別に世間一般、禁断の愛と呼ばれるあたりに手を染めようだなんてこれっぽちも思ってない。お兄に彼女ができたら、それはもう祝福するだろうし、わたしに彼氏ができても、お兄はにこにこ笑って「よかったなあはなこ」と頭をなでてくれるに違いないのだ。
やっぱりそれはちょっと、さみしいかも、しれない。
一瞬そんな気持ちが頭をよぎったのも嘘ではないけれど、ちょっとばかり進んだ家族愛兄妹愛、それだけだ。

「はなこ〜」
「何ぃ」
「今日の夕飯、何つくろか」
「炒飯、たこやきごはん、エビピラフ」
「そんな食べるんかい」
「あほ、3択や」

自分の部屋のドアから顔だけのぞかせたお兄は、エビピラフやな、と言い残してまた引っ込んだ。作れってことだろうか。作ってくれるってことだろうか。一緒に作ろうって、ことだろうか。
考えたけれどお腹はすいていたし、エビピラフに調理も何もない。冷凍庫から出して、お皿に移して、電子レンジに突っ込むだけだ。テレビを消して立ち上がると、

「はなこちゃんやっさし〜」

お兄がドアの向こうで茶化すように言った。最初から作る気あらへんのかい。

冷凍庫を開ける。
お兄と私は二人暮らしだ。血は半分しかつながっていないけど、小さなころから一緒に過ごしてきたので多分、感覚はふつうの兄妹と大差ない。もっとも、二人ともふつうの兄妹の感覚を知るはずもないのだけれど。
私は奔放な父に倣って自由に育てられてきたが、お兄の方の父親は色々あるようだ。藤村屋とかなんとかいう、老舗のしきたりが。詳しくは知らないし知りたくもない。
わたしよりわたしの父より、自由奔放なお兄が大人しく縛られるわけもなく、半ば家出という形でわたしたちは東京に住んでいる。お母にはこっそり連絡を取っているけれど、それはわたししか知らないことだ。

「あ」

エビピラフは、あと一食だった。
仕方がないのでそれだけお皿に入れる。ご飯も炊いていない。食パンならある。ピラフが電子レンジの中でぐるぐるまわっている間、わたしはフレンチトーストを作ることにした。
お兄が最近部屋にこもって何をしているのかはよく分からない。パソコンの音がたまにするけど、機械はそんなに好きでもなさそうだし、お兄には運動している姿の方が似合う。電話している声はいつもこもっているから、わたしに聞かれたくないのだろう。詮索はしない。彼女かな、でも彼女がいるなら、言ってきてもいいのに。

「…あ」

バットに流そうとした牛乳が、想像より少なく落ちて、終わった。確かに軽かった気もする。
卵と砂糖だけでその量を補えるのかはよく分からなかったけど、とりあえずそこに卵を溶いた。わたしの食べるものがなくなるのは、勘弁してもらいたい。
学校はあんまり楽しくなくて、外は暑かったり寒かったりして、わたしは家にいるのが好きだった。お兄といるのが世界で一番落ち着いて、ブラザーコンプレックスというか、単にこれ以上他人と関わるのが面倒なだけだと思う。よくない傾向なのは解っているけど、わたしとお兄とその他。それで十分だった。
お兄は違う。周りにちやほやされるのはお得意だし、他人のことが嫌いじゃない。別人のようにきらきら輝く場所も持っている。サッカーをしているお兄を見るのは好きで、よく試合を観に行った。サッカーを見るのが好きというよりは、終わったあとにお兄が、同じ学校のファンを通り過ぎわたしのところへやってきて、笑顔を向けてくれるのが好きだった。優越感のような高揚感のような、なんとも言えない気持ちになる。フィールドでひと際目立ってきらきら輝いていた金髪の男は、わたしのお兄ちゃんなのだ。それ以上でも、以下でもないけど、お兄ちゃん。少なくとも特別だ。

チン、というエビピラフが出来た音に反応して、お兄が部屋から出てきた。

「あれ、何作っとんや」
「フレンチトースト。エビピラフひとりぶんしかなかったわ。お兄が食べてええよ」
「なんで、そんな甘いもん」
「これしかなかってん」

そうかおおきに、とお兄はエビピラフに夢中になりながら言った。
わたしはフレンチトーストをフライパンで焼いた。いつもより黄色い食パンを見つめていると、テーブルに着いたお兄がわたしの名前を呼ぶ。

「はなこ」
「なに」
「俺な、戻ることにしたわ」
「は?」
「藤村屋」

一瞬、理解できなかった。次に、サッカーのためやろな、とぼんやり頭に浮かんだ。その次に、お兄のひきこもり疑惑が納得という形でとけた。
わたしも戻る、とは言えなかった。藤村屋はわたしには関係ない。戻れても、関西の実家までだ。どうせばらばらになる。

「いつ?」
「明後日」

なんでそんな急な、と言おうとした口は嗚咽にのまれて、気づいたら泣いていた。複雑なのだ、いろいろな気持ちが混ざって心の中がほどけない、そんなときわたしは泣くことしかできない。頑張ってとか行かないでとか、お兄が決めたことに文句はないとかなんでわたしに相談もしてくれなかったのとか、さみしいとか幸せを祈りたいとか。
お兄は夢中になっていたエビピラフをほったらかしてわたしのところへ歩いてくる。キスもハグもできない年頃の兄妹は、どうやって気持ちを伝えあえばいいのだろう。言葉なんて脆くて使いようがなかった。お兄はただ、わたしの頭をくしゃくしゃと撫でた。ごめんな、と聞こえたような気もした。でも別に、謝ってほしいわけではなく、それはお兄も知っていると思う。わたしたちはいつも、まぎれもなく、お互いの人生を応援しあっていたのだ。

「はなこは、俺と離れた方が、ええねん、たぶんな」

それだけ、お兄が言葉を使った。わたしにもよく分かった。学校が楽しくなくても、わたしは保育士という大志やお母さんになりたいという密かな夢のために、もっと色々できることがある。現実お兄に甘えきっていたのは事実。
しばらく泣いて、わたしが泣き終わると、ふたりで笑った。お兄は自分が泣かせたくせに、ひどい顔やお嫁に行けへんわなんてからかってくる。ならお兄がもらって、と冗談めかして言ったのに、無理やわとふつうに返される。そこは、もろたる、やろ、ぼけ。冗談にできないと真実味を増すことを理解してほしい。

「あ」
「あはは」

エビピラフは冷めて、フレンチトーストからは苦い匂いが漂っていた。

二人で、手をつないで、家を出る。

というのは嘘で、小さなころ手をつないで二人ではしゃいでいたような気分で、わたしたちは家を出てすぐ近くの定食屋に向かった。



20110422 こゆずき




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -