はじめ、彼女が社会人、というのは俺にとってちょっとしたステータスみたいなもんだった。
大学生という狭いくくりの中で生きている周りの連れはみんな社会という未来を買い被っていて、すごいすごいと口を揃えたし、実際社会がそんなに凄くもないことに一足早く気づいていた俺も、悪い気持ちはしなかったので鼻を高くしておいた。
はなこを見ていて、思う。たぶんこれからも、世界はちらりと広がりを見せるだけでそんなに変わらない。小学校にいたときは中学校に憧れていたが実際に入ってしまえば大したこともなく、そのあと高校、大学と同じ感情を抱いては静かにすっと消えていったのと同じで。俺たち大学生はまたも懲りずに、色眼鏡で社会を見ているが、やっぱりそれは儚いのだ。
ただ、そうは思っても、もしかしたら俺はまだ、はなこに引け目を感じているのかもしれない。ステータスはいつの間にか本気のそれに変わっていて、彼女とのことを考えれば考えるほど早く社会に出たくなった。そんなことは、悔しいから絶対言ってやらないけど。

「亮、コーヒー取って」
「ん」

そんな思いを知ってかしらずか、はなこは未だにパソコンを睨みつけている。普段は人に使われるのなどごめんだが、仕事中のはなこには極力協力したかった。それは俺が学生なりに社会人を労れる精一杯かもしれない。いや、社会人や学生を置いておいて、はなこを立ててみる唯一のときかもしれない。
普段は穏やかな性格でにこにこ笑ってる彼女も、仕事になるとしかめっつらが堪えない。おしゃべりが当然無口になるし、ぼーっとしている印象なのにてきぱき頑張っているので別人のようにすら感じた。
ただ、そんな彼女も嫌いじゃない、と思うのだ。
ひさしぶりに二人で会える時間ができてはなこの部屋にやって来たというのに、仕事が終わらないと一言聞いたきり、あとは時折使われるばかりでまともな会話がなくても。はなこが大好きな駅前のケーキ屋で買ってきたお土産を、無言で冷蔵庫に閉じ込めるはめになっても。それはやっぱり、嫌なことではなかった。パソコンデスクから離れない彼女を見ながら、ソファに座っているのも嫌いじゃない。むしろ、好きなのかも、しれない。好きな女が一生懸命な姿は、色っぽいというか魅力的で(いやらしい意味じゃない)、見ていて嬉しかった。これは、さっきの気持ちよりさらに、絶対言いたくないけど。

「終わった…」

気づけば、はなこがよろよろと隣に来た。お疲れ、と声をかけてやると安心したように笑って俺の肩にもたれかかる。酷使した目をしばしば閉じたり開いたりするので、長いまつげが揺れて、ドキリとした。全くずるい、と思うのだが、これも言わない。

「はなこ、ケーキ食う?」
「え、ケーキ」
「駅前の、」
「食べる!」

俺がソファを立とうとする前にもう冷蔵庫に飛びついて、亮ありがとうとひたすらにお礼を言いながら皿に乗せて運んできた。ぱ、と空気を変えてはしゃぐはなこは、年下にさえ見える。にこにこ、はなこが笑うと、つい口元が緩む。そんな恥ずかしいことを悟られないように厭味を言った。

「ケーキくらいでそんなにはしゃいで、子供かよ」
「だって嬉しいんだもん。あたしは亮みたいに大人じゃないんです」
「はなこさん、俺よりいくつ上だっけ」
「うるさい、2つ!だからケーキはあたしが2つで、亮はプリンだけ!」

もともとそのつもりだけど、と思いながら、もうフォークを入れているはなこの横顔にキスをしてみた。そうすると、中学生さながらに顔を赤らめて、もういきなり何、と小さく怒りながら笑うので、やっぱり仕事中よりこっちかな、心でひとりごちる。かわいいなあ、と言ってやる。更に照れを隠して怒る。これだから、飽きないのだ、肩書きとかすべてのしがらみを無視しても一緒にいたいのだ。

「亮」
「なんだよ、かわいいはなこ」
「馬鹿!」

そう言ってされた真逆のキスは、俺が嫌いなケーキの味で、吐くほど甘くて、でも何にもいわずに、学生の俺は社会人の彼女を抱きすくめた。



20110325 こゆずき




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