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◇◆◇





幾つかメールのやりとりを行っていた笠松は割り込んで来た意外な人物からのメールに目を通すなり、微かに口角を吊り上げた。

「アイツら尾行に向いてねぇな」

メールで知らされるより先に笠松は背後から着いてくるカラフルな頭達の存在には気付いていた。
それでもメールで知らせてくれた相手へのお礼は忘れずに、返信メールを作成して送り返す。それから用事の済んだ携帯電話を畳んで、ズボンのポケットに突っ込むと休日で賑わっている街中へと足を向けた。

わざとゆっくり歩き、尾行者が自分を見失わないように気をつけながら人混みの中を歩く。



…やがて辿り着いた先、マジバと並んで学生の懐事情に優しい一件のファミレスの前で笠松は友人達と落ち合った。

「笠松」

こちらに向かって片手をひらりと振ったのは森山で、その隣に立って笠松の名前を呼んだのは小堀だ。

「おぅ、悪いな。せっかくの休みなのにいきなり呼び出して」

「ううん、構わないよ。俺は暇してたし。それに朝から何となくこうなる予感もしてたから。ね、森山」

「そうだな。お前が気にすることはない。どうにも今日は気分が乗らなくて、運命の人探しは明日に持ち越すことにしたしな」

ふざけているのか本気なのか、相変わらずな森山に小堀と一緒になって苦笑を浮かべる。

「ま、でも、来てくれてさんきゅ」

話しは中に入って、昼飯でも食べながらしようぜと笠松はファミレスのドアに手をかける。
時刻はまだ昼前とあって、店内はそれほど混んではいなかった。

「それで、笠松」

待たされることなく通された場所は、硝子の窓を隔てて通りに面した四人掛けのテーブル席で、笠松の向かい側に森山と小堀が座り、メニュー票を広げながら森山が口を開く。

「お前の後ろにいたアレらは何だ?」

「もしかして笠松、つけられてるのか?」

眉をひそめた森山に小堀からは心配そうな眼差しで見つめられる。
その言葉に後をつけていた連中の姿をメニュー票越しにちらりと確認すれば、どうやら相手は向かいのマジバに入ったようだった。
ファミレスはマジバと違い自由に席を選ぶことが出来ないので尾行には不向きだろう。
それでこそ向かいにマジバのあるこのファミレスを選んだ意味がある。

答えずに、遠くに目線を投げて黙り込んだ笠松に森山と小堀は顔を見合わせ、頷き合う。
とりあえず小堀がボタンを押して店員を呼び、注文をとりに来たウエイトレスを森山がいつもの調子で口説く。それに笠松がテーブルの下で森山の足を蹴りつけ、その間に小堀が三人それぞれのメニューを頼む。
飲み物は各自で取りに行き、一通りの茶番が終わった所で小堀がにこりと笑って切り込んだ。

「で、笠松は何をしようとしてるわけ?」

「何って…撹乱?」

そもそも今日一日の始まりは、森山から送られてきたメールだった。
『キセキの連中が黄瀬の家を探して早朝から訪ねてきた。だが俺には野郎の家を覚える趣味はない。可愛い女子の家なら大歓迎』
それと同時に森山は小堀にもメールを送っていたようで、小堀からのメールには『森山から聞いたと思うけど』と、いう出だしで始まり『分からない。笠松なら知ってるかもしれないけど』と、笠松を巻き込んでしまったと申し訳ないという気持ちを文面に滲ませたメールを笠松に送ってきていた。

「撹乱って、お前もしかしてわざとアイツらに後つけさしてんのか?」

森山の言葉に笠松は一つ頷く。

「アイツらは俺らが黄瀬を無理矢理引き留めて、どっかに隠してると思ってんだよ」

「はぁ?何だそれ…」

「確か今日は仕事だって言ってたよね?」

小堀の言葉にまた一つ頷き、笠松は質の悪い笑みを浮かべた。

「だからそれを逆手にとって振り回される側の人間の気持ちでも味合わせてやろうかと思ってんだよ」

そこへ料理が運ばれてきて三人は一旦口を閉じる。各々フォークやスプーンを手に持ち、ちょっと早めの昼食を食べ始めた。

「でも、それだけで反省する連中には見えないけどな。アイツらは黄瀬が離れてく原因を分かってない」

「まぁ、良くも悪くも個性が強過ぎるんだよね。自分が自分がって協調性がないし。相手がどう思うかなんて考えてないんじゃないかな」

「その点で言えば黄瀬も最初はそうだったな。けど、どこかの誰かさんが入部初日にキツい一発をくれてやってたからな」

お前はもう海常高校一年、黄瀬 涼太だって。

からかうような森山の眼差しに笠松は当然の顔をしてしれっと答える。

「事実だろ。うちに入ったんだからその時点でうちのもんだ。帝光は自分が強けりゃそれで良かったのかも知れねぇけど、うちは違う。海常はチームプレイを主体としたチームだ」

そして黄瀬は海常のエースと成るべくして獲得した逸材であって初めからキセキとしてじゃない、海常のエースとして黄瀬をスカウトしたのだ。笠松はそう思っている。

だから、「お前はもう海常の黄瀬云々」の何がおかしいんだと笠松はきっぱりとした態度で言い切る。それに森山はそういえばと、その後黄瀬が巻き起こした黒子っち下さい騒動の時のことを思い出す。
人伝にあの発言を耳に入れた時も笠松はこうしてきっぱりと言い切ったのだ。

『うちに黒子は必要ねぇ』

『どうしてだ?黄瀬じゃないけど確かに黒子のパスは凄かっただろ』

誠凛との練習試合後、何と無く口にした台詞に笠松は呆れたように続けて言った。

『何言ってんだ、うちにはお前らがいるだろ』

『――っ』

『お前に小堀に早川、中村、控えの奴らだって。黄瀬にパスを繋げるのは俺らの役目だ』

心の底から寄せられた信頼に、こっちが照れてしまったのは小堀と森山だけの秘密だ。

「それでアイツらを振り回すって具体的にどうするんだ?」

少し余計なことを思い出したと咳払いをする森山を横目に、小堀が食べる手を止めて話を本題に戻す。
笠松はスプーンでご飯を掬い上げ、なんにもと首を横に振った。

「え?」

「別に特別なことはなんもしねぇよ。普通に遊んだり買い物したり。その間、アイツらは勝手についてくるだろ。思い込みが激しいからな」

「はっ、なら普通にナンパも…!」

「しねぇからな。したら置いてく」

「森山…今日は止めたんじゃないの?」

「いや、お前らがいればいける気がする」

「気のせいだし、意味が分からん」

無駄にキリリとした表情を作った森山にイラっときたので、笠松はテーブルの下で森山の足を軽く蹴っておく。

「いって!?…っ、黄瀬じゃないんだから、そうホイホイ蹴るなよ」

「その前に黄瀬ならそんなアホなこと言わねぇよ。アイツは見た目に反して一途な所があるからな」

「お前しか見てないって?知ってるわ、このリア充が!」

騒ぐ森山を小堀がまぁまぁと宥めるのをいつものことと眺めながらのんびりと食事を続けた。
口では何だかんだいいながらも森山も小堀も付き合いが良い。

あらかた昼食を食べ終えた頃、まずどこ行こうかと話し合っている最中に、テーブルの上に出して置いてあった笠松の携帯電話が震え出す。

「わりぃ、ちょっと待ってくれ」

片手で掴みフラップを開けば、またもや他校の、今度はその相棒と呼ばれる黒髪の後輩からメールが送られてきていた。




◇◆◇




「これで良し、っと。お疲れ真ちゃん!」

途中まで迎えに来た火神の後ろを歩きながら、高尾は弄っていたスマホをカバンの中にしまいこみ、隣でむすっとした顔のままの緑間の背中をバシバシと叩いた。

「叩くな、高尾。痛いのだよ」

「えー、これでも労ってんだよ」

軽い態度で接してくる高尾が、これ以上緑間が気を使わなくて良いようにわざとふざけていることぐらい、緑間は気付いている。そう自然に心安い空気を作られる。だからか時折、緑間の口からは素直に言葉が零れ落ちる。

「正直、助かったのだよ」

「んー?何が?」

にぱっと笑って首を傾げた高尾に緑間は眼鏡の下でゆるりと瞳を細めて、口許に淡く弧を描いた。それはほんの瞬きの間に消えてしまったけれど。

「いや、何でもないのだよ。…それで何故俺がアイツに勉強を教える話になっているのだよ?」

アイツと、前を行く火神の背中を見て緑間は高尾に視線を移す。
緑間に送られてきたメールにはラッキーアイテム入手の件に加え、黄瀬が今火神の所に遊びに来ているから一緒に遊ぼうぜという誘い文句が綴られていた。
だが何故か、待ち合わせに指定された場所に来てみれば緑間が火神に勉強を教える話に摺り変わっていた。

「もう、細かいことは気にしないの!火神の家に遊びに行くのに変わりはないっしょ」

「む、細かくなどないのだよ」

「ほらほら、早く行かないとおいてかれちゃうよ」

「おいっ、高尾…!」

後ろに回った高尾がぐいぐいと緑間の背中を押してくる。結局のところ緑間も何だかんだと溢しながら友人には甘く、火神が一人暮らしをしているマンションへと足を踏み入れていた。



ただいまーと玄関扉を開けながら火神が言えば、中から聞き慣れた声が返ってくる。

「火神っち、おかえりー。高尾くんと緑間っちはお久し振りっスね !」

パタパタと中から姿を現したのは赤司達が目下捜索中の黄瀬本人だ。

「おぅ、ただいま」

「黄瀬くん、久し振りー」

「お前は相変わらず…元気そうだな」

お邪魔しますと靴を脱いで玄関を上がり、一人暮らしにしては広すぎる室内に高尾と黄瀬がわいわいと盛り上がる。その会話に時折火神が口を挟む。

「…ふむ」

その様子では、どうやら黄瀬は自分が捜されていることすら知らなそうだった。部外者である高尾でさえ、緑間から話の触りを聞いただけで、気付いたというのに。

「ところで黄瀬」

「ん?なんスか緑間っち?」

「スマホはどうしたのだよ?持ち歩いていないのか?」

当たり前だが唐突な質問に、後ろを振り向いた黄瀬はきょとりと瞼を瞬かせ、質問の意味を理解するとあぁ…と苦笑混じりに唇を開いた。

「昨日の夜から充電しっぱなしにして家に忘れて来ちゃったんスよ。緑間っち、俺に何か用だった?」

「遊びの誘いがお前からではなく、高尾からのメールだったので少し気になっただけなのだよ」

「はは…なんスか、それ。緑間っち、高尾くんと学校もクラスも部活も一緒で仲良しなんだから高尾くんからのメールなんて珍しくないっしょ?」

「むしろ逆だ。一緒にいるからこそあまりメールをする必要がないのだよ。それに…こういう時はいつもお前がメールを送ってくるからな、少し違和感を覚えただけなのだよ」

中学の頃、キセキの皆を遊びに誘うのは主に黄瀬と桃井だった。今ではそれが逆転してしまい、表面上では無関心だった赤司や黒子、面倒臭がりの青峰が主体となって黄瀬を遊びに連れ出そうと躍起になっている。
おかしなことだなと、薄く笑った緑間の耳に黄瀬の羨ましそうな声が届く。

「いいなぁ高尾くん。緑間っちとずっと一緒とか。俺もずっと笠松センパイと一緒にいられたらなぁ」

「なぁに言ってんの黄瀬くん!笠松さんと同じ学校で、一緒にプレイまでして。黄瀬くんこそ俺には羨ましすぎるぜ」

「…誰だって隣の芝は青く見えるものなのだよ」

「はぁ?シバって緑だろ?青いシバなんかあるのか?」

「ぶはっ…火神、…確かに、そりゃそうだけど…っ!」

「か、火神っち、そういうコトワザがあるんスよ!」

惚けたことを言う火神と簡単に笑いのツボにハマった高尾、慌てて説明する黄瀬に緑間はマイペースにも、そういえば火神は帰国子女だったなと思い出した。



数学の教科書とノートが広げられたリビングに緑間と高尾は通され、テーブルの上を片付け始めた黄瀬に、対面式になっているキッチンに入った火神から声が飛ぶ。

「黄瀬ー、お前、先に昼飯食ってても良いって言ったろ?」

「ん〜、そうっスけど…高尾くん達も来るし、どうせなら皆で一緒に食べた方が美味しいじゃないっスか」

「えっ、火神、俺達の分もあるの?」

一人掛けのソファに腰を落ち着けた高尾が瞳を輝かせる。緑間は耳だけを傾け、黄瀬が片付け始めた教科書を横から一冊ひょぃと掠め取る。

「わっ、緑間っち」

「仕方がないから見てやるのだよ」

ぱらぱらと教科書を捲り始めた緑間に、素直じゃないなぁと黄瀬は頬を緩めて火神から教えられたテスト範囲を告げる。
それを横目に高尾はソファから立ち上がりキッチンカウンターに向かう。

「そんな期待されても、ただのカレーとサラダだぞ」

「いやいや、あるだけで十分っしょ」

高尾が覗いたカウンターの中で火神はサラダを盛りつけていた。それが終わると冷蔵庫の中から福神漬けとらっきょうを取り出す。

「サラダ、先に運ぼうか?」

「悪い、それじゃ頼む」

台拭きとサラダの盛られた四つのボウル、フォークをプラスチックのトレイに乗せ、高尾がリビングのテーブルに運ぶ。

「はいは〜い、真ちゃん、黄瀬くん。ご飯の時間だからそこまでにして」

教科書から顔を上げた黄瀬に高尾はほいっと台拭きを手渡す。台拭きを受け取って、黄瀬がテーブルを拭いた後に高尾がサラダボウルとフォークを人数分テーブルの上に下ろした。

「俺も手伝うっスよ」

トレイを手にまた戻っていった高尾を追って黄瀬が立ち上がる。緑間はちらりと二人の背中を見て、教科書を閉じ、ソファに座ったままその場で待つことにした。

テーブルの上にはメインのカレー。副菜のサラダ。福神漬けとらっきょうは小皿に入れて、テーブルの真ん中。最後に冷水をコップに注いで火神が席に付く。
各々右手にスプーンやフォーク持って、揃って「いただきます」と昼食を食べ始めた。

