「暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い」
「こらっ!はなこ!スカートばたばたしない!」

夏は嫌いだ。正確には初夏が嫌いだ。昨日までは適温を提供してくれた優しい空が、急に太陽に寝返って暑さを振りかざす。こちとら、そんな優秀な皮膚は持ち合わせていないのでひたすらまとわりつく熱気を剥がそうと躍起になって、玉砕するしかない。嫌い、嫌い、暑い!

「あー、なんか誠二涼しそう」
「いやどこ見てんの、シャツ汗だくなんだけど!」
「でも顔が涼しそう」
「うわっ見てはなこ、俺の机汗でべとべと!」
「騙されないぞっ暑くなさそうだもん!」

誠二とは隣の席で、おさななじみ、らしい。らしいと言うのはよく覚えてないからで、わたしは幼稚園の途中から小学校までを違う土地で過ごし、戻ってきたばかりだ。はなこだ、はなこ!と喜び勇む誠二を、ごめん覚えてないわと一蹴、落胆させたのは記憶に新しい。それでも誠二は名門のエースストライカー(だと聞いた)を鼻にかけるどころか無邪気すぎるような性格なので(つまり馬鹿)、仲良くなるのに時間はいらなかった。

「あのさ、いいかな」

声をかけてきたのは、マイスウィートエンジェル笠井くんである。さらさらの髪に大きな目が今日も涼しげ、見ているだけで癒される。少し離れた席からわたしに向かって歩いてきただけなのに、ペットが懐いてくれた瞬間のような嬉しさが胸をきゅんとしめる。なに笠井くん、と上がった気持ちのまま聞くと、なにその変な声、と余計な横槍が入る。誠二は、時計の短針が一周するくらい黙ればいいのだ。

「二人ともうるさいから大人しくして、余計暑い」

前言撤回、ペットに懐かれてなどいなかった。が、それだけ言い放ってまた自分の席に戻る笠井くんの背中も愛おしい。どうしてまた、大声を張り上げずにここまで来たの、これが俗に言う萌えかしらん、笠井くん、素敵。
なんて昔の少女漫画の絵柄で自分を描いていたところ、親友に怒られて口を尖らせていた誠二がわたしの肩をつついた。べたりとしたシャツの感触で熱気を思い出してしまう、暑い暑い暑い、馬鹿誠二!

「何怒られてぼーっとタク見てるの?はなこってエム?」
「エスかエムの二択ならエム」
「まじ、俺エスだから相性抜群だね!」
「誠二と相性良くても嬉しくないです!」

笑いながら、舌を出すおまけまで付けると、誠二が大袈裟に驚いたので、また笑った。何、わたしのこと好きなの?と聞くと、好きだよ超好き、と笑いで顔をくしゃくしゃにしながら言う。「そうなの、わたしは嫌い」「これまたびっくり、嫌いまでいくの!」笑いすぎて苦しい領域に達する、誠二との会話はいつもこうだ。大声で笑いながら笠井くんと目が合う、しかめっつら、きゅん。

「ねえはなこ!」
「嫌いな誠二くん、何」

「タクのこと、好きなの?」

え。
暑苦しくも耳に手を寄せて誠二が言った言葉は、突然こそこそとされた兼ね合いもあって真剣に聞こえた。驚いて、ドキリとする。笑いすぎてひっくり返っていた喉と胸が急に仕事を失って戸惑っている。

「馬鹿誠二、暑い!」

とん、と汗だくのシャツを押して彼のポジションに戻したけれど、明るめの声を出したけれど、空気は変わらなかった。突然なによ、笠井くんのことは好きだけど、恋っていうより目の保養、萌え的な、よくわかんない、ごにょごにょと口ごもってしまう。
あはは冗談だよはなこ!と大笑いで返ってくることを期待したのに、コンマ数秒前、隣で暑苦しかった人が

「そっか、よかった」

と優しい笑顔を見せやがるので調子が狂った。またじわりと汗がにじむ音がして、心の内をごまかすように、あーーーと天井に向かって口を開きスカートを扇いだ。

「こらっ!はなこ!スカートばたばたしない!」
「うるさい!暑いの!」

さっきのもぞもぞした空気がなかったかのように、一瞬で調子を取り戻した誠二に怒鳴り返しながら、また顔をしかめた笠井くんと目が合って、調子を狂わされたわたしの心中はきゅんとならず、あろうことか誠二の笑顔が頭から離れないので、また天井に向かって叫ぶはめになった。

初夏は嫌いで、もうすぐ予鈴で、シャツににじむ、好きだよ超好き。


20110505 こゆずき

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