02


それから数日が過ぎ、とうとう月の満ちる日がやって来た。

朝からざわざわと自分の内側で蠢く力に、今日は頑張るぞと気合いを入れて黄瀬は自室から出た。

「涼太。念の為これも持って行きなさい」

朝練の為にいつも早く家を出る黄瀬に、珍しく早起きをしたらしい涼華が出掛けに声を掛けてくる。

「おはよ、姉ちゃん。早いね」

それでなんスか?と、右手を差し出してくる涼華に黄瀬も右手を差し出す。
その掌の上にころりと銀色のリングが落とされた。

「念の為にね。今日、告白するんでしょ?万が一力が制御出来なくなってピアスが壊れたりしたら代わりにこの指輪を填めなさい」

「…ありがとっス」

「涼乃も私も応援してるから頑張ってきなさい」

受け取った銀色の指輪をポケットにしまい、黄瀬はいってきますと家を出た。
いつも通りに朝練をこなし、午前中は普通に授業を受け、昼休みになり黄瀬は笠松の元へと向かう。

「センパーイ!今日も一緒に食べていいっスか?」

「……好きにしろ」

今日も三年の教室で一緒にお昼を…、と思ったら何だか笠松の様子が少しおかしかった。

「お邪魔するっス」

笠松の隣に座りながら、黄瀬は森山と小堀に目を向ける。すると森山は肩を竦め、小堀は首を横に振った。ので、黄瀬は思いきって笠松に聞いてみた。

「なんかあったんスかセンパイ」

「別に何もねぇよ」

弁当箱を開け、箸を出しながら笠松は言う。黄瀬も今日は弁当箱持参で、包みを開けながら言い返してみた。

「何もってわりにはテンション低いし、不機嫌そうじゃないっスか」

朝練の時は普通だったっスよね。
黄瀬の言葉に笠松はちらりと黄瀬を見て、すぐにまた視線を弁当箱に落とした。

「別に不機嫌でもねぇし、その内戻るから気にすんな。あと俺、お前みたいに毎日テンション高くねぇから」

「なんスかそれ。俺だって毎日テンション高いわけじゃないっスよ」

心外だと文句を言う黄瀬と笠松のやりとりを眺めながら、森山は箸で卵焼きを摘まむ。

「笠松ってたまーにこんな感じになる日あるよな」

「うん。部活中はそうでもないのに何でだろうね」

結局昼休みはあまり笠松に構ってもらえず、黄瀬はどこかしょんぼりとした様子で三年の教室を後にした。






放課後、部活が始まってからも笠松の不機嫌そうな様子は治っていなかった。むしろ余計に酷くなった様な気がして黄瀬はちらりと周囲を見回す。
するといつもの倍は聞こえる黄色い声。入部当初と同じぐらいのギャラリーが体育館には集まっていた。

「これは、やばいっスかね…」

陽が落ちる時間に近付くにつれ、増幅して制御しきれなくなった魅了の力がじわじわと周囲へ影響を与え始めている。
満月になる日に部活に参加するのは実は今日が初めてだったりする。いつもは何かと理由をつけて休んでいた。
森山はいつも以上に集まったギャラリーに喜んでいたが、笠松はそれと比例するように不機嫌さが増していくようだった。

女子が苦手な笠松からしたら拷問に等しいだろう。

「ううっ…やばいっス。これじゃ告白どころじゃなくなっちゃうっスよ」

はらはらしながら黄瀬が何とか部活を終えたのは七時前で、その頃にはギャラリーも解散していて黄瀬は少しほっとした。
そして、笠松へと声をかけようとして黄瀬は慌てた。

「センパイ!今日は自主練しないんスか?」

やっと二人きりになれると思った矢先、笠松は手にしていたボールを片付け始めていた。
声をかけられた笠松は一瞬黄瀬を振り返り、あぁと言葉すくなに頷き返す。

「じゃ、じゃぁ俺も一緒に帰るっス!」

「はぁ?自主練したいならお前はしてけよ」

「いえっ、今日は俺も帰るっス!センパイ、一緒に帰りましょ!…話したいこともあるんスよ」

黄瀬はこの機会を逃すまいと必死に言い募った。
笠松は良いとも何ともいえない顔をしたが、今日しかないと黄瀬は半ば強引に押し切った。

汗まみれのTシャツから制服へと着替え、念入りに自分の格好をチェックした黄瀬はエナメルのバックを肩に掛けて笠松と一緒に部室を出る。
当たり前だが外はもう薄暗く、月明かりが地面へと影を落としていた。

笠松と並んで校門を出た黄瀬は、綺麗な満月だと空に浮かぶ月にぼんやりと意識を引き摺られそうになって慌てて我に返って首を横に振る。
これじゃいけないと、センパイと、笠松に呼び掛けようとした黄瀬は偶然こちらを見上げて来た笠松と視線がぶつかりその瞬間…ぞくりと得体の知れぬ感覚に囚われた。

「――っ」

「黄瀬」

「…なん、スか?」

呼び掛けて笠松はふいと視線を前に戻し、黄瀬はそんな笠松の横顔を見つめて何とか平静を装い口を開く。

今のは何だと黄瀬は身体を襲った感覚に戸惑いを覚える。まだ力は自分のコントロール下にあって暴走はしていない。

「何じゃねぇよ、話があるって言ったのはお前だろ」

「あ、あー…そうっスね。でもその前にコンビニにでも寄ってかないっスか?」

「……悪ぃけど、今日は早く帰りてぇんだ」

「センパイ、体調でも悪いんスか?昼休みからずっと元気ないっスよね」

隣を歩く笠松の顔色は普段と何も変わりはないが、眉間に皺を寄せ、どこか難しい顔をした笠松はいつもより近付き難い空気を醸し出していた。

「そう思うなら早く帰らせろ」

案に早く話を済ませろとせっつかれて、黄瀬は雰囲気も何もあったもんじゃないとちょっとだけ落ち込んだ。
それでも秘めた決意は変わらない。

「すぐ済むんで、ちょっとだけ場所移動してもらってもいいっスか?」

「ぁあ?」

告白といえばこんな道端じゃなくて、あまり人目につかなそうなとこで。
おまけに力を解放しても迷惑にならなそうな場所で。
帰り道にある公園に笠松を連れてきた黄瀬はどきどきと逸る鼓動を押さえて徐々に力を解放していった。

