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◇◆◇



キセキの世代へのスカウトはひっきりなしに続いた。
けれども正直今の俺にはどうでもいいことだった。
表面上では愛想良く受け答えをし、内心では早く終われとイラついていた。

そんな黄瀬が最終的に選んだ進学先は神奈川にある海常高校だった。
理由は簡単。昔、小学校一年生ぐらいまで住んでいた場所に一番近かったから。
事務所には今住んでいる東京の方が何かと便利で良んじゃないかと色々言われたが、これだけは絶対に誰にも譲るつもりはなかった。
春休みに詰め込まれた仕事の合間を縫って、一人暮らしをしている今のマンションから神奈川のマンションへと引っ越しを済ませた。
この時点で他のキセキ達との連絡は途絶えていた。

何故か赤司が進学先をバラけるように言っていたが、もし同じ学校へ行けと言われていたら俺は多分バスケを辞めていただろう。それこそモデルに比重を置いて、バスケから遠ざかったと思う。

「バスケを嫌いになりたくはないなぁ」

だらりとソファに背を預け、手の中に持った子供用のバスケットボールを額に押しあてる。

だって、バスケはあの人の好きだったもの。 俺とあの人を繋いでいるかもしれない唯一の細い糸。

「海常高校男子バスケットボール部か…」

入学式とホームルームを終えたら、さっそく男子バスケットボール部専用の体育館に集合するようにと、言われていた。
それに加え俺はキセキだから、体育館に行く前に監督室にも寄れと言われていた。

正直キセキだからとか、そういう扱いを受けるのは嫌だった。好きでキセキのくくりに入ったわけでもなく、キセキの皆と一緒くたにして欲しくはなかった。
けれどここで本音を溢して無駄に軋轢を生む必要性も感じなかったから、いつもの様に愛想笑いを浮かべてぐっと言葉を飲んだ。

男子バスケットボール部の監督だという武内に連れられて、一緒に体育館の中へと入れば突き刺さる視線の数々。
キセキの世代だとざわつく部員達に、同じ新入生達。
ここで自分はキセキの世代の黄瀬 涼太としてしか見られないんだろうなと、それを助長するように特別扱い発言をした武内監督の声を右から左に聞き流した。

そして彼らの望む帝光中にいた時と同じ仮面を被って、若干テンション高めに自己紹介を…。

「うるせぇーよ!聞いたのは名前、中学、ポジションだけだ!」

「え、わっ…!?」

しただけのはずなのに、何故か横から蹴りが飛んできた。
そのあまりに強烈な衝撃に色んなことが一緒に一気に吹っ飛んだ。

「いっっ〜〜…」

べしゃりと体育館の床に転がった俺の直ぐ側に、バッシュを履いた足が仁王立ちしている。
あまりに理不尽な攻撃に睨み返そうとキッと顔を上げて…

「なにす…――っ!?」

自分を見下ろす真っ直ぐな目に息を詰まらせた。

「何するって?お前こそ何考えてんだ」

だって、そこにあったのは。
俺がずっと忘れられずにいたあの人で。
つんつんとした短い黒髪に、歳のわりに大きな薄墨色の瞳。
今は怒りに燃えているが、その目は真っ直ぐに俺へと向けられている。

「ゆっ…」

「黄瀬」

「――っ」

「ここは海常だ。お前はもう帝光の黄瀬じゃない。海常高校一年、黄瀬 涼太だ」

遮るように名前を呼ばれ、ハッと我に返る。
その時気付いてしまった可能性に俺は顔を青ざめさせた。

俺が覚えてるからって、相手も覚えているとは限らない。

それでも何とか表面上は取り繕って、生意気なキセキの世代である黄瀬 涼太を演じきって、俺は初日の部活を終えられた…と、思う。

家に帰った俺はあのあと自分が何と言い返したのかあやふやにしか覚えていなかった。
それほどまでにあの人との再会は自分にとっ て衝撃的な出来事だったのだ。

制服も脱がずにソファに身を沈めた俺は、もはや習慣となりつつある子供用のバスケットボールを手の中に挟み、弄ぶ。

「ゆきちゃん…。いや、笠松 幸男センパイか…」

いきなり蹴りをかまされ、怒鳴られた。
あぁでも、キセキでも帝光でもなく海常の黄瀬って言われたのは嬉しかったな。
ゆきちゃ…笠松センパイは俺のことなんかもう忘れちゃったんだろうか?

