うちの人(笠黄)


※付き合ってる前提笠黄
※黄瀬と緑間、紫原除くキセキざまぁ系
※うちの子設定



ざわざわと賑わう雑踏。
都内のスタジオでの雑誌撮影が予定より早く終わった黄瀬はこの後どうしようかと考えながら街中をぶらついていた。
なるべく目立たぬように帽子と伊達眼鏡を着用し、鞄を肩から斜め掛けにして歩きながらうむむと暫し考え込む。

今から神奈川に帰って笠松に会いに行こうか。
今日の海常バスケ部は休養日となっており、ナンパに行こうと誘っていた森山に対し笠松は絶対にいかねぇと断固拒否の姿勢を貫いていた。それを小堀は困ったように見守り、中村に至っては涼しい顔をしてスルー。そんな中村に早川が遊びに行こうと誘いをかけていた。
そしてそのどれもに黄瀬は誘われたが、モデルの仕事が入っていたので泣く泣くセンパイ方の誘いを断っていた。

でも、きっと…笠松はもちろんのこと今からセンパイ方に「仕事が思ったより早く終わったんで一緒に遊びたいっス!」と電話なりメールなりすれば、優しい海常のセンパイ方は自分のことを途中参加でもその輪の中に喜んで入れてくれるだろう。
お疲れ様と労られ、大丈夫なのかと心配され、無理はするなよと肩を叩かれる。頭をくしゃくしゃと撫でられて、遊ぶぞと笑って輪の中に突き飛ばされるかもしれない。

過去に自分だけが親しいと思っていた人達とはまったく違う反応の仕方で。
来るなら最初から来いよなと、来たんですか、遅いよーと眉をしかめられたり、さぁ行こうかとあたり前のように話を進められたりはしない。溜め息を吐かれ、あまり無理をするものではないのだよと肩をポンと叩かれることはあるけれど。

「う〜ん…」

それとも一度都内にある実家に顔を出しに行くべきか。
日曜だから両親も、もしかしたら姉二人も家にいるかもしれない。
どちらにしようかと迷いながらカバンの中に右手を突っ込み手探りでスマホを探す。すぐにコツリと指先にぶつかった滑らかな触感に、スマホを掴んで取り出す。

「ん?これじゃないや」

手にしたスマホは求めていた、海常を表すような鮮やかなコバルトブルーではなく、仕事用のシンプルなホワイトのスマホだった。
道の端によって一旦足を止め、カバンの口を開いて中を覗き込む。中にはミネラルウォーターが一本と手帳に財布、キーホルダーが付いたマンションの鍵、リップに鏡、日焼け止めが入ったポーチにハンカチ、ポケットティッシュに通学用の定期。

「あれ…おっかしいなー」

その中に求めるものの姿が見当たらない。
どこやったんだと首を傾げ、最後に触ったのはいつだっけと思い返す。
そう…、昨夜…、眠る前。笠松におやすみのメールを送って、返信が来て、それから。スマホの充電が減っていたから、枕元の充電器にセットして。いつもより早く鳴ったスマホのアラームを止めて起きた。それから、それから…。カバンに入れた記憶がない。むしろ充電器から外した記憶がなかった。

「あー、どうりで。家に忘れたのか」

とりあえずどこかで落としたとかじゃなくて良かったと、ほっと安堵の息を吐いていると、 不意に側から親しげに声をかけられた。

「あれ…?お前、黄瀬じゃねぇか」

ふっと沈んでいた意識を浮上させ、きょろきょろと顔を動かして声の主を探せば、ちょうど並びの店から出てきた所なのか、片手に買い物袋を提げた火神がすぐ側に立っていた。

「火神っち!久し振りっスね」

その姿を目に止めて黄瀬はぱっと笑顔を浮かべる。

「おぉ、久し振り。でもあんま久し振りって感じしねぇな。ちょくちょくメールしてるからか?」

「あー…言われてみるとそうっスね」

以前笠松と黄瀬が休日にデートをしていた折り、偶然海常レギュラー陣が集まり自然とストバスへと話が流れた。その時に何故か火神と緑間 、高尾が合流してきて一緒にストバスをしたのだ。その時に二人は互いにメールアドレスを交換し合っていて、メールをちょくちょくするような仲になっていた。
メールの中身はそれこそ男子高校生らしく下らないものからバスケの話まで色々と。そうしている間に黄瀬と火神はいわゆるメル友になっていた。
また、そこに便乗して火神と黄瀬、笠松以外の(笠松のアドレスはGET済み)海常レギュラー陣とも高尾はアドレスを交換していた。緑間もまた半ば無理矢理高尾に引きずり込まれる形でアドレス帳に登録名を増やしていたりする。

「そういや近い内こっちに来るってメールで言ってたな。もしかして仕事か?」

「そうっス。でももう終わったんで、これからどうしようかなぁって考えてたとこっス」

「…てことはこの後、暇なんだな?それなら家に遊びに来るか?面白いもんなんてなんもねぇけど」

前に家に行ってみたいって言ってただろ?と、火神は覚えていた約束をさらりと口にして黄瀬を自宅に誘ってきた。
それは久しく友達の家に誘われて遊びに行くということが無くなった黄瀬にとってわくわくとした好奇心を刺激するものだった。
伊達眼鏡の下で琥珀色の瞳を煌めかせ黄瀬は声を上げる 。

「行ってみたいっス!あ…でも、火神っち。予定は大丈夫なんスか?」

火神が右手に提げている袋を見て聞き返せば、火神はガサリと袋を持ち上げてからりと笑った。

「これか?大丈夫だ。ちょっと食料品買いに来ただけだから」

「火神っち一人暮らしっスもんね」

「おぅ。てか、お前もだろ?普段は学校と部活だから買いに行ける時に買っておかねぇと」

「それちょっと分かるっス。あんまり日保ちしないものとか困るっスよねー」

「まったくだぜ。特に肉なんかはなぁ。冷凍しときゃそれなりに持つけどよ」

じゃ行こうぜと火神に促されて止まっていた足を動かす。
火神の隣に並んだ黄瀬はほとんど変わらない身長差に、主婦のような会話を火神と交わしながらその新鮮さにそっと口端を緩めた。
この目線に一番近いのは小堀センパイかなと胸の中で呟き、向かう先の友達の家にわくわくと心踊らせた。友達の家に遊びに行くのは中学二年の時に緑間の家に行って以来だ。





そうして案内されて向かった先に建っていたマンションは単身者用のマンションではなく、家族向けらしくその敷地内に小さな公園が併設されていた。休日の昼間らしく幼稚園生から小学生までぐらいの子供達が砂場やブランコ、滑り台といった公園の遊具で遊んでいる。中にはぎゃぁぎゃぁと走り回り、鬼ごっこか何かをして遊んでいる。
その様子を保護者は木の影に設置されているベンチに座って見守っていたり、母親同士話に花を咲かせ盛り上がっている姿が見受けられた。

「賑やかっスねー」

「まぁな。…でも本当は俺、一人暮らしする予定じゃなかったんだよなぁ」

エントランスを抜け、エレベーターに乗り込み階数ボタンを押しながら火神がぼやくように溢した。
そうなんスか?と瞼を瞬かせた黄瀬に目線を移して火神は一つ頷く。

「親父と住む予定だったんだ」

「あ、それで家族向けのマンションなんスね」

「そ。だけど親父は仕事の都合でどうしてもアメリカに残らなきゃなんなくなって、俺だけ日本に帰国したんだ」

振動も静かにエレベーターは上昇を始め、火神は肩を竦める。

「ふぅん。俺は都内の実家からだと通学が大変だからってのもあるっスけど、社会勉強の一環として一人暮らししてみるのも有りかなって」

「へぇ…お前、意外と偉いんだな」

「意外は余計っスよ」

軽口を叩き合っている内に浮遊感がなくなり、エレベーターが停止する。滑らかに扉が開き、先に降りた火神の後を追って黄瀬もエレベーターを降りた。角部屋となる扉の前で火神が足を止めたのに倣い黄瀬も足を止め、ちらりと扉の横に出された表札に目を向けた。
表札はローマ字でKAGAMIと綴られていた。

