「誠二って、セックスしたいと思う?したことある?」

日曜午後、晴れ、練習休み、彼女が突然、似合わない言葉をころっと口から出すもんだから俺は飲んでたコーラを吹き出しかけた。
いやだって、ここは俺と間宮の部屋で、変な爬虫類の水槽が置いてあるせいでムードはゼロだけど、その飼い主は今床屋に外出中で、確かに密室、確かに二人きりなのだ。
それでもって俺とはなこは晴れて恋人同士である。まだ肌寒い3月だけど気分は夏のハワイでバカンス!並にうきうきした、付き合い立て、ほっかほかの恋人である。まだキスだって1回しかしてないのに、誠二、はなこ、という呼び方にもこそばゆいドキドキが残っているのに、セ、セ、セックスて、はなこさん。
かわいい顔してあの子割とやるもんだねっとっ、なんて誰かが歌っていただろう、歌詞が頭を高速走行していき、俺の口から出た言葉は、

「へっ?」

間抜けきわまりないこの感じ。漢字なら屁?だ。
あーあ、さらりとプレイボーイになんてなれやしない、こういうときヤリチン三上先輩ならなんて答えるんだろう。ちなみにヤリチンはイメージだけであの人たしか童貞。
「あ、その顔は、経験あり?」

にやりと笑うはなこは小さな子供が悪戯するときみたいな無邪気さを帯びていて、とてもかわいい、じゃなくて、いかんせん話が話なので必死にぶんぶん手と首を振った。
経験がない!と胸を張っていうのは、思春期のナイーヴな心を自分で切り刻むに等しいけれど、彼女にくらいバレたって構わない。

「あれ、したことないの。意外」
「ないよ!…はなこはあるの」
「…。ないよ」

何その、淑女の心得を振り返りました、みたいな間。
彼女の言葉の真実はさておき、自分が童貞だと公言して切なくなったため俺のテンションは少し落ちた。例えれば、飛行機から鈍行列車くらいに。アウトレットから近所の八百屋くらいに。パステルのプリンからうまい棒くらいに。少しじゃなく、結構と付けてもいいくらいには落ちた。

「なんか、ごめん」

俺がわかりやすく肩を落としてしまった自覚もあったのではなこは気づいたのか、ぼそりと謝罪をされた。
彼女の真実がどっちつかずに目の前を横切って、余計に惨めな気がして、心がきゅっと縮むので短く笑っておく。かすり傷、つけたのは自分だし、はなこには何も非がない。

「したいよ」
「え?」
「セックス。今、俺のななめ前で気を抜いてくつろいでる女の子と、したいよ」

ゆらりとまた空気は動いた。
したい?したことある?とはなこは聞いたので、答えていない方の答え。にこりと笑顔を最後につけてみたけれど、彼女がこわばったのを感じ取れる。
もちろん、今すぐするつもりはないのだけれど、そんなはなこは珍しくて表情をもっと引き出してみたいと思った。
距離を腰ひとつ分だけ進めて、手をのばす。頬に触れる。ふわりと柔らかい肌が指に吸い付く。俺の手は、たぶん熱くて、目はきっと欲情を映していて、まだ理性は勝っているけれどその頬からぴくんと反応が返ってきたときに一瞬、抱きしめてめちゃくちゃにキスしたい衝動が駆け抜けた。

「誠、二…」

甘い声が形のいい唇から漏れだしたのを合図に、俺はばっと手を離した。お手上げ、のポーズ、まさに。

「なーんちゃって、びっくりした?」

明るすぎるくらいの声で笑うと、彼女もおかしそうに笑った。ううんわたしが変なこと聞くから、という言葉に、まったくだよ本当にはなこは、エッチ変態スケベ、と早口に誇張して返したのに、うん、と頷かれてしまって俺のおおきな身振り手振りは行き場を失う。
うんと呟いたあとのはなこの唇が音もなく少しひらいて、近づいて、俺のアホみたいに意識がなかった唇を覆った。ぞく、と背筋が粟立つような空気を含んだキス。敵わないかも、これから先、とちっぽけなプライドが壊れていく感覚を光栄にすら思った。

「はなこ、」

にこりとわらった彼女のゆうわくに、心臓はこれでもかと飛び跳ねている。
真夏のハワイだったはずの心が、夕焼け時の涼やかさとロマンチックムードをふんだんに使って贅沢に、わけのわからない爬虫類の前でだけど、跳ね疲れてはじけるように、溶けた。



20110414 こゆずき




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -