師「‥時に作文を書き散らす家系でして」昭「えっ」
2012/10/16 23:17
※羊徽瑜は楽天家ボイスにしてるので前作楽天家のキャラっぽく作ってあります
「ふあー‥緊張してきたぁ」
部屋をせわしなく歩き回りながら司馬昭は情けない声を上げていた。
野放図なアホ毛が焦る心を表すようにぷらんぷらん揺れている。
やがて堪えられない、と司馬昭は司馬師のもとに駆け寄った。
内装も家具も真っ赤な中華家屋で二人の水色の服がよく映える。
「どうしよ、年上で怖い人だったりしたら俺生きていけない」
「なら死ぬまでしごいて貰った上で真人間として再臨すればいい」
泣きつく司馬昭に書き物をしていた司馬師は顔を上げないまま答えた。
切れ長の瞳は自らの筆跡を追うばかりで妹のことなど一顧だにしない。
「ひどいですよ姉上ぇ」
つれない姉に妹はいまにも泣きそうな顔で言い募る。
「姉上には俺の気持ちなんか分かりませんよ、どうせ!優秀だからお守なんか付けられたことないでしょ?」
今日、司馬昭のもとに教育係‥もといお守役がやってくる。
司馬家の問題児として悪名高い司馬昭を見かねた両親が、怠惰な彼女をしつけ直せそうな秀才を探しだし連れてきたのだ。
司馬師の屋敷で顔合わせをすることになったのだが、定刻が近づくにつれ司馬昭の機嫌はみるみる下降している。
「何処に行くにもくっついてきて口出しして‥相性なんか関係なしに一緒なんですよ?‥‥息が詰まる」
未だに名前すら教えられていないが、彼女は今日からその教育係と一緒に住むことが決まっていた。
生活が大きく変わるであろうこと、新たな同居人のこと、色々な不安で司馬昭は柄にもなくしょんぼり俯いてばかりいる。
「なら今から父上と母上に頼んで断るか?」
「出来ないこと分かってて言ってますよね‥」
弱気な妹に対して姉の反応は薄情なくらい素っ気ない。
クールな司馬師は運命論者じみたところがあるからか、一度決まってしまうと食い下がることをしない。
妹を慰めるどころか黙って受け入れろ、とばかりに素知らぬ顔で書き物に目を落としてしまった。
助け船どころか手を伸べてくれる気配すらない。
結局一人で机に伏せてうんうん唸る司馬昭に、不意に飄々とした励ましが降ってきた。
「まあまあ子上殿、不安になってても始まらないだろ」
とても耳触りの良い低く優しい声。
涙目の司馬昭は顔を上げるなり捨てられた子猫みたく助けを求める視線を送った。
「旦那さーん‥」
二人の元にやってきたのは司馬師の伴侶である羊徽瑜。
怜悧で物静かな司馬師と対照的な活発で人好きのするお兄さんだ。
陽気な性格ゆえか義妹にあたる司馬昭とも仲が良い。
そのうえ司馬師とは切り揃えた黒髪と無造作にまとめた銀髪、近寄りがたい冷たさと人を引き寄せる温かさ、あらゆる点で正反対すぎるが不思議なくらいの鴛鴦夫婦である。
彼は三段重ねの蒸籠を二人の前に差し出した。
隙間からほかほか美味しそうな匂いの湯気が立っている。
「ほら肉まんでも食べて。新しいお目付役が間食禁止を言いつけたらおちおち肉まんも食べられなくなるかもしれない」
にこにこ冗談を飛ばしながら蓋を開け、蒸したて肉まんを勧める羊徽瑜に司馬昭は本音か冗談か判別しがたい形に顔をしかめた。
「やだーそんなの」
愚痴りながら肉まんに手を伸ばす。
一口かじったのとほぼ同時に、外が少し騒がしくなった。
音から察するに屋敷に馬車が着いたようだ。
「おや、早速ご到着のようだ」
羊徽瑜の言葉に司馬昭の肩がびくんと跳ねる。
困り切ってあちこちに視線を巡らせた妹は再び姉に懇願の目を向けた。
「何だ昭、私に行かせる気か」
漸く顔を上げてくれたと思ったら、にべもない返答。
端正に整った容貌が余計に冷たさを際立たせる。
「そんな顔するなって子上殿、悲観しないでまずは行ってこいよ」
「うえええ‥」
諦めきれずうなだれたまま、司馬昭は迎えに来た家人に連れられて部屋を出ていった。
残された羊徽瑜は机に頬杖をついて司馬師に笑みを向ける。
「懐かしいな、誰かさんと似たような焦り方をしてると思わないかい」
「知らん」
思わせぶりな台詞は食い気味の即答で返された。
ある意味分かり易い反応。
羊徽瑜は肩を揺らして笑い、遠い何処かに視線を投げつつ更に嘯いた。
「誰かさんは義母上の後ろに隠れてなかなか顔を見せてくれな‥いてて」
苦笑を向ける羊徽瑜にそっぽをむいたまま、司馬師は澄ました顔で筆を置く。
そのくせ、机の下では彼女の靴が彼の爪先をしたたかに踏みつけていた。
とはいえ名将と名高い弟に似て精悍な羊徽瑜にとっては、武将と言えど若い女の体重では踏まれてもたかが知れている。
可愛いもんだ、と思った刹那、隙をついたように無防備な臑を硬い踵が蹴りつけた。
不意を突かれた地味な痛みがじんと響く。
抜け目ない愛妻に旦那は負けたとばかりに眉根を下げ、肩を竦めた。
「そんな拗ねないでくれよ、そういう所が可愛いと思ってるんだ。ほらお詫びの肉まん。俺の手作り」
蒸籠ごと差し出された湯気の立つ肉まん。
司馬師は値踏みするように一瞥すると、渋々一つを手に取り口に運んだ。
頬杖で妻の反応を見つめる旦那の視線は、うららかな春の日向ぼっこを思わせるほど優しい。
暫く目を伏せて吟味していた司馬師はおもむろに瞼を開く。
ふと羊徽瑜と目が合い、彼女はわずかに頬を色づかせて視線を斜め下に逸らす。
「どうだい、お味は?」
「‥‥良い」
尋ねた笑みに、消え入るような賞賛。
そんな妻の反応が、この旦那にはたまらなかった。
エディットしてみたおにゃ司馬師と羊徽瑜
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