「よく先輩達が来るけど、部屋はそんなに散らかってねぇと思うから…」

鍵を開けて火神は玄関扉を開けながら言う。

「大丈夫っスよ。散らかってても誰にも言ったりしないっス!それに急に来たのは俺の方っスから」

「何言ってんだよ。それを言うなら誘ったのは俺の方だろ」

靴を脱いで玄関を上がった火神は後ろを振り返り、ま、上がれよと黄瀬を歓迎した。
先に買ってきた食料品を冷蔵庫にしまってくると火神は黄瀬をリビングに通して、リビングと対面式になっているキッチンカウンターの中に入っていく。

始めて訪れた火神の家はほんの少し殺風景で、見たところテレビやレコーダー、ソファにテーブル、マガジンラックと必要最低限の家具にバスケのDVDや雑誌、ボールにバッシュと見事にバスケ用品しかなかった。
まさに火神の趣味を表すような室内の様子に苦笑を浮かべ、テーブルの片隅に申し訳程度に積まれた教科書とノートを発見する。

「もしかして火神っち、勉強してたんスか?」

リビングのソファに腰を落ち着けた黄瀬は鞄を下ろしながら、キッチンカウンターの中で袋をがさがさとやっている火神の方へ顔を向ける。

「あ?あー…、ちょっとだけな。もう止めたけど」

「テストでもあるんスか?」

食料品を冷蔵庫に片付け終えた火神は棚からコップを二つ取り出して水で濯ぐと、冷蔵庫に半端に残っていたリンゴジュースをコップに注ぐ。空になったペットボトルをシンクに置いて、コップを持ってキッチンカウンターから出る。
片方を黄瀬に手渡し、もう片方を手に持ったまま火神は一人掛けのソファに座った。

「明日、実力テストがあるんだよ」

嫌そうに眉を寄せた火神は何だか顔色を悪くして唸るように答える。

「しかも返却されたら見せに来いってカントクが…」

「誠凛のカントクって確か、あの女の先輩っスよね?」

それだけで何故こんなにも顔色を悪くするんだろうと黄瀬は不思議に思って首を傾げた。
手渡されたジュースをありがたく一口飲む。

「お前は知らないだろうけどな、カントク、怒るとマジ怖いんだぜ。テストで赤点なんかとったら今度こそ殺される」

「大袈裟っスよ火神っちー」

ひらひらと手を振りそんな冗談と笑った黄瀬に対して火神は真剣な表情を崩さなかった。

「……っえ、マジなんスか?」

「マジだ。流石に小テストとかはねぇけど、中間とか期末とかで赤点とると放課後に補習組まれて部活に参加出来なくなんだよ。だから、赤点とろうものならカントクに絞められる」

普段からテストってつくものには気を付けるようにって、カントクが目を光らせてる。

「はー…それは大変っスね。うちはスポーツに力を入れてる学校っスからあんま煩くは言われないっスけど、それなりに点数はとっとけってセンパイ達には言われてるっス」

「お前って勉強出来るのか?」

聞く人によってはとても失礼な言い方に、向けられた眼差しの中に純粋な疑問しか浮かんでいなかったので黄瀬は素直に言葉を紡ぐ。

「そこそこっス。テスト前になるとセンパイ達が見てくれて。でも、中学の時よりは良くなったっスよ」

そこまで言って黄瀬はふと首を傾げる。
火神は何で一人で勉強をしているのだろうか?

