ボーダーライン(笠黄)

※キセキ(-紫、緑)+黒子ざまぁ系注意!



きゃぁきゃぁと喜色溢れる甲高い声。街の一角に人だかりが出来ていた。お洒落な内装のカフェのオープンテラスで、カシャカシャとシャッターを切る音が響く。
白い華奢な椅子の上で組まれていた、すらりと長い足が、次に飛ぶ指示に従って下ろされる。ワックスで流れを作られた黄色い頭がさらりと動き、右手に持っていたティーカップが静かにソーサーへと戻される。すぐに側へと寄ってきたヘアメイクさんが黄色の髪を弄り、Goサインが出てからテラスから店内へと移動する。
他にもスタイリストやメイクさん、カメラマンさんと他のスタッフ達と一緒に店内へと戻れば、何度か一緒に雑誌撮影させて貰っている同じ事務所所属のモデルの先輩から声をかけられた。

「次は俺との撮りだな。よろしく、黄瀬くん」

「はい。こちらこそまた宜しく御願いします」

海常で培った礼儀正しさで挨拶を返せば、モデルの先輩は相好を崩した。

「本当、黄瀬くん高校に上がってから印象変わったよね。いや、中学生の頃も礼儀正しくはあったけど生意気な感じだったのに」

「俺、そんなに生意気に見えてました?」

カメラマンやスタッフ達が着々と準備をするのを横目に、二人は話ながら撮影前に打ち合わせをしていた立ち位置へと立つ。

「うん、生意気っていうか斜に構えてる感じ。でもそれが格好良いって女子達には人気だったけど、…高校に入って何か良い出会いでもあった?」

「え…ぁ、まぁ、その。…あったっス」

一瞬前までモデル然としていた黄瀬の表情が崩れる。嬉しそうにゆるりと柔らかく浮かべられた笑みに、黄瀬よりもモデル歴も人生経験も僅かに長い先輩はその表情を見ただけでピンと来るものがあった。

「人との出会いは一期一会って言うし、その出会いは大切にしなよ黄瀬くん。俺なんかに言われても大きなお世話かも知れないけどね」

「そんなことないですよ」

話している内に準備が整い、カメラマンから声をかけられる。今回のテーマに合わせた自然な表情を作り、あくまでもメインは今身に着けている新作の服だということを念頭に置いて再び撮影に挑んだ。

カシャリとまた一つシャッターが切られる。






その様子を偶然…ではなく、情報収集に長けている桃井の手を(黒子が)借りて紫原を除くキセキの世代と黒子は野次馬に紛れて眺めていた。
毎度のことながら頭が痛いのだよと緑間は眼鏡のブリッジを押し上げるふりをして皺の寄った眉間を押さえる。

「こうして見るとやっぱ黄瀬くんて凄いよなー。ファンに囲まれてて別世界の人に見えるし、何より雰囲気が違う。大人っぽいって言うの?男の俺から見ても普通に格好良いって思うよな」

「……高尾。何故お前がここにいるのだよ?」

ひょっこりと自然に隣に現れた高尾に緑間は目を見開き、隣でにこにこと愛想良く笑う高尾へ目を向けた。すると高尾は「 何でも何も俺は真ちゃんの相棒よ? 」と飄々とした態度で告げてきた。

「この面子が揃ってて真ちゃんが苦労するのは目に見えてるじゃん。だからこの高尾ちゃんが少しでも負担減らしてやろうかと思って」

ちなみこの場所が分かったのは黄瀬くんから聞いてたから。黄瀬くんを遊びに誘ったらモデルの仕事があるからごめんねって言われて。んで、真ちゃんは真ちゃんでキセキの奴らと会うって言ってたし。総合して出した結論がこうだったわけ。

「どう?俺の推理冴えてるっしょ」

「はぁ…、馬鹿め。何の為にお前の誘いを断ったと…わざわざ面倒事に首を突っ込んでどうするのだよ」

高尾の声に気付いた青峰と黒子が背後を振り向き、高尾の漏らした感想に不可解そうな顔をしていた。

「黄瀬が大人っぽい?格好付けてるだけじゃねぇか。あんなの気持ち悪ぃだけだろ」

「そうです。本当の黄瀬くんはへらへら笑って、構って構ってと甘えてくる可愛い末っ子です。あんな透かした顔の黄瀬くんは知りません」

青峰と黒子の辛辣な言葉に周りにいた女性ファン達がざわりと俄にざわめきだす。ただでさえ女性達が犇めき合う中で男の集団は目立つ上に、二人を除く男共は高身長の持ち主だ。

「作り物の笑顔見てぎゃぁぎゃぁ騒ぐ方がどうかしてるぜ」

俺達は本物の黄瀬の色んな顔を知ってるぜ。

「本物の黄瀬くんは可愛いんですよ」

この二人は女子を敵に回す気か、と高尾は呆れた面持ちで尚も言葉を続けようとする二人を見る。だがストップは以外な所からかけられた。

「止めないか。大輝、テツヤ」

大人しく黄瀬の仕事ぶりを眺めていた赤司だった。今朝、緑間が顔を合わせた時から赤司は口数も少なく嫌に大人しかった。

「涼太に迷惑がかかるようなことは控えろ」

そして思ってもみなかった言葉まで落とされ、思わず緑間と高尾は顔を見合わせる。それからもう一度赤司を見て、青峰と黒子も目を丸くして赤司の顔を見た。
視線を集めた張本人はそれらの反応に不愉快そうに眉をひそめたが、その点に付いては何も言わず、ただ強制力を持った眼差しで視線を動かした。

「とりあえず移動するぞ」

騒ぎが広がる前にと野次馬の中を赤司が背を向けて歩き出す。

「ねぇ、真ちゃん。どったの、赤司?」

ちょいちょいと横から服の裾を引っ張られ、首を傾げた高尾に聞かれたが、緑間にも赤司の態度の変わりようはさっぱりと分からない。

「よくは分からないが、赤司の目が覚めたというならば良い傾向なのだよ」

赤司の背中を追うように続いて歩く黒子と青峰は不可解そうな表情を浮かべて、それぞれ勝手に口を開く。

「赤司くん。何か変な物でも食べたんですか?」

「おい、赤司。黄瀬が出てくるの待つんじゃなかったのかよ?」

赤司の足は幅の広い歩道の端、道路沿いに植えられた桜並木が続く木の下で止まる。

「ここならばいいだろう」

カフェからは少し離れた場所だが、カフェの出入り口が見える位置だ。誰か人が出てこれば分かるだろう。
黄瀬を捕まえることを諦めたわけではないと分かった青峰は別に移動しなくても良かったんじゃねぇかとぶつくさと呟き、黒子は確かにあの場所じゃファンの人達が邪魔ですしねと直前の赤司の言葉を流して、勝手に自分が納得できる理由をつけて頷いた。







早朝から始まった雑誌撮影は大きな問題もなく、昼前に終わることが出来た。
先にモデルの先輩が現場を後にし、黄瀬はそれに続いて関係者達にお疲れ様でしたとお先に失礼しますと声をかけて、カフェの出入口付近で待っていた自身のマネージャーの元へ足を向ける。
今日も良かったよ、お疲れ様と労いの言葉をかけられて、この後のスケジュールの確認をする。とはいえ黄瀬は我が儘を言ってバスケに比重を置かせて貰っているので、モデルの仕事は押さえ気味だ。
今日もこの撮影が終わってしまえば、午後からはフリーになっていた。

「それじゃ、お疲れ様でした」

家まで送ると言ったマネージャーに黄瀬は首を横に振り、せっかく東京に来たのだからその辺をぶらぶらすると言ってマネージャーとカフェの前で別れる。
たまには一人でのんびりウインドウショッピングでもしようかなと降り注ぐ日差しに瞳を細めて、仕事後の心地好い達成感に包まれたまま気分良く足を踏み出した。その時。

