好かれたいだとか嫌われたくないだとか、そういう気持ちは如何にも俗っぽく、人間ならではの感情だと思っていた。それが間違いだということを、主と出会うことで俺は身をもって知った。流石だねという一言が聞きたいがために刀を振るい、他の者より役立つために刀装作りや審神者業の手伝いに励み、時には花を贈り驚かせ、彼女が美味しいと笑えば料理を学んだ。俺の言動はすべて刀が主に尽くすためのものではなく、男が惚れた女にするそれだ。
『で、どうすれば鶴丸を驚かせられると思う?』
襖の向こうで主の声がする。思わず伸ばしていた手を止めて影が映らないように隠れた。聞き耳を立てて理解した内容を要約すると、俺に驚きをお返ししたいということらしい。話の端々に聞こえる、俺の行動に対する嬉しいや楽しいという言葉に思わずにやけてしまう。喜んでくれているのか、そうか。俺が君に好かれるためにやっている行動だからお返しなんていらないのになぁ。余程怪しく見えたのか、偶然通りかかった薬研藤四郎が声をかけてきた。
「何をそんなに嬉しそうにしてるんだ?」
「いやぁ…食べるために蒔いた種が思っていたより美しい花を咲かせたんで、ついな」
「そいつはいい、水をやりすぎて枯らせないようにな」
「あぁ、気をつけよう」
本当のことを言うのはなんだか憚られたのでそんな言い回しをしたわけだが、薬研はなんとなく分かっているんだろうな。雅なことは分からないと言う割にはよく気の利く短刀だ。
「ところで、兄弟達がどこにいるか知らないか?夕餉の下拵えをしてる間にみんな消えちまったんだが」
「短刀達ならそこの部屋で大事な作戦会議中だ」
「作戦会議?」
「どうやら主を筆頭に鶴丸国永を驚かせるらしいぞ」
「あんた…盗み聞きの最中だったのか」
「偶然聞こえてきたから入るに入れなくなったんだ」
「それにしちゃあ楽しそうだな」
「そうか?…おっと、そろそろ行かなければならないようだ」
襖の向こうで行われていた会議で結論が出たらしい。短刀達が俺の気を引いている間に主が後ろから驚かせる、というなんとも古典的な作戦だ。合い言葉は当たって砕けろ。他にあまり良い案が出なかったんだろう。急いで部屋から離れ、今やってきましたという顔をして再び同じ部屋へ向かう。薬研が苦笑いする中、短刀達が襖を開けて出てきた。彼らは俺を見つけるやいなやハッとした顔になり、まだ出てきていない主に合図を送る。作戦決行ということだ。不自然にも彼らは全員、薬研の方ではなくこちらへ駆けてきた。
「鶴丸さん!」
「おや、揃いも揃って何の用だ?」
「こっちにきてください!見せたいものがあるんです!」
「見せたいもの?」
「何かは見てからのお楽しみ!」
薬研に見守られる中、短刀達に手を引かれながら襖の前を通り過ぎた。ふむ、未だ隠れている主が後ろからやってくるんだな。こっそりと部屋を出てきて抜き足差し足で近寄る彼女を想像して口元が綻んだ。
「なにをわらっているんですか?」
「いや、楽しみだと思ってな」
「そうですか!きっとおどろきますよ!」
振り向いて驚かせるのも良し、素知らぬふりをして作戦を成功させてやるのもまた良し。俺としては主の驚く顔が見たいところだが、彼女は俺に驚いてほしいんだろうなぁ。ならば答えは決まっている。
さて、どうやって驚かされてやろうかな。