冷蔵庫から出したひやひやの麦茶を、音を立てて飲み干した。ごくり、喉に染み渡る。
最近は暑くなったり寒くなったり気まぐれで、でもこの顔のほてりはたぶん気温とは関係ない。麦茶をしまう。ドキドキと脈打つ胸の音、聞こえないふりをして携帯を開いた。23時58分。なんどもなんども見直したメールをまた見直す。

『おめでとう。ちっちゃかった翼も15歳か。まだちっちゃいけど、気づいたら抜かされちゃうのかな、なんて。とにかくおめでとう。充実した1年を送ってね。翼へ。はなこ』

おかしいところはないだろうか。近所のお姉さんが近所のがきんちょに送るメールとして間違っていないだろうか。そもそも、0時ぴったりに送ることこそ、勘繰られる対象かもしれない。しまった、はじめに付け足しておこう。

『そういえば今日、誕生日だよね?』

わたしと翼は幼なじみで、歳は2つ違う。わたしにとって翼はいつまでもかわいい弟のような存在で、いつまでもはなこねーちゃん、はなこ姉、と後をつけてくれるのだと信じて疑わなかった。
それが、今のこの様である。いつからかも何故かもよくわからない。そんな理屈っぽい何かを放り出して、気づいたら心臓が働いていた。激しく、鼓動を送り出す器官に、気づかざるを得なかったのだ、口に出すのも恥ずかしい甘酸っぱいそれを。
23時59分、送信ボタンに指をかける。おとといすれ違ったときは、挨拶しかできなかったなあ。中学生と高校生では時間もすれ違えば、もうふたりで遊ぶことなどありえない。寂しいようで、でもそれは、男と女であることに対する確実な進歩でもあった。
0時。親指を、動かす。送信中、送信できました、画面が光ったのでわたしは全身から湧き出るむず痒さに任せて携帯を勢いよく閉じた。

その3分間は、長く長く感じて、途方もなく自分の中にある恋慕という感覚に向き合わなければならない、そんな3分間だった。
机に置き、わたしからわざと離した携帯電話を見つめ、埒があかないもう寝ようと検討しはじめた頃。ブーンと振動音をたててそれは光った。サブディスプレイには、期待通りの文字が並ぶ。あまりにも待ったはずなのに、何故かそうっと携帯を手にとり開いた。メールを開くだけでこんなに胸が鳴るなんてことが、この世にあっていいのだろうか。たぶん嫌みったらしい文が連なっているだけなのに、そう思いながら盗むように見たそこには。

『今日の夕方ひま?』

拍子抜けというか、よく理解できず、馬鹿のように鳴っていた心臓もいくぶんか収まった。ひまだけど何?と慣れたタッチで送り返すメールにはあまり気負いせず、ちょっと誕生日という特別ムードに舞い上がりすぎていたかもしれない、と冷静にすらなった。
と、ここにきての着信である。また跳ね上がるわたしの心臓さん。上下しすぎてビョーキにでもなりそうだよ心臓さん。ある意味やまいか、恋の、とくさいことを考えながら、どうにか鼓動をごまかして携帯電話を耳にあてた。もしもし?

『もしもしはなこ、翼だけど。何時に学校終わるの、迎えに行くから教えて』
「え、5時だけど、」
『あのさあ考えたんだけどね、誰と誕生日を過ごそうかと思ったときに一番に思いついたのがはなこだったわけ。つまりそういうことだから今日の夕方はなこは俺を祝うこと、わかった?誕生日なんだから今日くらいおとなしく言うこと聞いてよね、よろしく』

お得意のマシンガントークに押されている隙に、翼はもう、じゃあね、などと言って電話を切ろうとしている。ちょっと、

「ちょっと待ってよ!」
『何?眠いんだけど』
「わたしがメール送るためにどれだけ時間かけたかもしらずに、翼それはちょっと勝手じゃない、何それ?メール丁寧に返事しなさいよ、ちびって言うなっていつもどおり怒ってよ、なによペース乱さないでよ、あと年上をはなこって呼ぶな!」

何を言ったか自分でもわからない興奮状態で負けずおとらずの早口を返してやった。勝手な翼にむかついたのか、何かを期待している自分にむかついたのか、なにやらよくわからなかったけれどむくむくと沸いたやりようのない気持ちのまま喋ってしまった。大人げなかったかな、と少し熱が覚めたとき。ふーん、と言った翼の声は微笑みを帯びていた。なにやら嫌な予感。

「はなこおねーちゃんは、俺にメール送るだけで緊張したわけね、誘いにドキドキしてペース乱したわけね、これは脈ありだね完全にさ」
『え』
「はなこ、明日楽しみにしてて。好きだよ」

プツッ。電話は、切られた。
混乱しているわたしには、わかっていた、なぜなら顔の熱は15分前と比べものにならないほど高揚していた。もし、が現実となり、まさか、が打ち消されていく確かな感覚。翼はまちがいなく、好きだよと言った。

わたしは思いがけないサプライズに収まらない鼓動を持て余しながら、どっちが誕生日だ、と一人でツッコんだ。それから、まだ整理がつかない頭のまま漠然と、こっそり買ったペンダントを渡す機会が出来てよかったなあ、と検討はずれのことを考え、布団に入ったわけだ。
ドキドキで寝れるはずがなかったのに、気づいたら夢の中だった。夢では翼と手をつないで笑っていて、それが夢だということと、それが正夢になるのも近いということをふんわりと理解しながら、わたしは夢の中の翼に小さくキスをして、もう一度深い眠りへと、もぐった。


20110424 こゆずき

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