花靴/孔時雨



「ただいま」


ここにいるはずのない彼の突然の訪問に私は思わず「ど、どうして……」と言葉出た。
すると、彼はまるでイタズラ好きの子供のように笑いながら「除隊日を1日ズラして伝えていた」と私にネタばらしをしながら黒い靴を脱ぎ、部屋の中に入ったため、私はそんな彼の背中を追うように着いていく。


この国には徴兵制度があり、男性は19〜28歳までの間に約2年間訓練を受けなくてはいかない。
シウさんはその訓練を全て終え、除隊を果たしたのだ。
兵役中でも年に数回、訓練場から出ることが出来る長期休暇があり、その際には必ず会うようにはしていたけど、結局、軍服を身に纏い、短く刈り上げた彼の姿には未だに慣れることはないままだった。


「お疲れ様です。何か食べたいものとかありますか?」
「じゃあ、味噌チゲで。……あ、そうそう」
「?」
「2年間待っててくれてありがとうな。プレゼント」


キッチンへと向かおうとした私の手を掴んだシウさんはにっこりと笑って、桜色の可愛らしい紙袋を私に渡した。
本来こういうプレゼントは私がシウさんにお疲れ様の意味を込めて渡すべきだと思っていたため、驚きのあまり固まってしまった。


「どうして……?」
「どうしてって、どうして?」
「私がシウさんに「お疲れ様です」って意味を込めてプレゼントするべきだと思っていたんですが、プレゼントを頂けるとは思っていなくて……」
「もしかして花靴知らない?」
「花靴?」


シウさんに「とりあえず開けてみて」と言われ、紙袋の中に入っている箱を取り出して中身を確認した。
薄くて白い紙に包まれていたのは、花の模様があしらわれているペールピンクの伝統的な靴だった。


「2年間待っててくれた彼女に花靴をプレゼントするのが主流なんだよ。知らなかった?」
「そうですね。日本にはない文化なので」
「そもそも兵役がないもんな」


この国に徴兵制度があることはは日本にいる時から知っていたし、シウさんとお付き合いすることになった時と2年間会えなくなることは受け入れていた。
とはいえ、日本で生まれ育った私にとって、兵役の文化というものはやはり馴染みがないものであり、華靴の文化も馴染みが無さすぎて知る機会さえなかったのだと思う。


「大切にします。本当にありがとうございます」
「どういたしまして。俺も晴れて除隊だし、ようやくお前との結婚についても考えることが出来るわ」
「……結婚?」
「花靴を送るのは、一種のプロポーズなんだよ。受け取った時点で、それは同意ってことだろ?」


もう後戻りは出来ないぞ、と言いながらニヤリと笑ったシウさんは私の言葉を聞く前に、シャワーを浴びてくると告げ、そのままバスルームに入っていった。


花靴を受け取ることがプロポーズを受け入れる、という意味であることを、私は知らなかった。
ただ、馴染みのない異国の文化を受け入れ、2年間、彼の帰りを待ち続けた私を侮ってもらっては困る。



「同意に決まってるじゃないですか」


シャワーの音がかすかに聞こえるバスルームに向かって、私は小さく呟いた。
それから私はキッチンへと向かい、リクエストされると思って買い込んでいた味噌チゲの材料を冷蔵庫から取り出した。

シウさんがリビングに帰って来たら、味噌チゲを振舞って、彼からのプロポーズの返事を聞かせよう。
シウさんがどんな顔をするか、今から見物だ。





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