「やっと出て来たな。おせぇよ、黄瀬」

「待ちくたびれました」

青峰と黒子を先頭にした集団が黄瀬の元に歩み寄ってきて、そんなことを言った。

「え……、何でここに?」

その面子を視界に入れた黄瀬は琥珀色の瞳を大きく見開く。

「何でじゃねぇよ。てめぇが電話もメールも無視すんからだろぉが」

「そうですよ。酷いです。黄瀬くん」

「涼太、少し僕達に付き合え」

「お疲れー、黄瀬くん。ごめんな仕事の後にいきなり」

「悪いな、黄瀬」

「あれ?何で高尾くんまでいるんスか?」

それはー、かくかくしかじかあったのよ、とさっぱり意味の分からない説明を高尾からされて、更に黄瀬は首を傾げる。それに緑間は溜め息を吐いて、端的に教えた。

「コイツは勝手に合流してきたのだよ」

「へー…、高尾くんって物好きっスね」

「んなことより、無視すんじゃねぇよ」

「何スか、青峰っち?聞いてはいるっスよ」

「だったら何故黄瀬くんは僕達の集まりに…」

「テツヤ。言いたいことは分かるが、ここだと人目に付く。不満は後にしろ」





今度こそ黄瀬を捕まえることに成功した黒子と青峰は不満を口にしながらも、傍目には分かりにくく満足気な顔をして、とりあえず本日の第一目的をクリアしたら腹が減ったと青峰が言い出した。ちょうど時間的にも昼時だったので他の面々もそうだなと頷き、街中をぞろぞろと飲食店を探しながら歩き出す。

「僕マジバのバニラシェイクが飲みたいです」

「俺はがっつり肉食いてぇな」

放っておいたら偏った食事をする二人に生憎と突っ込みを入れる人間はここには存在しない。その二人の後ろを赤司が歩き、更にその後ろを歩いて聞いていた緑間と高尾はどうでもいいけどお腹空いたなと、前方に見えてきたファミリーレストランの看板に意識をとられた。
そしてそんな五人の様子を、輪に加わりながらも何処か一歩引いたような面持ちで見ていた黄瀬はふと前方へ投げた視線の先で見つけた人にぱっと表情を明るくして、いきなり声を上げた。

「ちょっ、皆、先行ってて下さいっス!」

森山センパーイ、小堀センパーイ、といきなり声を上げて嬉しそうに駆け出した黄瀬に残された五人は驚き、何だ?と反応出来ずに足を止めて黄瀬の背中を目で追った。
声をかけられて森山達も黄瀬に気付いたのか、僅かに驚きをみせた後緩く笑って黄瀬を迎えた。

「よう、黄瀬。残念ながら笠松はいないぞ」

「何で真っ先にそうなるんスか。それに笠松センパイがいないのは知ってるっス。センパイ、今日家の用事でどっか出かけるって言ってたっスから」

「おーおー、仲良いこって。その幸せ俺にも寄越せ」

「無茶言わないで下さいよ。それに口を開かなきゃ森山センパイだって普通にモテるんスから」

「それは嫌味かなー、もってもての黄瀬クン。口を開かなきゃって、開かなかったら口説くことも出来ないじゃないか」

「それに付き合わされる小堀センパイも大変っスね」

「はは、まぁ…でも、これがなくなったら森山じゃないでしょ」

「あー、確かに」

「何だとこら!小堀まで黄瀬の味方するのかよ!」

ぽんぽんと森山と小堀と会話を弾ませ楽しそうに笑う黄瀬の姿に赤司はすっと瞳を細める。二人とは少し離れた場所にいる為、話の内容はよく聞こえないが黄瀬の纏う雰囲気は柔らかい。
そう感じたのは赤司だけでは無く、緑間と高尾もだった。
海常の人達といる時の黄瀬はリラックスしているように見える。それほど互いに気を許し合える、絆が出来ているんだなと緑間は眼鏡の下で目元を和ませ、高尾は目の端でちらりと黒子と青峰の反応を窺った。

「黄瀬くんも相変わらずですね。親しい人を見つけるとすぐ尻尾を振って駆け寄って行くなんて。だから彼らも変な勘違いをするんですよ」

黄瀬くんがまるで自分達のもののようになったように。群がるファンの人達と変わらないですね。
黄瀬くんを分かってあげられるのは、やっぱり同じキセキの世代の僕らだけだ。

「はっ、そんなん今に始まったことじゃねーだろ」

黒子と青峰は忌々しそうに、けれども憐れみの色を浮かべて黄瀬と話している海常の二人を睨み付けていた。
その台詞の数々に内心で高尾は一人突っ込みを入れる。

黒子は別にキセキの世代じゃねぇだろ。確かにパススキルは高いけど、俺には通用しねぇし。真ちゃんと同じとか、超ウケる。しかも、分かってあげられるのはってお前ら何様だよ?それに黄瀬はお前ら所に駆け寄ってなんか来てねぇし、つい数分前の黄瀬の行動を思い返してみろよ。と、つらつらとにこやかな笑顔の下で思う。
どらかと言えば高尾は緑間寄りの味方で、自身の尊敬する笠松になつく黄瀬の味方だ。

