一通のメール(笠黄)


※うちの子設定
※付き合ってる前提笠黄



ヴーヴーと静かにポケットの中で振動し始めた携帯電話に気付き、小堀は隣を歩いていた森山に断りを入れてから携帯電話を取り出した。
誰だろうと、家族か友達か部活関係かと首を傾げながら携帯電話を開く。
家族には今日森山と遊びに行くとは言ってあるし、もしかしたら小学生の妹や弟からの何かお願いごとか、はたまた母さんからの買い物の頼みか。
短い振動でメールだと分かっていた小堀は、メールボックスを開いてあれ?と声を出した。

「ん?どうした小堀?急用か?」

小堀と一緒に足を止めていた森山は女の子が通り過ぎる度にあの子可愛いと呟いていたが、小堀の声を聞くなり真面目な顔をして小堀へと視線を戻す。

「う〜ん、急用と言えば急用かな。…メール、黄瀬からだ」

「黄瀬?」

直ぐ様きらきらとした眩しい黄色い頭を持った部活の後輩の姿が頭の中に思い浮かび、同時に森山は首を傾げた。

「黄瀬の奴、今日仕事だって言ってなかったか?」

笠松センパイと映画観に行く約束してたのに、急に仕事入れられた〜って昨日の部活帰りに嘆いてなかったか。

「それに笠松じゃなくてお前にメールしてくるのも珍しいな」

黄瀬からのメールがないわけじゃないが、その殆どは笠松行きで時々そこに森山や小堀、中村や早川と親しいレギュラー陣に黄瀬のメールは送られてくる。
森山の言葉に小堀は困ったように眉を寄せ、表示された携帯の画面を森山に見せた。

「多分、宛先を間違えたんだと思う。黄瀬は笠松に送ったつもりなんじゃないかな?」

表示された文面に目を通した森山も、そうみたいだなと同意して、至急笠松に送ってやった方がいいと真剣な眼差しになった。
書かれていた文面は、仕事が思ったより早く終わったということと、これから会えないかという至ってシンプルな内容だった。
普通であればそれが何?となる所だが、森山と小堀は逆にそのシンプル過ぎるメールが要注意だと笠松に聞かされ知っていた。
普段の黄瀬のメールは絵文字や顔文字入りでやたらと華やかだ。

「何かあったのかな?」

「メール送ったらちょっと笠松に電話してみるか」

黄瀬から届いたメールを小堀が笠松に転送にして、少し時間を空けてから森山が笠松に電話をかける。
小堀のメールに続き、森山からの電話に笠松も異変を感じとってくれたのかそう待つことなく電話に出てくれた。








黄瀬との約束 がキャンセルになった笠松は一人で出掛ける気にもならず、朝から家でだらだらと過ごしていた。
父親は金曜日から仕事の関係で出張してしまっているし、母親は町内会の旅行だとかで今朝出掛けて行ってしまった。
笠松は誰もいないキッチンに立ち、昼飯は簡単に焼そばを作って食べた。
片付けを済ませてからは自室に戻り、まだ挑戦していなかった新譜をファイルから取り出してピックを片手にギターを弄っていた。

ベッドに背中を預け、胡座をかいた足の上にギターを乗せて引き寄せたローテーブルの上には新譜が広がる。その新譜の上にシャーペンと消しゴム。邪魔にならぬようテーブルの端に携帯電話が置かれていた。
その携帯電話が振動してテーブルを揺らしたことで笠松は着信に気付き、ピックを持っていた右手を弦の上から下ろした。弦を押さえていた左手も離し、ギターを胡座をかいた足の上に置く。
手を伸ばして振動の止まった携帯電話を手に取り、パチリと携帯の画面を開けばメールの着信を知らせていた。

「小堀から…?」

受信したメールの宛名を見て笠松は首を傾げて、開いたメールの中身にすっと双眸を細める。
小堀から送られたメールは転送されたもので、中身は黄瀬からのメールだった。
黄瀬から受けて直ぐ転送されてきたメールの表示はまだ数分と経っていないことを告げている。きっと宛先間違いに気付いた小堀が気を利かせてこちらに送ってきてくれたのだろう。
笠松は小堀に感謝しつつメールではなく電話をすぐさま黄瀬にかけた。

仕事が終わったというなら電話の方が確実に連絡がとれるし、相手の声も聞くことが出来る。迷わず押した発信に笠松は携帯電話を耳に添えた。
一、二、三とコール音を数えた位で呼び出し音が途切れ、相手の声が鼓膜を揺らす。

『…もしもし』

高すぎず低すぎない、静かで落ち着いた声。
笠松は電話口に意識を傾けながら広げていた新譜を片手で片付け始める。

「涼太…今、何処にいる?」

二人きりの時だけに使う呼び方で名前を呼んで、出来るだけ柔らかな口調で話を聞く。
耳を澄ませば駅らしいアナウスが途切れ途切れに遠くで聞こえた。

『幸男センパイ…?』

「仕事、終わったんだろ?お疲れさん」

『はい』

「もうこっち戻って来てんなら、お前ん家で会おうぜ。今から向かうからお前は家に帰ってろ」

ファイルに戻した新譜から手を離し、足の上に置いていたギターを退ける。
一拍間を開けてからおずおずと声が返ってきた。

『…いいんスか?センパイ、ゆっくりしてたんじゃないんスか?』

「良いんだよ。俺がお前に会いてぇの。――何か文句あんのか?」

甘やかすような声で言ってやれば黄瀬は息を飲んだような吐息を漏らし、小さな声でないっスと言う。だから笠松は通話口に向かって、殊更柔らかい口調で囁いた。

「よし…、良い子で待ってろよ」

『〜〜っ、なんスかそれ、もう!俺、ちっちゃい子供じゃないっス!っそれに…耳元で囁くのは卑怯っスよ』

「卑怯って、携帯電話なんだからしょうがねぇだろ」

若干上向いた声音に笠松はクッと笑いを溢し、黄瀬との通話を終わらせると急いで出掛ける仕度を整えた。…とはいえ家の鍵と財布と携帯電話を持つだけで出掛ける仕度は直ぐに終わる。
あとは家の中の戸締まりをして、玄関に向かった所でポケットに突っ込んだ携帯電話が震え出した。

「こんな時に誰だ…って、森山か」

電話の着信を告げる表示に笠松は靴を履きながら通話ボタンを押す。

「はい、もしもし」

『あ、笠松?小堀からのメール見たか?』

「あぁ…お前小堀と一緒にいるのか。小堀に礼言っといてくれ」

靴を履いて玄関を出る。
外は明るくまだ陽は高い所にある。
片手で携帯電話を持ち、空いているもう片手で玄関の鍵をかける。

『それはいいけど、ってそうじゃなくてだな』

「分かってる。黄瀬のことだろ?今からアイツん家行って会って来る」

『おう、そうしてやれ。何があったか知らないけど、お前が行けば黄瀬も喜ぶだろ』

確りと鍵が掛かったことを確認して笠松は背を向けた。

「心配かけて悪いな」

『何言ってんだよ、うちの子のことだろ?それにそこは謝るところじゃない』

うちの子と言うつい先日耳にしたフレーズに笠松はそうだなと小さく口許を緩めて森山へと返す。

「さんきゅ、森山」

『あぁ。それから…』

森山と少し話しをしてから通話を切った笠松は携帯電話をポケットに突っ込むと、軽く準備運動をしてから走り始めた。








もう何度も訪れたことのあるマンションのエントランスで僅かに上がっていた呼吸を整えインターホンを押せば、言われた通りに真っ直ぐ家に帰っていた黄瀬が機械越しに応答した。
中からの操作で自動ドアを開けてもらい、エレベータに乗り込んだ笠松は走ってきた事で乱れた身形をざっと整える。

ここまで走って来た何てアイツが知ったら余計気にするだろうからな。

目的の階で止まったエレベータから降り笠松はゆっくり廊下を歩いて黄瀬の部屋の前で足を止めた。
扉横に設置されたインターホンを鳴らせば、そう待つことなく内側から扉が開かれる。
そこからきらきらと明るい黄色い頭が出てきて笠松の姿を視界に捉えるとどこかホッとしたように気の抜けた笑顔が笠松を出迎えた。

「幸男センパイ、いらっしゃいっス。上がって下さい」

扉を押さえたまま道を開けた黄瀬に笠松はお邪魔しますと言って、擦れ違い様に黄瀬の頭をくしゃりと優しくひと撫でしながら部屋に上がった。
優しく撫でられた頭に黄瀬は扉を閉めながら指先で触れて、笠松の後ろ姿を見つめて敵わないなぁとへにゃりと嬉し気に表情を崩した。

「今、何か飲み物でも…」

「いい。いらねぇ」

リビングのソファに座った笠松に飲み物を取りに行こうとした黄瀬は腕を掴まれ引き留められる。そしてそのまま腕を引かれて黄瀬は笠松の隣に座らされた。

「センパイ…?」

「ん…」

引き寄せた手が肩に回り、笠松に凭れかかるように抱き締められる。
抱き締めた手とは反対の手が黄瀬の頭をぽんぽんと軽く叩き、さらさらと優しく髪を梳かれた。

「……センパイ」

約束をキャンセルしておきながら、いきなり会えないかとメールをして、黄瀬は自分の我が儘で笠松を振り回している自覚はあった。なのに笠松は文句を言うどころか、こうして自分に会いに来てくれて、無理に話を聞き出そうともせず側にいて、静かにそのぬくもりを分けてくれる。
以前自分の周りにいた知り合い達とは違う。黄瀬の話を聞き流したり、無視したりするわけでもなく笠松は黄瀬が自ら話したくなったらいつでも聞いてやるという態度で、何も言わずに黄瀬を甘やかしにきた。

ふわふわと静かに心を包む温かなぬくもり。
笠松と出会い、笠松と付き合い出す前の自分じゃ知らなかったことばかり与えられている。
優しいその感触に黄瀬はふにゃりと頬を緩めて、笠松の肩に頭を擦り寄せた。

「そんな…たいしたことじゃないんスけどね。今日、撮影の時にちょっと…」

「…ん」

ポツリ、ポツリと口を開いた黄瀬は急遽入れられた今日の仕事の話をし始めた。

まず先に笠松と映画を観に行く約束をしたことから、本来なら黄瀬は今日丸一日オフの予定だった。
それがキャンセルになった原因は、黄瀬が今しがたこなしてきた何だかのキャンペーンの撮影の本来のモデルが我が儘言い放題で、撮影が難しくなったからというものだった。

「だったら始めから別の奴に依頼すりゃ良かったんじゃねぇの」

「そうなんスけど。性格はともかく今、売れっ子モデルでスポンサーが決めたんスよ」

雑誌を見ただけじゃ性格までは分からない。
スポンサーもまさかの我が儘っ子振りに呆れ果てて、代打で黄瀬が呼ばれた。

「元から俺も撮影の候補には上がってたみたいっスけど、部活に集中したいって言って仕事減らしてたんでそこは別に気にしてないんス」

幸男センパイとの映画デートが無くなったことはめちゃくちゃ気にしてたんスけどね。
ぷぅと頬を膨らませた黄瀬の頭をぽんぽんと叩いて笠松はゆるりと笑う。

「無くなったわけじゃねぇよ。ちょっと延期になっただけだ」

「…っス」

嬉しそうにぐりぐりと頭を押し付けてきた黄瀬の頭を撫でて、笠松は静かに話の続きを聞く。

「撮影はまぁ…順調に終わったんス」

「ん…お疲れ」

ちょっと落ちた声に、笠松は左肩に凭れかかる黄瀬の髪に唇を寄せて黄色い頭の天辺にちょんと口付ける。押し当てられた唇の感触に気付いたのかパッと笠松の肩から黄瀬は顔を上げて、少し不満そうに薄く赤く色付いた顔で笠松を見つめた。

「それで?」

話を促しながら笠松は黄瀬に手を伸ばす。
薄く色付いた頬を両手でそっと包み、鼻先へと唇で触れて、不満そうにヘの字を描いた唇を掠める。

「それで…撮影が終わってから起用される筈だった我が儘モデルが来たんス」

歳は俺より四つ上とかで、格好良いというよりは綺麗めな容姿で。

「…俺からしたらそんな奴より、黙ってる時の森山センパイの方が断然モテると思ったっスけどね」

「ふぅん。顔面偏差値は森山より下か」

それが今更来て何の用だと、以前撮影に手こずらされたスタッフ達はあまり良い顔をしなかった。かくいう黄瀬はその我が儘モデルとは今日が初対面であった。
それにも関わらず、撮影は黄瀬を起用して終了したとカメラマンに聞かされた我が儘モデルは、自分の所業を棚に上げて仕事を盗られたと黄瀬に言いがかりを付けてきた。

「ちょっと顔が良いからって、いい気になるなよ!この仕事だって本来俺が指名されたものだ!お前なんか始めからお呼びじゃないんだよ!それを図々しくお前が…」

ぐちぐちと続く自己本位の嫌みを黄瀬は早く終わらないかと澄ました表情のまま聞き流す。周囲にいたスタッフ達も呆れた様子で言い掛かりをつけているモデルを眺め、黄瀬を援護しようとしたスタッフには黄瀬が目で制した。
ここで誰かが黄瀬を援護することは火に油を注ぐようなものだ。

一瞬反れた意識に相手も気付いたのか、更に眦を吊り上げて怒鳴った。

「そもそもお前みたいに遊び感覚でモデルやってる奴は迷惑なんだよ!辞めちまえ!」

「はぁ…?なんスかそれ。聞き捨てならないっスね。誰が、いつ、遊びでやってるって?」

澄ました顔に表情が浮かぶ。
琥珀色の双眸はスッと鋭く細められ、喉の奥から出された声は限りなく低い。
元から顔が整っているせいか静かに怒りを湛えた黄瀬は相手に強く畏怖を与えた。

「それはアンタの方だろ。今頃来て挨拶も謝罪もない。俺より年上の癖に常識もないんスか」

「ぐっ…」

「仕事を盗られたっていうけど、俺が呼び出されるような事をしたのはアンタの方っスよ」

ピンと一瞬でその場の空気を支配した黄瀬に相手は顔色を悪くしながらも、それでも負けじと食って掛かる。

「っ、うるさい!…お、お前が、片手間にモデルやってること知ってるんだからな!部活だか何だか知らないけど、そっちに集中したいからって仕事減らしてんだろ!」

「…アンタには関係ないことだ」

「さぞ、部活の連中も迷惑してるだろうな!モデルも部活もどっちつかずで、片手間にやられちゃ堪ったもんじゃないよな!」

「だからって、アンタに言われる筋合いはねぇんだよ」

鋭く研ぎ澄まされた琥珀色の冷え冷えとした瞳が敵とみなした相手を射竦める。

「――っ」

はくはくと口を開き顔を蒼ざめさせたモデルに向けて黄瀬は冷笑を浮かべた。

「それで実際俺がアンタに何か迷惑かけた?…かけてねぇよな。逆はともかくとして」

その場の空気を支配した黄瀬は押し黙ったモデルを視界の中から外すと、いつの間にやら固唾を飲んでこちらを見守っていたカメラマンやスタッフ達にいつも通りの人懐こい笑みを浮かべて挨拶をし、マネージャーと軽く話をしてから現場を引き上げてきた。



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