぎる妹の健康的な太ももを一瞥する。
…冬だというのに寒くないのだろうか、私なんて蓄熱効果のあるストッキングを履いていたって脚が冷えるのに。
と目を細め、着ているセーターのタートル部分に触れてみる。
妹はシャツの上にカーディガンを羽織ってはいるものの、どう見ても合わせて二枚しか着込んでいないようだ。
「毎回言っているが私は仕事が残っている。それに私はまだ昼休みにはならない、だからお前は先に友人らと食事を済ませ…―」
「えーなんで!正午過ぎたら昼飯食べる、これ法律だよ」
「そんな法律聞いたことがない。いいから早く教室へ戻って食事を済ませろ、明日も同じことを言わせたら本気で怒る」
もう怒ってんじゃん、と呟けば姉は履いていた踵の低いパンプスタイプのルームシューズを鳴らして職員室へと消えてしまった。
着用していた黒いストッキングのせいか、脚の細さについ目が行ってしまった昭は、
ちゃんと飯食ってんのかな
とランチバッグを抱えたまま暫く立ち呆けていた。
***
「結局、司馬師先生はA〜C組の担当だから私たちD組はいつも通り呂蒙先生ね」
「……姉上の授業受けたかった…せめてランチくらい……俺と姉上の禁断ドキラブ学園生活が…」
「そんな夢を見ていたの?」
「だって…家帰っても仕事があるとか言って夕飯食べたら部屋こもっちゃうし、夕飯だって姉上帰宅遅いから一緒に食べられないのに…」
うー、と唸る昭は職員室がある方の校舎を見つめ、少し伸び過ぎた前髪を邪魔そうに掻き上げた。
「……私の卵焼きあげるから元気出して」
「マジで!?元姫の卵焼き大好き!甘さがちょうど良くてふわふわなんだよなーっ」
やったあ!と素直にも単純に喜ぶ彼女は急に食欲が沸いて来た様子で、忘れかけていたフォークを手に王家伝統の味・特製卵焼きを笑顔溢れる口に放り投げた。
「あ、そだ!元姫さ、放課後ヒマ?今日買い物付き合ってくれない?」
「特に予定はないけど…買い物?」
「もうすぐクリスマスだから、姉上と…そして元姫にもプレゼント買おうと思って!」
食事を終えた元姫はマイボトルに入った温かいストレートティーを飲みながら、机に広げたファッション誌を見ていた。
一方昭は校内の自販機で購入したカフェオレをじゅーじゅー啜りながら、元姫が見ている雑誌を適当に眺めながら話を振った。
自分は絶対着ないような白地に小花が散るワンピース、淡いグリーンのレース襟が着いたカットソー、朱色のAラインコート。
“カレとクリスマスを多いに満喫!イヴデートコーデ”らしい。
「私も子上に何かあげなきゃって…何が良いか考えてたの」
「じゃ早めに今日交換こしちゃお!毎年恒例行事だしね」
去年は何あげたっけ、今年は何がいい?、なんて二人が出会って親友と呼べる中になってから毎年続けて来たクリスマスのプレゼント交換。
ちょっぴりストローを噛みながら話に夢中になる昭、話をしながらファッション誌のページを捲ってゆく元姫。
「お姉様には何を選ぶつもりなの?」
「うーん…何がいいかなあってずっと悩んでるんだけど。服とかファッション小物とかも良いけど姉上の好み難しいしな…」
やっぱ仕事で使える文房具とかが良いかなあ、と昭は再びカフェオレが入るパックを持ってじゅーじゅーと音を鳴らせた。
「でも文房具は地味だよね…化粧品とか詳しくないしな…」
「学校へも付けて来られそうなアクセサリーなんてどう?控え目な……もしくは化粧ポーチやハンカチだって良いと思うわ、いつも使って貰えるアイテム」
「さすが元姫は女の子らしい品々を…っ!……去年もさ、一応買ったんだけど…住んでた場所も遠くて送ろうと思ってたけど送れず仕舞い。…絶対姉上気に入らないよなって気付いて」
「何を買ったの?」
「鏡。ユニオンジャックの柄にスタッズとかデコってあるやつ。プチロックみたいな…パンキッシュなやつ」
鏡というチョイスは良いが、その柄ではあの司馬師先生は多分お気に召さないだろう、と元姫はあまり師と面識が無くとも分かった。
「送らなくて正解ね、貴方の好みがお姉様の好みとは限らない」
「うん…だよねぇ」
「お姉様、いつも大人っぽい綺麗なお洋服を召されてるわよね。ああいうア○キャンな感じ、とても憧れる」
「まあ、元姫は似合うよね。俺は基本的にああいうの着ないしヒールとか無理だし」
あんなの履いて歩けない、と私服でもスニーカーばっかりな自分と姉がよく履いているパンプスやブーツを思い浮かべ、溜め息を吐いた。
何か、姉が喜んでくれる品物をプレゼントしたいのだけれど。
仕事の疲れが癒される何か…、とぼんやり考えていた昭は「あ!」と閃く。
「そうだよ!疲れを癒せるアイテム贈れば良いんだっ」
「となると…アロマグッズとか…入浴や睡眠時に使えるものがいいわね…」
「パジャマ!」
「え?」
「姉上寒がりだしぬくぬくあったかい…ふわふわしたパジャマ!出来ればお揃いで着たいっ」
これで決まり!!と一人はしゃぐ昭は、今か今かとそわそわしながら午後の授業を受け、待ちわびた放課後の街へ元姫と共に足を急かせた。
「ヤバい!これ触って!すごい肌触り気持ち良いっ」
「本当ね、着心地も良さそうだわ。…でも……お姉様が着るかしら?」
と元姫が首を傾げた理由は、上下別になって分かれているパジャマのスタイルだった。
トップスのもこもこ感、シンプルな冬らしいノルディック柄に愛らしくついた紐は蝶結び、先端にはポンポンが付いていて可愛らしい。それはまだ良いとして、下のパンツに問題があると感じる。
何せミニミニと言える極短丈のホットパンツだ、下手したら下着が見えそうなくらいに短い。
おまけに揃いの靴下に至ってはニーハイソックスである。
「えーでもお揃いのルームソックスももこもこだし、合わせて着たら可愛いって絶対!色違いで姉上と着たいっ」
「それなら子上がこのタイプにして、お姉様にはこのワンピースタイプにしたらどう?それで同じ柄、同じ色にすれば良いんじゃないかしら」
「そっか!良いねそれっ、じゃコレにしようっと」
「サイズは大丈夫?それLサイズよ、貴女はLでも良いかもしれないけどお姉様はせめてMじゃないと」
「なにそれどーゆー意味!」
仲良く女子高生二人はキャッキャッと放課後ショッピングを楽しみ、その後昭は元姫へ冬らしいムートン素材のシュシュを、元姫は昭が好きなキャラクターものの大きなマスコットを贈った。
「早速カバンに付けちゃおっと!ありがとねっ」
「こちらこそ。私も結んでみようかしら」
照れ臭そうに髪結いを外して新しいシュシュで金髪を一つに纏めた親友へ、素直に似合う似合うと笑んだ昭。
「今日は元姫に姉上のプレゼント選び手伝ってもらったし凄い助かった!奢るから何か食べてかない?小腹減っちゃった」
「そんなの別にいいのに…」
「ドーナツ?あ、ポテトもいいな!元姫アップルパイ好きだよね」
それとも奮発してケーキにしよっか、なんて話ながら大きな交差点前で点滅する青に立ち止まった二人。
直ぐに赤になり、お喋りしながら次の青を待っていた時だ。
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