「ところで、森山センパイと小堀センパイは何でここに?」

「森山がたまには東京に遊びに行こうって言ったからさ」

「だって地元にいると必ずストバスの流れになるだろ?俺はバスケのゴールじゃなくて可愛い女の子のハートをゲットしたい」

「はは…森山センパイ、ブレないっスねぇ」

「決してお前らが羨ましいわけじゃないが、お前ら見てると可愛い彼女が欲しくなるんだよ!」

いいか、よく聞け。部室はお前らの部屋じゃない!部室は公共の場だ!

「あー、何かすんませんっス…?」

通常運転だと言いながらも黒子と青峰が黄瀬を気にしてるいのは丸分かりで。そして何故それを黄瀬本人に隠そうとするのか、青峰が素っ気なく話を振る。

「それよか早く行こうぜ。腹減った」

「そうですね、先にお店に入ってましょう。黄瀬くんも先行って良いって言ってましたから」

「だが…」

ちらと黄瀬を気にした緑間に高尾が助け船を出す。

「店ってアレだろ?なら俺が黄瀬くん待ってるから皆は先行って席取っといてよ。腹減って死にそうな奴がいるみたいだからさぁ」

言わずもがな青峰を指し、高尾は躊躇う緑間の背中を押す。
何か言いたげに緑間が高尾を見たが、高尾はそれをスルーして赤司にも声をかける。

「ってことで良いよな、赤司?」

「あぁ…。行くぞ、大輝、テツヤ、真太郎」

目が覚めたというなら赤司は気付いたはずだ。
去年まで自分達に向けられていた邪気の無い笑顔が今は森山達に、海常の人間に向けられていることに。
自分達から黄瀬が離れてしまったことに。

「んで、お前は何で赤司達といるんだ?」

「大丈夫なのか?黄瀬?」

高尾を残して店に入っていく面子を確認して森山と小堀が心配そうな表情を浮かべる。それに黄瀬は心配をかけてしまって悪いなと思いつつも何だか面映ゆく感じてしまって、小さく苦笑を溢す。

「緑間っちも高尾くんもいるし大丈夫っスよ。それに…」

ふっと息を吐いて間を開けた黄瀬は表情を引き締めて、強い眼差しで二人の先輩を見返した。

「ケリは自分で付けるっス。何よりセンパイ達に甘えてばっかじゃ情けないし。俺も男っスから」

固い意思を秘めた琥珀色の瞳は鋭く、森山と小堀はお前がそれでいいならと黄瀬の意思を尊重する。

「ま、でも何かあったら連絡しろよ。俺達まだこの辺ぶらぶらしてるからさ」

「そうだな、万が一にも運命の女神が捕まらなかった時だけ空いてる森山先輩の胸を貸してやろう」

どんと自分の胸を叩く森山に笑って、小堀にじゃぁまたね、と見送られて黄瀬は待っていてくれた高尾の元に向かう。

「ごめんっス、高尾くん」

「んーん、良いよ。じゃ、行こっか。お腹空いたよな」







先に席をとっていた面々は窓際の四人席と通路を挟んでの二人席を確保していた。二人席の方に緑間が座っており、四人席の方に赤司とその対面に青峰と黒子が座っていた。黄瀬は当然のように緑間の方へ高尾を誘導し、自分は赤司の隣に座った。
すると珍しいことに赤司からメニュー表を差し出される。

「僕達は先に頼んだからな、ゆっくり決めるといい」

「どうしたんスか赤司っち?」

いつもと違う赤司の態度に戸惑うより先に寒気を覚える。いつもなら「僕達は先に頼んだ。お前も早く決めろ」と自分中心に世界が回ってる赤司が。現に向かいの席に座る青峰と黒子も絶句したように表情を固まらせて赤司を見ている。
「やっぱ赤司くん、変なものでも食べたんじゃ」と、黒子の呟きが聞こえる。
唯一平和なのは緑間と高尾の席だけだ。緑間は高尾が来るのを待っていたのか、二人して仲良くメニューを決める声がする。
差し出されたメニュー表を開きながら赤司の顔を窺えば赤司は一瞬ぎゅっと眉間にしわを寄せ、ぼそぼそと赤司らしくない声を落とした。

「僕はまた間違えたか?玲央に言われた通り、友達には優しくするものだと」

「れおって、誰っスか?洛山の人っスか?」

黄瀬の疑問に返事は返らない。赤司は何やら一人で考え込んでしまった。そう返事がないのはいつものことかと仕方なく諦め、黄瀬はメニュー表に視線を落とした。呼び出しボタンを押し、注文をする傍らで先に頼んでいた面々のご飯が運ばれてくる。青峰は相変わらず肉がメインで黒子は野菜が中心だ。赤司に至っては栄養面を考えてか和定食だった。
そして元から行儀の良い赤司は食事中は黙々と箸を動かし、青峰も食べることに集中するのか比較的静かで、黄瀬は時折黒子から向けられる視線だけを知らないふりでご飯を口に運んだ。

もう自分は彼らといるより居心地の良い場所を知ってしまった。そしてそこはありのままの自分を受け入れてくれる。ちょっと生意気でも、泣き虫でも、甘えたでも。強い部分も弱い部分も全部丸っと包んで、なんでもないような顔をして笑ってくれる温かい人達がいる。だからもうこの心は何を言われたって大丈夫。不安定に揺らぐことはない。

「あー、食った食った」

「行儀が悪いぞ大輝」

食事を終えて直ぐに解散とはやはりならないかと黄瀬は水に口を付けながら、青峰を注意する赤司の姿をちらりと横目で眺める。

「黄瀬くん」

すると案の定、正面から黒子が話しかけてきた。

「何スか?」

黄瀬は目を正面に戻し、グラスをテーブルの上に置く。

「僕は回りくどいことは嫌いなので、率直に言いますけど…最近の黄瀬くんは付き合い悪すぎです」

「そうっスかね?普通だと思うっスけど」

「普通ですか?電話やメールを返さないのが黄瀬くんには普通なんですか?」

元から無表情で喜怒哀楽の分からない黒子の声が尖ったものになり、いつの間にか青峰と赤司の視線も黄瀬を見ていた。
緑間もこちらの様子の変化に気付いたのだろう、高尾共々静かにしている。
そんな微妙な空気を孕んだ中で黄瀬は構わずへらりと笑って言う。

「普通っスよ。仕事中や部活中は電話に出れないし、後で確認ぐらいはするっスけど。メールだって返事を必要としてるものなら返すっスけど、返事のいらないメールには返さないだけっスよ。どっから手に入れたのか、ファンの子からメールが来ても基本返さないっスし」

青峰や黒子、赤司から送られてくるメールは基本的に黄瀬の返事を求めてない文面が多い。何時に何処集合。ストバスするから何処其処に来い。それで断りの文面を送り返しても、彼らから返事が来ることはない。いいから来い等と、稀に文句は返ってくるけども。それを繰り返す内にだんだん面倒臭くなって、文句を言われるだけなら初めから返信の必要はないだろとすっぱり切り捨てた。

「俺、これでも毎日部活とモデルの仕事で忙しいんスよ。だから休みの日はちゃんと身体休めなきゃ怒られちゃうし。それで付き合い悪いって言われても正直困るっス」

もちろん、休みの日に笠松とデートしたりお家でごろごろしたいが為にキセキの集まりをスルーしてるというのもあるが、彼らに言う必要はない。

「つーかさ、お前の先輩どうなってんだよ」

黒子に続き青峰が凶悪な表情を浮かべ、低い声で言う。

「どうせお前に身体休めろとか言ったのもソイツら何だろ?何でたかが先輩がいちいちプライベートのことに口出ししてくんだよ?おかしいだろ。お前、ソイツらに何か弱味でも握られてんじゃねぇだろな」

「なに…言ってるんスか、青峰っち?」

あんなによくしてくれるセンパイ達が俺の弱味を握る?何の為に?馬鹿もほどほどにして欲しいっスわ。
黄瀬の些細な表情の変化に気付かず、ファンの子と同列にされたメールのことに多少なりともショックを受けていた黒子は青峰の推測に心を持ち直す。

「そ、そうですよ。黄瀬くんの先輩方が黄瀬くんに何か言ったんですね?黄瀬くんが僕達と仲が良いからって嫉妬して、電話もメールも返すなって。そうなんでしょう?」

「お前んとこのキャプテンとか、たしか直ぐ手が出るよな。それで言うこと聞かせられてんじゃねぇの?アイツ、あの胡散臭い今吉さんに良い性格してるって言われてたぐれぇだし、ぜってぇ何かしてんだろ」

「センパイはそんなことしないっス!」

「黄瀬くんのことだから騙されてるんですよ」「黄瀬のことだから」と、黒子と青峰は黄瀬を被害者だと言い、海常の先輩達を悪者として、本人をそっちのけで話を広げていく。
赤司にしても笠松と直接会話を交わしたのはあの一回切りだが、確かに笠松は曲者だ。他の二人も侮れなそうだったが、そこまで詳しく海常の先輩達を知らない赤司は盛り上がる黒子と青峰の話に覚めた筈の瞳を再び曇らす。黒子は練習試合で、青峰はインターハイで海常の先輩達を見ている。
ましてや中学一年の時から付き合いのある黒子と青峰の言葉を赤司が信じるのは自然な流れだった。

「………」

目の前で交わされる会話が黄瀬には異国の言葉のように聞こえる。自分の話をしているはずなのに、そこへ違うと否定の言葉を投げ入れても返ってくるのは「お前は騙されている」というこちらの意見を門前払いした異国の言葉だけだった。
口をつぐんだ黄瀬を赤司が見上げる。

「…今までのお前の行動はそういうことだったのか。涼太らしくないとは思っていたが。やはりお前は僕達がついていないとダメだな。だが、そういうことならば」

オッドアイと交わった琥珀色の瞳はみるみるうちに色を無くし、すぅっと鋭く凍っていく。

「−−んなわけ、ないじゃないっスか」

僅かに浮かべられていた表情が消え、人形のように整った冷たい美貌だけが残される。
間に通路を挟んで座る緑間の口が馬鹿めと小さく動き、高尾がはっきりと下がった温度に両腕を擦るような仕草をした。
そして黄瀬の冷たい一瞥が同じテーブルに座る三人に向く。

「人が黙って聞いてりゃ勝手なことをペラペラと。うちのセンパイ達のことなんも知らねぇくせに、よくそんなことが言えるっスね」

「ですが、黄瀬くん。彼らは実際に僕達が黄瀬くんに会おうとするのを妨害したんですよ」

「そうだぜ。俺達に無駄足踏ませやがって。おかげでこっちは今吉さんにまで説教くらったんたぞ!」

「それ、いつの話っスか?」

冷ややかな声音にも関わらず、分かってくれたかと黒子と青峰は自分達の視点から嬉々として語り出す。時折、赤司が口を挟み、大変分かりやすく理解することが出来た。黄瀬が途中で抜けたという緑間に視線を流せば、緑間は一言「あの馬鹿に勉強を教えた日なのだよ」と呟いた。それに高尾もうんうんと頷いている。

「これで分かったでしょう?如何にきみの先輩達が卑怯か。黄瀬くんに隠れてこそこそと、黄瀬くんに僕達を会わせないようにしたんですよ。それが先輩のすることですか?何の権利があるというんですか」

「……そうっスね」

俺だけが知らなかった。今までセンパイ達はそんなことがあったなんて俺に一言も言わなかった。 ズルい。俺に知らせてくれれば良かったのに。そうしたらもっと早く…。

「だったらもう無視すんじゃねぇぞ。呼び出したらすぐ出て来いよ」

「何か言われた時は僕が対処しよう。これからは安心して僕達の所に来るといい涼太」

これで解決だなとスッキリとした顔で笑った三人に、黄瀬は唇を歪ませる。ハッと短く息を吐き出し、冷たく笑った。

「ほんっと……、俺の尊敬するセンパイ達を侮辱すんのもいい加減にしろよ」

敵意すら含んだ鋭い眼差しが三人に突き刺さる。思っても見なかった人間から初めて向けられた冷え冷えとした双眸に、地を這うように低められた声。整った顔が更に迫力を増し、赤司でさえも息を飲んだ。

「アンタらの顔の横についてる耳は飾りっスか?それとも俺の言葉は始めから聞く価値もないってか?…っふざけんなよ」

「り、涼太?」

黄瀬の迫力に飲まれながらも赤司が何とか口を開く。しかしそれも視線一つで黙らせられた。

「気安く名前で呼ぶな。…だいたいあの日は本当に、センパイ達は俺が何処で何をしてるのかも知らなかった。だって俺、その日、家にスマホ忘れて誰にも連絡とれなかったんスから」

「それでどうやって俺に会わせないように画策するって?そもそも人の後を付けるって立派なストーカーっスよね?」

「それに今さら何なんスか?今まで俺のことを邪険に、おざなりしてきたのはそっちのくせに。いざ、自分がやられると嫌だって?アンタらどれだけ自分勝手なんだよ」

だが、それよりも何よりも。俺が許せないのは…こんなくだらないことにセンパイ達を巻き込んで、迷惑をかけていたことだ。
笠松を筆頭に海常のセンパイ達は後輩を甘やかすのが上手くて、時には厳しくもあるが、その甘さに自分は浸かり過ぎてしまっていた。
こんなことになるならもっと早くケリを付けておくべきだった。

「ちょっと落ち着いて下さい黄瀬くん!僕達は…」

「お前の為に言ってんぜ?なのに何いきなり逆ギレしてんだよ」

意味わかんねぇわと、黄瀬の迫力に気圧されて顔色を悪くしたまま黒子と青峰が口々に言う。
それに対し黄瀬はもう相手にする気すら失せていた。どうせ言うことは変わらないし、こちらの話など聞いてもらえない。あげくに笠松達の悪口をまた連ねられても気分が悪い。
ここら辺が潮時だろうと黄瀬は冷静に見切りを付け、うっすらと口角を吊り上げる。そして周囲の人間も見惚れる程ゾッとするような綺麗な冷笑で返した。

「おれのため…?…だったらもう俺に関わんないで欲しいっスね。アンタらの気紛れに振り回されるのももうんざりなんスよ」

ハッキリと告げられた拒絶の言葉に、ここに来てやっと黒子達は自分達が黄瀬の外側に弾き出されたのだと気付く。
中学時代からの経験だけで黄瀬ならば何をしても何でも笑って許してくれるという慢心が、黄瀬はそういう人間だと心のどこかで甘く思っていた黒子達は、目の前で冷笑を浮かべる知らない男の姿を愕然とした顔で見つめていた。

「で。俺からはもう話すことは何も無いんで帰っていいっスか?」

言葉も出ない様子の三人に代わり、成り行きを別のテーブルから見守っていた緑間が横から答える。

「別に構わないと思うのだよ」

「そっスか」

それじゃぁと黄瀬は鞄を持って椅子から立ち上がり、緑間と一緒にこちらを眺めていた高尾に向かってへにゃりと眉を寄せる。

「変なとこ見せてごめんね、高尾くん。また一緒に遊んでくれると嬉しいっス」

「俺は別に平気だぜ。時間が合ったらまた真ちゃん入れて遊ぼうな」

「なぜ俺まで…」

「まぁまぁ良いじゃん。あっ、笠松さん達も連れてきてもいいからな。この前のストバス楽しかったし」

「分かったっス。センパイに伝えとくっス」

ひらひらと手を振る高尾と仏頂面の緑間に見送られて黄瀬はファミリーレストランを後にした。

「っは〜〜、それにしても黄瀬くんマジ怖かったわ。美形が怒ると怖いって本当だったんだな」

「黄瀬はそんなに甘い男ではないのだよ。チャラい見た目と普段の軽い態度に騙されがちだが」

中学二年の時から黄瀬を側で見てきた緑間は思う。
黄瀬と出会った時、黄瀬はすでに半分大人社会に出て働いていた。それも人間関係渦巻く芸能界の片隅でだ。詳しくは知らないが到底甘いだけで通用する世界ではないだろう。
そして黄瀬は中学時代、良い意味でも悪い意味でも目立っていた。黄瀬は自分が気に入った者やファンには優しく接する一方で、自分に害をなす、敵意を持って近付いてきた者には一切の容赦がなかった。

赤司達も同じ光景を見てきたはずなのに、何故こうもおかしなことになってしまったのか。それはきっと認識の違いだとか、意思疏通の不足だとか、上げれば色々とあるだろうが考えてももう遅い。
既に彼らは黄瀬から自分に害をなす存在として切り捨てられてしまった。

緑間は疲れたようにため息を吐いて、椅子から立ち上がる。

「…行くのだよ高尾。今日は付き合え」

「りょーかい!どこ行こっか?」

緑間と高尾はショックから抜け出せないでいる三人をその場に残し、店を出て行った。




[ 25 ]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -