「女性の幸せは結婚なのだと、先日目を通した書物には記されていました」
 縁側に並びながら、庭で鬼ごっこをする藤四郎たちを二人は眺めていた。そんなところで唐突に彼から零れた言葉に、若干の驚きを感じながらも審神者は視線を移す。いつも通り端正な顔は前を向いたままだ。手を振ってくる五虎退に揃って応えてから、彼女はうーんとわざとらしく悩ましげな呻き声を上げた。確かにそんなことを聞いたり見たりした経験はあるけれど。万人にそれが適応するかと言われればそうではないのだ、たぶんきっと。この職業に就いた時点で自らの結婚やら子供やらには縁がなくなってしまったけれど、別段不幸だとは思っていない。
 そんな審神者の考えとは裏腹に、答えを待たず内で一人問題を消化したらしい彼は、重苦しげに息を吐き出す。それからどこか思いつめたような表情を見せ口を開いた。
「私は主の幸せを一等願っています。しかしそれを奪っているのが自分なのだとしたら」
 何を言い出すかと思えばそんな形のない心配事を。女は苦笑する。いいことでも悪いことでもあるけれど、些か彼は考えすぎなのだ。思い描く通りの気持ちを抱く自分だったのならば、こうも笑えないし一人部屋に引きこもっているだろうに。望んでここに居て、望んで彼の傍に居て。恥ずかしくなるほど甘ったるくなった思考回路に含み笑いをする。
「ねえ、一期一振。聞いて」
 幸せとは、大事な人と一緒の時を共にするところにあると思うよ、審神者は言い切った。この人たちと過ごせる今を自分は幸せだと捉えているし、もしその本の書いている通り結婚や出産が女としての幸せの代名詞なのだとしても、それらは後からついてくる手段であり結果であり、目的でない。黙りこくる彼の肩に頭を預け、考える。今こうしている時間が自分にとって最大の幸福だと告げたならば、いったいどんな表情をするだろうか、貴方は。明確に愛を口にしたことは一度だってなかった。だけどもきっと誓約がなくたって繋ぐ子供がいなくたって、儚い人の一生を尊び、生涯隣に居てくれる。不意に彼女の右手が掠め取られた。大きく骨張った彼の手によって。驚きに顔を見上げる。
「一期?」
「ずっとお慕いしていました」
 ひゅっと短く浅い息が漏れた。宙返りした心臓は着地を失敗したのか、落ち着くことなく加速し続ける。山吹色をした双眸が絶えず射ぬいてくる。逸らせなかった。頬が耳が熱い。鼓膜に届く己の心臓の音に狼狽えていれば彼は言う。
「想いを口にし、答えてもらいたいとは……私も随分人間じみてしまったようですな」
「……ばか」
「ええ、本当に。主が敢えて音にしなかったことを、頭ではわかっていたのに」
 愚直なまでに貴方を恋い慕うことを、自分だけのものにしたいこの想いを、許してほしい。そう続けた彼に彼女は瞬きを繰り返す。神様、なのに。人のように祈り、人のように赦しを請い、人のように願う。人のように、誰かを愛する。気づけば小さく「うん」と返していた。
「貴方の言う幸せを与えます。だからどうか、その命尽きるまで。私と共に在ってください」
 深々と下げる頭を、たまらなくなって掻き抱く。温もりに瞼を下ろす。嗚呼、本当に馬鹿だ。そんなこと言わなくたって、最初から、わたしは。

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