「火神っちは黒子っちとか誠凛の先輩方に勉強見てもらわないんスか?」

一人じゃ限界だと思ったら周りを頼ればいい。お前に頼られて嫌な顔をする奴はうちにはいねぇよ、と。
テスト勉強をしていた時に笠松から言 われた言葉が頭の中を過る。

不思議そうに首を傾げた黄瀬に火神は少し躊躇った後、後頭部をがりがりと掻いて口を開いた。

「実力テストがあんのは一年だけなんだ。だから先輩方には関係ねぇっつうか…迷惑?かけたくねぇんだよ」

それと黒子に頼んだら今日は無理だって。何か用事があるらしくてよ。
他にフリ…降旗とか同じ一年もやっぱ自分のことで手一杯でさ。
それで頑張って一人で慣れないテスト勉強をしていたのだと火神は話した。

「う〜ん…それって、どの辺が出るとか範囲決まってるんスよね?」

「ん、あぁ…」

コップをテーブルの上に置いて、火神はテーブルの端に積み上げていた数学の教科書を手にとると頁の端が折られた箇所を開き、ここからここまでと数頁捲って言った。
他にも現国と英語、三教科の教科書を開き火神は現国がさっぱり分からねぇと難しい顔をして唸った。

「…数学なら少しは教えられるかもしれないっス」

使う公式とか覚えちゃえば何とかなるっスよ。

「本当かっ!」

「でも後は…」

中学よりは勉強が出来るようになったとはいえ、得意科目以外は教える自信があまりない。

「いや、数学だけでも教えてくれると助かる!」

ぱぁっと光明が見えたように表情を明るくさせた火神に黄瀬は擽ったい気持ちを覚える。
普段自分はセンパイ方に頼ることはあっても中々頼られるという経験はない。
だからこそだろうか、困ってる友達を何とかしてあげたい気持ちになった。…そこでふと閃く。

「友達…そうだ、火神っち!この前高尾くんも火神っちの家に遊びに行きたいって言ってたっスよね」

「え、あぁ…そういや言ってたな」

でもそれがどうしたと、首を傾げる火神に黄瀬は閃いた考えを伝える。

「高尾くんに手伝ってもらうのはどうっスか?秀徳は進学校だし、高尾くんを誘えばもれなく緑間っちもついて来ると思うっスけど」

「緑間って頭良いのか?」

「緑間っちは頭良いっスよー。ただ来れるかどうか、急な話だから分からないっスけどね。連絡するだけしてみないっスか?」

緑間の名前のあたりで火神は嫌そうに眉間に皺を寄せたが、最終的には頷き返した。
苦手にしている緑間よりも余程誠凛の女カントクが怖いらしい。




◇◆◇




所変わってその緑間は朝から何回目になるか分からない溜め息を溢していた。
目線の先には閑静な住宅街。生け垣に囲まれた二階建ての住宅の前に黄色を除いたカラフルな目立つ頭が四つ見える。
そこから意識的に目を離し頭上を見上げれば、緑間の気持ちとは裏腹に清々しいほど気持ちの良い青空が広がっていた。

「はぁ……」

ピンポーンと黒子が本日三件目になる家のインターフォンを押す音が聞こえる。
暫くして応答があったのか今度は赤司がインターフォンの前に立った。

「突然の訪問申し訳ありません。僕は洛山高校の赤司 征十郎と申します。笠松 幸男さんはご在宅でしょうか?」

インターフォン越しに二言、三言やりとりがされた後、玄関の扉がゆっくりと開かれる。
中から面倒臭そうに顔を出したのは赤司が先に口にした名前の持ち主笠松 幸男本人だった。
笠松はちらりと玄関の外に並んだカラフルな頭を見るなり面倒臭そうな顔にプラスして嫌そうに眉間の皺を深くした。

「遠路はるばる京都くんだりから神奈川にまで赤司が俺に何の用だ?」

無駄口を嫌うかのように先を制して笠松が口を開く。
その皮肉混じりな物言いに赤司はぴくりと肩を震わせたものの、流石に本日三度目となると落ち着いた態度での対応をみせた。

「笠松さんは涼太の家をご存じですか?」

相手は違うもののこれまた三度目になるやりとりに疲れつつ、ふと先の二件で会った、赤司をものともせずに追い払った怖いもの知らずな先輩方を緑間は脳裏に思い起こした。

「お前さ、常識って奴を勉強してこいよ。あ、でももう遅いか」と、早朝に訪ねたせいか、涼やかに笑って言ったのは海常高校バスケ部5番の森山 由孝で。
「ストーカー行為は良くないよ。自分は違うって、最近そう言う犯罪者って多いんだよね」と、まるで赤司達を犯罪者予備軍のようにやんわりとした笑顔を浮かべて指摘してきたのは海常高校バスケ部8番の小堀 浩志だった。
果たして目の前の笠松は赤司の言葉を聞いて何と答えるのか。その点に関してだけはほんの少し興味が沸いて耳を傾ける。

「は?何でそんなこと俺に聞くんだ?黄瀬に直接聞けばいいだろ」

当然だが笠松は訝し気な視線を返してきて、赤司の質問をばっさりと切り捨てた。

「ったく何事かと思えば…、用件がそれだけなら俺は知らねぇぞ」

そう付け足して笠松はさっさと踵を返そうとした。けれどもそのあしらうような態度にカチンと頭に血を昇らせた人間が笠松に食ってかかる。

「っ、待てよ!アンタらが黄瀬を隠してんのは分かってんだよ!俺らが誘ってやってもアイツが出て来ねぇのはアンタらが邪魔してるからじゃねぇのか!」

元より青峰はこの場にいる人間の中で一番気が短い。先の二件での芳しくない結果に募った苛立ちがとうとう爆発したようだった。

「アンタらが無理矢理黄瀬を引き留めてんだろ!じゃなきゃアイツが俺らの集まりに顔出さないわけがねぇ!」

「はっ…俺らが黄瀬を隠してる?」

踵を返しかけた足が止まり、赤司から噛みついてくる青峰に、鋭く細められた笠松の視線が移る。嘲るように歪められた唇から低い声が漏れる。

「お前ら…俺達が黄瀬を匿うような真似しねぇといけねぇようなことでもしでかしたのか?」

「してねぇよ、ンなこと!それよりアンタらがっ」

「そうです。青峰くんならともかく、心外です」

「テツ!てめぇ…!」

「抑えろ青峰。敦」

「は〜い、峰ちん、暴れないでね」

即答した青峰に続き、それまで沈黙を保っていた黒子が淡々と切り返す。

「それに黄瀬くんに聞こうにも、その本人と連絡がとれないんです。笠松さんは本当に黄瀬くんの家を知らないんですか?」

赤司とはまた違った意味で目力のある色素の薄い水色の瞳がジッと笠松を見つめる。けれど笠松は見返すことで、その妙な力のある視線をはね除け、きっぱりと断言した。

「知らねぇな。黄瀬も一応芸能人のくくりに入るからな。そういう個人情報の管理は人一倍厳しいんだろ。まぁうちの監督なら確実に知ってるだろうけど」

「そう、ですか…」

納得したのかは分からないが黒子は笠松から視線を外した。
確かに笠松は嘘を吐いているようには見えなかった。が、相手は全国屈指の好ポイントガードだ。疑いは捨てきれない。
無表情で悩む黒子は予想だにしないだろう。緑間だけはその言葉の真偽が分かっていた。

笠松はたぶん嘘をついてはいない。
笠松は黄瀬が一人暮らしをしているマンションは知っているのだろうが、都内にある黄瀬の家は知らないのだろう。
わざと質問の意図を取り違えて笠松は真実を口にしている。

