なんてことはないよ、わたしは誠二が好きだから。例え目から血が出たって、あばただらけになったって、腸がおへそから飛び出たって、脚が二つに裂けたって、両手を広げてここで待ってる。だから心のかすり傷くらい、どうってことはないよ。なんて。

「はなこ」
「はあい、誠二」
「ごめんねはなこ」
「お願いだから謝らないで」

わたしは意地悪かもしれない。謝られて、許してあげれば誠二が楽になると知っていて、謝らせてあげないのだから。愛しているけど、今この瞬間あなたが感じている痛みは深く深く染み渡ればいいと思った。
じくじくと化膿して焼け跡を残して、二度目の過ちがないよう封印するおふだとなればいい。

わたしたちは17歳で、永遠の愛を知るにも語るにもあまりに若かった。だから仕方のないことだと思う。頭では、そう思う。誠二の部屋に知らないピアスが落ちていても、洗面所を長い髪が泳いでいても、それをわたしは許してあげるべきなのだと思う。
わたしの頭は物分かりが素晴らしく、わたしの心はいい加減聞き分けが悪かった。
なんてことはないのに。そう、何度も何度も心に刻もうとしているのに。

そもそも今の事態が誰かと寝たのだという根拠も本当はなかった。部活の友達と連れ立って夜遊びしていたあげく、終電を逃した無計画な女の子を泊めてあげただけかもしれないし、お母さんが誠二の生活ぶりを心配してやってきただけかもしれない。
誠二は夜遊びをする暇なんかないくらいサッカーに打ち込んでいるし、誠二のお母さんはショートボブだった記憶もあるけど、そうじゃないなんて言いきれない。
潔く謝りなんてせずに、醜い言い訳をたくさん並べて欲しかった。そうしたら、それを信じてあげられたかもしれないのに。謝罪の言葉はわたしの傷を昇華するどころか、発せられるたびにじくりじくりとわたしを傷つけた。どうか、浮気なんて低俗な言葉が、わたしの口からも誠二の口からも出る時がきませんように。半ばやけくそになりつつ祈った。

「はなこ、俺はなこのこと愛してるよ」
「わたしも、そう思ってた」
「俺、本当、ごめん、もう付き合えないのかな…」
「わからないけど、わたしは誠二が好きだから、」

許したいよ、という言葉が音にならない。嗚咽になったわけでもない。ただ無気力に、陰欝な今この部屋の空気に吸い込まれていった。
意地なのだろうか。見栄なのだろうか。くだらないものだということは、確かだった。なんてことはないのに。また頭でそう繰り返す。こんなもの、わたしの愛のパワーで一撃必殺、乗り越えられる気がしたのに。

「本当のことを、言って」

そういうと誠二は気まずそうに、顔を歪めた。わたしの大好きな笑顔は今どこにもない。ずるいと思った。誠二が笑っていないのは、わたしにも辛いのだ。
さっきまでの気持ちとは矛盾している。傷つけばいい、わたしの痕跡として痣を残せばいい、と思っていたのに。どちらも本当の気持ちだった。好きだから矛盾する。たぶん、傷つけたい気持ちの方は自分を好きだから防衛するという割合も大きいけれど。

目を閉じる。ごたついた部屋の中に二人だけの吐息。甘いにおいはない。嫌な肌触りで、じとっとしている。誠二が口を開くのがわかる。全て受け止めようと思っていた。何を聞いても、愛す人の過ちを笑って許すための、心積もりがしたかった。さあおいで、わたしの手の中へ。きっと二人の絆をてんびんにかけたらなんてことはないよ。

「俺のことを、ずっと好きって言ってくれてる女の子がいたんだ。長い髪が綺麗な、見た目は派手なんだけど性格は大人しい、めずらしいタイプのギャルで。好みでもなかったし、何よりはなこがいたし、もちろん断ってたよ。でもその子しつこくて、半分ストーカーまがいに玄関まで来たりして、困ってたんだ。まあ俺も大の男だし、そのうち収まるだろうって軽く考えてたんだけど…えーと、おとといかな、首とか手とか血まみれにしてうちの前に立ってたんだよね。俺、本当にびっくりして。とりあえず手当てしようと思って部屋にあげて、消毒して血とめたら、自分でやったっていうんだ。気づいたら抱き着いて離れなくって、服まで脱ごうとして、止めたんだけど、抱いてくれないなら死ぬって言われて。抱こうと、しちゃったんだ俺。はなこごめんって心の中で謝って、その子を脱がせた。…でも、抱けなかった。骨々しくてかりかりの体が、傷だらけで、痛々しくて。聞けば、俺に振られてご飯も食べられなかったなんていうから、思わず抱きしめて泣いちゃったんだ。そのあと、一緒に、お風呂に、入った。それから一緒に眠った。はなこに
は信じてもらえないかもしれないけど、本当に、キスもエッチもしてない。それで、昨日の朝、家に帰した。そのときは、誠二くんありがとうって笑ってたよ。今日さ、はなこが来る前にさ、自殺、したって。聞いたんだ、その子のお母さんから。遺書みたいに、俺の写真と、俺の電話番号だけ、置いてあったんだって。首吊りだって。俺、わかんないよ。どうしたらいいのかわかんないよ。ごめんね、はなこ、話すつもりじゃ、なかったんだけど。その子と、付き合ってればよかったのかなあ?はなこは、はなこだったら、どうしてた?俺、そんな偉い人間じゃないから、全然わかんない」

誠二は、泣いていた。何故かわたしははじめ、負けた、と思った。深い深い傷を負わせたのは彼女の方だ。そのあとに、反省した。下世話な浮気なんて概念に翻弄されて立ち回った自分がものすごく恥ずかしかった。羞恥に閉じ込められて消えてなくなりたかった。最後に、誠二を抱きしめた。なんてことないよ、とは言えなかった。ただ、わたしの傷はやっぱりどうってことなくしょぼくれた勘違いだったので、この手で彼の傷を癒してあげたかった。



20110323 こゆずき



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -