01
「フー……」
上級検事執務室にひとつの溜め息が落ちた。
時計の針は先程日付を変えた。
当然ながら検事局内にはほとんど人はおらず、ひっそりとしている。
溜め息の主はキーボードを叩く手を止め、画面で書類のチェックを始める。
一通り目を通すと、パソコンの電源を落とした。
人心地付くと、御剣の頭にふとよぎったのは、恋人である成歩堂のことだった。
ここの所仕事に忙殺され、ろくに連絡すら取れていない有り様である。
(成歩堂は、今どうしているだろうか?)
彼もまた仕事が立て込んでいると電話で言っていたのを思い出す。
事務所に残っているか、それとも既に帰宅し眠っているか……。
(こんな深夜では、もう帰っているだろうな)
一度成歩堂の事を考え始めると、どうしても会いたくなってしまう。
御剣は、よし、とひとつ頷いて、椅子から立ち上がった。
愛車に乗り込み、車もまばらな道路を快調に進んでいく。
自分の家に続く道から少し逸れ、寄り道の目的地へと向かう。
(そう、これは寄り道だ)
その子どもじみた響きに、思わず笑みが零れた。
恋人の顔を見るための、ちょっとした寄り道。
たったそれだけのことなのに、妙にワクワクする。
窓の横を流れる夜景にも、心が躍るようだ。
御剣は逸る気持ちを抑えつつ、アクセルを踏み込む力を少し強めた。
成歩堂の住むマンションに着き、以前もらった合鍵を使って、御剣はそっとドアを開けた。
部屋の明かりは消えており、成歩堂が既に寝ていることがわかる。
音をたてないように静かに室内に入る。
そして、そっと恋人が眠るベッドへと近づいた。
ベッドサイドの小さなルームライトだけを灯し、穏やかに眠る成歩堂の顔が照らす。
「ん……?」
成歩堂が身じろぎ、ゆっくりと目を開けた。
御剣はドキッとして、思わず息をひそめる。
「みつるぎ……?」
彼はベッドサイドに立つ恋人の姿を認め、眠気を含んだ声で呼びかけた。
「どしたの?」
先程よりもはっきりした口調で問いかけてきた。
御剣は、変に誤魔化さず、笑みを浮かべそのまま伝えた。
「寄り道だ」
「はあ?」
何言ってるんだ、とでも言うように、成歩堂の顔に疑問符が張りついた。
御剣はその様子に、満足そうにうなずく。
「君の顔を見たくて、な。家に帰る前に、ちょっと寄り道をしたのだよ」
恋人の瞳を見つめ、そのまま触れるだけの口づけを落とす。
そんな御剣の行動に、成歩堂は目を瞬かせた。
「まったく……」
苦笑しつつ、成歩堂は腕を伸ばし、御剣の首に抱き付く。
「そういう寄り道なら、いつでも大歓迎」
二人はクスクスと笑い合いながら、再び静かに唇を重ねた。
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