「では最後に、部活は今日休みなんですよね?涼太は今日、何処かに出掛けるとか言っていましたか?もしくは誰かと」

暴れだしそうになっている青峰を紫原に捕まえさせた赤司が確認をとるように重ねて笠松に質問をする。

「さぁ、………どうだったかな?」

顎に指を添え、思い出すように間を作って笠松は首を傾げた。

「………そうですか。分かりました。突然お邪魔してすみませんでした」

「おいっ、ふざけんな赤司!どう見てもコイツ、何か知ってんだろっ」

「もー、峰ちん。痛いから暴れないでよ」

「だったら離せ紫原!」

「えーっ、そしたら赤ちんに俺が怒られるじゃん」

行くぞと、笠松に背を向けた赤司に倣い黒子が後に続く。青峰は紫原に引き摺られ、緑間は再び溜め息を落とす。
見送っているつもりはないのだろうがまだ玄関先に立っていた笠松に向けて緑間は軽く頭を下げた。

「ご迷惑をお掛けしました」

ペコッと頭を下げた緑間に笠松は僅かに驚いたようだったが、いや、と緩く首を横に振って逆に苦笑を浮かべた。

「お前も大変そうだな」

少し前に似たような状況に緑間が陥っていたことを笠松は知っていた。あの時はマジバで、今日の様に黄瀬と連絡がとれないと黄瀬を捜すキセキの連中と、他に高尾と火神も彼らに巻き込まれていた。
黄瀬本人を目の前にすると辛辣な態度ばかりをとるくせに、何故か緑間と紫原を除いたキセキの連中は黄瀬に構いたがる節がある。その態度を黄瀬がどう受け止めているか、何を感じているか、知りもせずに。

黄瀬は中学三年の頃から赤司達の気紛れで構われ、放置され、振り回されるようになっていた。友達とは対等であり、互いに尊重しあうものであって罷り間違っても一方的に振り回したり、自分の都合の良い時にだけ呼び出して構うものではない。

背を向けた赤司達を鋭い眼差しで見つめる笠松に緑間は声をひそめて話し掛ける。

「あの、それで黄瀬は…」

「あぁ…朝早くから都内で仕事だって言ってたぜ」

つまりどれだけ捜しても神奈川に黄瀬はいない。
それを聞いて緑間は僅かに表情を緩めた。
そして聞きたいことは聞いたと、赤司達に怪しまれないようにお礼を言ってさっさと立ち去ろうとした。その背中にポツリと落とされた笠松の声が届く。

「この間もそうだったが、お前は黄瀬を捜したりしねぇのな。むしろ放っておいてる感じか」

「ああ見えて黄瀬はしっかりしていますし、自分の居場所ぐらい自分で選べる人間です。構って欲しくなったら放っておいても向こうから勝手にやってきます」

付かず離れず緑間は黄瀬と対等に友人関係を築けていると思っている。
なにより持論である人事を尽くしていれば、そうそう悪い方向には転がらないはずだ。今までがそれを証明しているし、それはこれからも変わらない事実だと緑間は信じていた。

「…ただ、赤司達はそうは思っていないようですが。赤司達の中での黄瀬はいつまで経ってもキセキの中の末っ子、自分達が構ってやらなければならない存在。――そんなはずあるわけがないのだよ」

今度こそ話を切り上げ、笠松の前から立ち去った緑間は素知らぬ顔で紫原の後に付く。
その際ちらりと紫原が視線を向けてきたが、紫原は何も言わずにまた前へと視線を戻した。

「おい、赤司!何で帰るんだよっ!アイツ、ぜってぇ黄瀬の居場所知ってるぞ!」

「峰ちん、うるさい」

青峰の抗議の声を無視しながら先頭を歩いていた赤司が笠松家から少し離れた路地で不意にぴたりと足を止める。

「赤司くん?」

すぐ後ろを歩いていた黒子の声にゆるりと後ろを振り返った赤司は一同を見据えると、笑えない冗談を口にした。

「尾行するぞ」

「は?誰を…?」

それに喚いていた青峰が間抜けな声を出す。

「あぁ、なるほど。笠松さんが黄瀬くんにコンタクトをとるかもしれないということですか」

「大輝の言う通り、涼太を僕達から遠ざけているのは彼等だろう。何の権利があって彼等がそんな真似をしているのか理解に苦しむが。これだけ揺さぶりをかけたんだ、そろそろ動いて然るべきだろう」