「ん、美味いじゃん火神」

「…普通に美味しいのだよ」

「何で緑間っち、ちょっと悔しそうなんスか」

「いいって、黄瀬。つまりは美味しいってことなんだろ?そりゃ良かった。福神漬けとらっきょうも好きなだけ食ってくれよな」

褒められて火神はにかりと笑い、緑間の反応にもおうような態度をみせた。

「火神ー、悪いんだけどさドレッシングじゃなくてマヨネーズ貰える?」

「おぅ、今持ってくる」

サラダにドレッシングをかけ、フォークを手にした黄瀬がカレーを食べる手を止めた高尾に聞き返す。

「高尾くんはマヨネーズ派っスか?」

「うんにゃ、その時の気分に寄りけり。真ちゃんはそのままかドレッシング派だし。黄瀬くんもドレッシング派?」

「そっスね。マヨネーズってドレッシングと比べて結構カロリー高いんスよね。それを考えるとドレッシングに…って、別にその分消費すれば問題ないんスよ」

「あー、そっか。黄瀬くんモデルだもんな。食べ物の制限とか色々あるの?」

「事務所からこうしろ、あぁしろとかはないっスけど、一応自分で気を付けてるんス」

マヨネーズを片手に戻ってきた火神が、何の話だと首を傾げ、話に加わる。緑間は食事中、あまり口を開かないタイプなのか三人の会話をカレーを食べながら聞いていた。





お腹も満たされ眠気が生じる。だが四人は睡魔の誘惑に負けずに本題へと取りかかる。

「高尾くん達が来る前に数学はちょっと俺が教えてあげてたっス」

「残りは壊滅的そうな現国と、英語…?お前、仮にも帰国子女なのだろう?」

英語のノートを開き、緑間がうろん気な眼差しで火神を見やる。

「き、帰国子女だからって出来る出来ないは別だろ!それにこの英語とか普通会話に使わないだろっ!」

「う〜ん…火神って実践で覚えるタイプか。こりゃ教える方も苦労しそうだな」

現国が壊滅的そうなのは、皆言われずとも分かっていた。普段の火神の言動を見ていれば誰もが思うことだった。

開いた英語のノートを片手に緑間が眼鏡のブリッジを指先で押し上げる。苦手な勉強を目の前にすでに逃げ腰になっている火神を真っ直ぐに捉え、緑間は容赦ない宣告を下す。

「俺が教えてやるのだから、赤点などとったら許さないのだよ」

「ひ…っ」

「そんなビビるなって。ようは赤点とらないように頑張れってことだよ」

「大丈夫っスよ。緑間っちは確かにスパルタっすけど、出来ないことは言わないっス!」

これは俺の経験からっスと黄瀬と高尾に背中を押され、ここに緑間先生による火神の為の勉強会が始まった。




◇◆◇




「なぁ笠松ー。アイツら、いつまで俺達の後を付いてくるつもりなんだ?」

俺だったら野郎の後をずっと付けるなんてごめんだと森山が新作のバッシュを片手に眺めつつ、隣に立って携帯電話を弄っている笠松に訊く。

「さぁ?俺が知るかよ」

「でも森山、男でも女でも後をずっと付けたりしたらストーカーだからやめような」

ちょうど切れていた冷却スプレーを買おうと小堀が商品を片手に笠松達の元に戻ってくる。

「あと予備にテーピングも買っておくか」

「あぁ、あれな。黄瀬の奴、俺達に隠してるみたいだけどあんまり膝の調子良くないんだろ」

戻ってきた小堀に笠松が携帯電話をポケットにしまいながら呟けば、バッシュを元の棚に戻した森山が頷いて言った。

「じゃぁ、ついでに救急箱の中身も補充しておこう?この間、早川がリバウンド取り損ねて盛大に転んだ時にマキロンが少ないなって思ったんだよ」

「あれなぁ、痛そうだったよなー」

「リング下にいた奴を避けたから尚更、変な転け方したんだろ」

「そういえば中村も珍しく突き指とかしてたよね」

売り場を移動しながら必要な物を手に取る。森山が途中でカゴを持ってくると二人から離れて、笠松と小堀はその場で立ち止まり森山が戻ってくるのを待った。

「何か俺達普通に部の買い出しに来たみたいだね」

苦笑して言う小堀に笠松も似たような表情を浮かべて肩を竦める。

「バスケが俺らの生活の一部になってるんだ。しょうがねぇんじゃねぇの」

「ははは…確かに、そうだね」

しょうがないねと小堀は苦笑を笑顔に変えた。
そして森山が持ってきたカゴの中に部活の備品を入れて、部費として請求出来るようにレジで領収証を切ってもらった。




「ねぇ、赤ちん。本当にアイツら黄瀬ちんと会うの?」

マジバで昼食を食べた後、こそこそとずっと笠松達の後を追っている赤司達の背中に紫原が声をかける。
それに黒子が振り返り、帰りたそうにしている紫原の姿に眉を寄せた。

「赤司くんの揺さぶりの結果、彼らは僕達の思惑通りに集まったじゃないですか」

「だからそれで?いつ黄瀬ちんが出てくるの?」

「それは…」

「なんだ敦、言いたいことがあるのならば言え」

赤司も紫原を振り返り、オッドアイの双眸で紫原を見据える。言葉に詰まった黒子から赤司に視線を移し、紫原はじゃぁ言うけどさ…と言葉を吐き出した。

「何で黄瀬ちんにそんなに構うの?黄瀬ちんにだって都合があるでしょ」

「…何を言ってるんだ、敦」

「そうですよ。黄瀬くんはよく僕達と遊びたがって…」

「でもそれって中学の時の話でしょ?黄瀬ちんも俺達ももう中学生じゃねぇし、学校だって違う」

紫原は高校生になって新しい環境の中、新しく人間関係を築いてきた。そうして陽泉という場所が今では紫原の居る場所になっていた。
ならば黄瀬にも、黄瀬が居るべき居場所があるのではないか。
皆一緒だった中学生の時とはもう違うのだと、秋田へと離れた紫原には分かっていた。

「赤ちんだって本当は分かってるんじゃないの?」

そこまでバカじゃないでしょと、紫原は赤司をジッと見つめ返した。
深く考え込み始めた赤司に代わり、黒子が反論しようとして紫原に遮られる。

「…って、あれ?峰ちんは?」

きょろきょろと周囲を見回した紫原と黒子の視界に青峰と笠松達の姿は入らなかった。




「…っんだよ、アンタは!いきなり現れて、離せよ!」

青峰は後ろ襟首を掴まれて、ずるずると笠松達のいる場所から引き離される。
一見して細身の身体のどこにそんな力があるというのか。
青峰はじたばたと抵抗を続ける。

「おい、見失っちまうだろうがっ!」

「はぁ…。こっちだって誰が好き好んで休みの日にまでこんな所まで来て、こんなことしてると思うとるん?」

相手は独特のイントネーションで溜め息混じりの言葉を落とす。

「しゃぁないやん、桐皇のエースが不祥事でウインターカップ出場停止になんかなったら目も当てられねぇよな?なんて、おど…言われたら動かないわけにはいかへんやろ」

あーぁ、嫌な借りが出来てもうたわと今吉はぶつくさと呟く。

「ワシが貸すのはええねんけど…借りは作りたないわぁ。ほんま、ユキちゃんときたらえげつないわー」

「おいっ、だから、人の話聞けよ!今吉さん!」

「そないなこと今のお前に言われとぉないわ。どうせ性懲りもなく黄瀬くんの後付け回しとるんやろ?」

わざわざ藪をつついて蛇を出すような真似はやめい。

「あそこ〈海常〉は一筋縄じゃいかん。敵に回すようなことはやめい。返り討ちに合うのが関の山やで」

桐皇の強みが個々のプレイの巧みさなら、海常の強みは結束力だ。さすがに青峰一人では頭の切れる海常三年組には到底敵うまい。バスケならともかく。

「ふざけんな!やってみなきゃわかんねぇだろうが!」

今吉の言葉にますますいきり立つ青峰に今吉は疲れたように息を吐いた。

「アホ。今、ワシに捕まっとる時点でお前の負けや」



背後から感じる視線が無くなり、何やら騒がしい声も次第に遠ざかって行く。
買い物を済ませ、店を出て歩いていた森山と小堀はそのことに気付き、涼しい顔をしたまま隣を歩く笠松の横顔をちらりと見た。

「お前、何かしたな」

「笠松、何かした?」

同じことを二人から同時に聞かれた笠松は素知らぬ振りで答える。

「ちょうど今吉が神奈川に来てるっていうから、挨拶がてら連絡しただけだ」

他に洛山には知り合いはいないし、陽泉は遠いだろ。誠凛の日向にはそれとなく『透明少年が犯罪行為すれすれの事をしているぞ』とはメールで一応知らせておいた。

そんなメールを受け取った側の慌て振りを想像して、森山と小堀は心の中でご愁傷さまですと合掌をした。
基本的に懐の広い笠松だが、自分のお気に入りが害された時などはとことん容赦がない。特に恋人である黄瀬に関しては尚更だ。

「お前って妙に人脈広いよな」

「そういえば大会の会場とか他校との練習試合の時とかよく他校生と話してるよね」

「そうか?普通だと思うぜ」

「でもあんま知らない奴と話してるとうちの連中が妬くから程々にしてやれよ」

次は目についたゲームセンターに冷やかしがてら足を踏み入れる。
森山の台詞に笠松は首を傾げる。

「うちの連中って…」

「決まってんだろ。キャプテン大好きな後輩組だよ」

「はぁ?」

「笠松は気付いてないだろうけど、たまに黄瀬と早川が知らない人と話す笠松のことちらちら見てるんだよ」

森山ならず小堀にまでも言われて笠松はそうなのかとすとんと納得する。

「おっ、新商品入ってる。てかこれ、なんか黄瀬に似てね?」

ゲームセンターを入って直ぐの所に新商品とポップの貼られたクレーンゲームが置いてあった。その前で立ち止まった森山の隣で笠松と小堀も足を止める。

「う〜ん、似てるか?確かに色は黄色いけど。こいつ犬…いや、狐か?」

「これって確かあれだよね。フォッコとか言ったっけ?」

何だそれという森山と笠松の視線に小堀はうろ覚えながら、下の兄弟達が見ているアニメの名前とクレーンゲームの中に景品として置かれているぬいぐるみのキャラクター名を教える。ちなみに決め台詞は○○○○ゲットだぜ!だ。

「ふぅん、あの青いのケロマツっていうんだ?」

水色のカエル。首回りにもこもことした白いファーみたいなものを巻いている。

「…だから何だよ森山」

「よっし!アイツを取って黄瀬にやろう。笠松はフォッコな。小堀はあの茶色いの」

「ハリマロン?俺が取るの?」

黄緑色の丸い頭にはトゲがあり、背中も緑色。体は茶色のまるっこいぬいぐるみだ。

「黄瀬にはともかくとして、フォッコとハリマロン?そんなの取ってどうすんだ」

森山に突っ込む笠松を、小堀は黄瀬にはいいんだと温かい目でみる。
すると森山は考えてもみろよと、財布の中の小銭を確認しながら言った。

「ケロ松一匹だけじゃ寂しいだろ。だからフォッ瀬と早マロンを…」

「ちょっと待て!何か名前おかしくないか!?」

「あぁ…森山、上手いこと言うなぁ。笠松に黄瀬に早川か」

「だろ?だからコイツら一人一個ゲットな」

「どこが、だからなんだ」

「まぁまぁ笠松。黄瀬のプレゼントにでも取ってあげたら」

「………取れるかどうかわかんねぇぞ」

渋々と言いながら笠松もポケットから財布を取り出していた。










「それで結局、緑間っちと火神っちが喧嘩しちゃってー」

翌日の学校。
放課後の練習も終わりいつも通り、最後まで自主練をしていたレギュラーメンバーが部室で帰り支度を始める。主に黄瀬がぺらぺらと昨日のことを笠松に話ながら着替えていた。

ロッカーを開けたまま制服に着替えていた笠松はガサリと手に当たった袋の感触に、あっと声を上げる。朝持ってきたまま突っ込んで、これの存在を忘れていた。

「笠松センパイ?どうかしたんスか?」

「あー、いや。森山、小堀!お前らもう渡したのか?」

ロッカーの前で振り向いて言った笠松に森山と小堀もバスケに熱中し過ぎて忘れていたのか、笠松同様あっと声を漏らして、ガサガサとロッカーの中から袋を取り出した。

その様子を不思議そうに黄瀬と早川、中村が眺める。森山は早川に、小堀は中村に、笠松もロッカーから袋を取り出すと隣に立つ黄瀬にその袋を差し出した。

「昨日、森山と小堀と出掛けてゲーセンで取ったんだ。お前にやるよ」

「えっ、それは嬉しいっスけど。…ずるいっス、センパイ!俺も一緒に遊びたかったっス!」

「分かった、分かった。とりあえず、ほら」

差し出された袋を受け取り、袋の口を開けて黄瀬は中身を取り出す。
中から出てきたのは青いカエルのぬいぐるみ。森山が取ると意気込んでいたケロマツだった。
更に中には黄色い狐、フォッコのぬいぐるみ。
そして早川と中村の手には何故かハリマロンが二匹。

「おぇ、こぇ知ってぅっす!」

「ありがとうございます…?」

貰ったぬいぐるみに早川は声を上げ、中村は微妙そうな顔で小堀にお礼を言う。
黄瀬の手の中にあるケロマツを見て、森山が昨日の事を思い出して悔しがる。

「あとちょっとで取れたんだ!」

「あとちょっとって粘りすぎだろお前。幾ら使ってんと思ってんだ」

「うるさい!さらっと取りやがって笠松のバカ!」

「でも森山だってちゃんと取れただろ」

あまりにも森山が粘るのと、金の無駄遣いを避ける為にケロマツは最終的に笠松が落とした。それだけだとあまりにも森山が可哀想だからと、取りやすそうなハリマロンをもう一匹取ることにした。それが手元にハリマロンが二匹いる理由だった。
何と無く事情を察した後輩達は先輩達がくれたこのぬいぐるみを大切にしようと心を一つにした瞬間でもあった。

「俺もこのキャラ見たことあるっスね。名前は確か…」

「黄瀬が持ってるのがケロ松とフォッ瀬 。早川と中村のが早マロンだ」

「ん?そんな名前でしたっけ?」

立ち直りが早い森山の台詞に中村が首を傾げる。

「あぇ、確かケォマツにフォッ…」

「うちのはそうなの!ってことで、大事にしろよ!」

正解を思い出した早川の言葉を遮って森山がパンパンと手を叩き、話を終わらせる。
手の中にあるケロマツを見て、黄瀬はうむうむと森山の言い方に納得したように頷いた。

「つまりこれはケロ松センパイってことっスね!」

「あ?」

「ふふっ…」

ぬいぐるみを手ににこにこと嬉しそうに笑う黄瀬に、笠松はネクタイを結びながら首を傾げる。

「そんなに気に入ったか?」

「はい、大切にするっス!」

そこまで喜ばれて悪い気はしない。
口許を綻ばせた笠松は、ふにゃりと笑う黄瀬の頭に自然と右手を伸ばしていた。

「次は一緒に遊びに行こうな」

くしゃりと優しく頭を撫でる手に黄瀬は瞳を輝かせ、元気に頷く。

「っス!…センパイとデートするっス!」

「おぅ。何処か行きたい所あったら言えよ」

ふわふわと漂い出した甘い空気に慣れている森山達は二人のことをスルーして、帰りにコンビニに寄ろうと、何買おうかという話で盛り上がる。
最後に笠松が部室の鍵を締め、六人はぞろぞろと部室を後にする。
やがて賑やかな話し声はコンビニの中へと吸い込まれるように消えて行った。



その日より黄瀬の部屋には、青いぬいぐるみと黄色いぬいぐるみが仲良く寄り添うように並べて置かれている。



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