そう考えただけでグッと胸が詰まるような息苦しさを覚え、無性に泣きたくなった。

「せっかく会えたのに、そんなの…嫌っスよ」

込み上げてくる感情を抑え込むように唇を噛んで、弄んでいたボールを胸の中に抱き締めた。



◇◆◇



武内監督に連れられてきた黄瀬はあの写真と同じ、きらきらとした鮮やかな黄色い髪に端整な顔立ちをしていた。モデルをしているというだけあって背も高い。

しかし、にこりと愛想良く笑った黄瀬の琥珀色の瞳は凍ってしまったかのように何処までも冷ややかなものに俺には見えた。
あの瞳が本当に綺麗に輝くことを俺が知っているからかも知れない。

そうぼんやりと黄瀬を見つめていれば、作り物めいた笑みを浮かべていた黄瀬が、こちらが聞いていないことまで付け加えてべらべらと自己紹介を始めた。
俺から見ればちぐはぐなその様子に、咄嗟にこのままでは黄瀬が駄目になってしまうという自身でも良く分からない予感を感じて、気付けば俺は黄瀬へと手加減もなく蹴りを入れていた。

「うるせぇーよ!聞いたのは名前、中学、ポジションだけだ!」

どうしてそんな冷めた目をしているのか。
作り物めいた愛想笑いを浮かべているのか。
俺は涼太がバスケをしていると知って嬉しかったのに。そりゃ競技のバスケは楽しいだけじゃやっていけないことも知っているけれど。
昔の、ほんの少し一緒に過ごした時の涼太しか俺は知らないけれど、海常に来たからには、また俺の手元に戻ってきたからにはめいっぱい構い倒して、そんな張り付けたような仮面壊してやる。

「ゆっ…」

「黄瀬」

「――っ」

「ここは海常だ。お前はもう帝光の黄瀬じゃない。海常高校一年、黄瀬 涼太だ」

幸いなことにお前は俺を覚えているようだし。まずはお前の居場所が何処だか教えてやるよ。
…そう、決めたはずなのに。

黄瀬は仕事が入ったと部活を休んだり、早退したり。部活に来ても相変わらずあの妙な愛想笑いを浮かべて、中々海常に馴染もうとはしなかった。
だからといって一概に黄瀬だけが悪いとも言えない。
周りの部員がキセキの世代だからと黄瀬との間に無意識に距離を作っているのも、黄瀬が海常に馴染まない一因とも言えた。

レギュラー関係無くチーム分けした紅白戦。
綺麗なフォームでシュートを決める黄瀬の姿を目で追いながら、手元にあるスコアを付けていく。
すると先程まで紅白戦に入っていて休憩に入った森山と小堀が並んで側までやって来た。

「こうして観るとやっぱ凄いな、キセキの世代。黄瀬のやつ一人で何点とってるんだ?」

「凄いのはキセキだからじゃねぇ。黄瀬だからだろ」

書きかけのスコアを覗き込んで来た森山の言葉を訂正する。

「ふぅん。お前自棄に黄瀬の肩持つな」

「…当然だろ。あいつにはうちのエースになってもらわなきゃ困るからな」

黄瀬のとった得点を見て森山はまた凄いな、と呟いた。同じようにスコアを覗いた小堀は目の前で行われている紅白戦に目を移して、僅かに首を傾げて口を開く。

「あのさ、俺の気のせいかも知れないんだけど」

「……?」

どこか控えめな言い方に俺と森山はちらりと小堀へ視線を投げる。

「ほんとに何となくなんだけど、黄瀬のフォームとかボールを操る動き、ちょっと笠松に似てるとこあるよね」

言われて森山と二人して黄瀬を見つめる。

「そうかぁ?」

首を傾げる森山の隣で俺も首を傾げた。
黄瀬を見たところで、自分が普段している動きなど自分じゃ分からない。
それよりも今は紅白戦をして分かった課題をどう消化していくかだ。
黄瀬についても、あの澄ました仮面の裏で何を怖がっているのか。
やることは山積みだった。




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