「かはっ、ちげぇねぇ。アイツは俺等のだ」

それを言うのなら、こちらにも黄瀬を拘束する権利などまったくないのだよ。
キセキの世代だから?
元チームメイトだから?
その権利がこちらにあるとでも?
そう瞬間的に思えども緑間は口を挟まなかった。余計に事態がややこしくなりかねない。

「はぁ…まったく、馬鹿馬鹿しいのだよ」

だがこの時、緑間も予想出来ない答えが一つだけ存在していた。
それは黄瀬が深く心寄せる恋人、笠松には束縛されても良いと思っていることだった。故に笠松には黄瀬を拘束してもいい権利が発生していた。

「ねぇ、赤ちん。遊ばないなら俺帰りたい」

「もうちょっとだけ待て敦。遊ぶのは涼太と合流してからだ」

こそこそと、本気で尾行などするつもりなのか、元来た道をこっそりと戻り、笠松家が見える路地の角から頭を出して黒子・赤司・青峰の三人は笠松家の様子を窺い出す。
赤司の待てに紫原だけは不満そうに「え〜」とぼやいていた。
その横で気持ちは分かると緑間もテーピングを施した指先で眼鏡のブリッジを押し上げ、幾度めになるか分からない深い溜め息を落とした。
珍しく鬼畜ではなかった本日のラッキーアイテムである携帯電話をソッとズボンの上から撫で――急にぶるぶると震えだした携帯電話に驚く。

「っ!?」

「みどちん?」

慌ててズボンのポケットから携帯電話を取り出せば、メールの受信を知らせるランプがチカチカと点滅していた。

「こんな時に誰なのだよ」

パチンとフラップを開いて差出人を確認すれば、差出人の欄には見慣れた高尾 和成という名前。
高尾にはこの間の二の舞にならぬよう今日のことは前以て話をしていたはずだが。何の用だと、本文へ目を通した緑間の耳へ赤司の声が飛び込んでくる。

「やはり出てきたな」

「追いかけましょう」

「ンなまどろっこしいことしねぇで、吐かせちまえばいいじゃねぇか」

どうやら様子見を開始そうそう笠松が家から出て来たらしかった。
さっそくその後を着けようとしている赤司達の背中に、携帯電話を畳んだ緑間は抑揚の無い声音で声をかける。

「悪いが赤司、急用が出来た」

「それは今じゃないとダメなことなのか」

声をかけられた赤司は目線で黒子に笠松から目を放さぬように伝え、緑間を鋭い視線で振り向く。ぶつかった鋭いオッドアイの眼差しに緑間は常と変わらぬ表情のまま淡々と頷く。

「高尾から明日のラッキーアイテムが手に入ったと今メールが来たのだよ。明日の朝、俺の手元に置いて置く為には今でないと高尾の都合がつかないのだよ」

「……それは仕方ないな」

緑間がラッキーアイテムを入手出来ないと命にかかわると、中学時代に経験していた赤司は苦い表情をみせながら渋々と緑間が抜けることを許した。

「すまない、赤司」

謝罪の言葉を口にして緑間はちらりと横目で紫原を見る。

「みどちん帰るの〜?」

紫原を一人この中に残していくことに躊躇いはあったが、紫原も本気で嫌になったら自分でどうにか出来る人間だ。

「あぁ…」

「ふぅん。じゃぁ、ばいば〜い」

紫原にひらひらと手を振られ、赤司達と別れた緑間は神奈川から離れる前に一通のメールを作成して、登録してから初めて使うアドレスへメールを送信した。


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