「――センパイ」

そして、ぎゅっと眉を寄せた笠松と向き合い、黄瀬は真剣な眼差しで笠松を見つめる。

「俺…」

とろりと琥珀色の双眸が甘い蜂蜜のように潤み、内側から競り上がってくる力に黄瀬の声音に熱が混じる。

「嘘や冗談なんかじゃなく本気で、笠松センパイ…あなたのことが好きです」

たっぷりと想いを込めて紡いだ言葉に力が宿って周囲へと広がる。

「……っ」

ぶわりと広がった甘い濃密な香りに、黄瀬自身でさえ意識を強く持たなければ呑み込まれそうになる。
左耳に付けたピアスが力に反応して、ゆらゆらと小さく小刻みに揺れる。

「俺と…付き合って下さいっ!」

「――っ」

ジッと見つめた先で笠松が息を飲む。
これでもかからないかと黄瀬はありったけの力を込めた。

「せんぱい…」

すると笠松はびくりと肩を揺らし、黄瀬から視線を外すと僅かに後ずさった。黄瀬から距離をとった笠松はらしくない掠れた声で返事を返してきた。

「…お前のことは嫌いじゃねぇ。けど…、悪いがお前とは付き合えない」

「っ…」

黄瀬とて振られる可能性も考えなかったわけじゃない。ここまでした黄瀬の力が効かなかったことには驚いたが、それでもその返事はないだろと黄瀬は唇を震わせた。

「…酷いっス、センパイ。嫌いじゃないって返事は、卑怯っスよ」

諦める気はさらさらないが、諦めきれなくなるような返事。

「俺とはって、センパイ…他に好きな人いるんスか?」

「……そんなの、いねぇよ」

視線を外したきり、笠松は黄瀬と視線を合わせようとしない。

「なら…、嫌いじゃないなら、まだ好きになる可能性もあ…」

「お前はっ!俺にとって…可愛い後輩…以上でも以下でもねぇよ」

遮るように黄瀬の希望を折って笠松は話を終わらせようとした。
それに気付いた黄瀬は嫌だと笠松に手を伸ばす。

「センパイっ!それが本当ならちゃんと俺の目を見て言っ…」

伸ばした指先が笠松の腕に触れる。
その瞬間、黄瀬が左耳に付けていたリングピアスがパキリと音を立てて砕け散った。

「あ…っ――!?」

「っさわるな!」

同時に指先にビリッとした痺れが走り、そこから這い上がってきたゾクリとするような甘い衝動に背筋を震わせ、黄瀬は自身の力の箍が外れたのを感じた。

笠松に弾かれた手を、胸が痛いと黄瀬はぼんやりと見つめる。

「せん…ぱい…」

「――っ、悪い。でも、今の俺には触るな」

「何でっスか?俺のこと本当は嫌いなんスか?」

「…嫌いじゃねぇって言ってるだろ」

「だったらなんでっ!」

じくじくと痛み出した胸に泣きそうになって、笠松の言葉を無視して黄瀬は飛び付いた。今度は弾かれないように両手を笠松の背中に回し、逃げられないように抱き締めた。

「っ、ばか!止めろ!離れろ黄瀬!」

「嫌っス!俺はこんなにセンパイが好きなのにっ」

力の作用か笠松に触れただけで黄瀬の身体は甘い熱を帯びてくる。
離れろと拒絶する声さえ遠くに聞こえるような感じになって、黄瀬は頭の片隅でこれはダメだと小さく自分を叱咤した。

「離れろ、黄瀬っ!これ以上は…っ」

「すきなんス…せんぱい…」

力に呑まれて笠松に酷いことをしてしまう前にと黄瀬はポケットの中にしまっていた指輪の存在を何とか思い出す。
ぴくりと動いた指先が、笠松から離れようとして…

「もっ…このっ、馬鹿野郎が!」

逆に笠松から強く抱き締められた。
そうと認識が追い付く前に頭の側に寄せられた唇がどこか余裕無さげに掠れた声で黄瀬の名前を呼んだ。

「きせ…っ」

直接耳に吹き込まれたその声音にぞくぞくと肌が粟立たって黄瀬は堪らず笠松にしがみつく。
何が起こったのか腹の底からぞわぞわと沸き上がってくる衝動に、知らず黄瀬の吐息は乱れ始める。

「っ…はっ…ぁ、…なん…な…」

「黄瀬…」

そっといつの間にか後頭部に添えられていた笠松の手が黄瀬の頭を優しく撫でてきて、戸惑った黄瀬は促されるようにして顔を上げる。それを待っていたかのように黄瀬は噛み付くように唇を塞がれた。

「ん…っ…!?んっ、ン…っ…せん…ぱ…ッ!」

蜂蜜色の瞳が驚きで見開かれる。
付き合えないと、離れろと言ったその唇が。驚きで緩んだ唇の隙間からぬるりと舌が入り込む。

「ん…ぁ…せ…ん…ぱっ…」

忍び込んだ舌先が上顎を擽り、びっくりして奥に引っ込んだ黄瀬の舌を絡めとる。触れ合った舌先がびりびりと痺れて妙な熱が生まれてくる。

「はっ…は…ぁ…ン…」

頭がくらくらとして黄瀬の身体から力が抜けていく。
瞼を伏せた笠松がどんなつもりでキスをしてきてるのかとか、回転の鈍くなった 頭じゃ何も考えられない。
けど理由なんかどうでもいいやと、黄瀬はしっかりと後頭部を押さえて深められる口付けに自分からも応えていった。

「んっ…ん…」

くちゅくちゅと絡まる水音に黄瀬は頬を上気させ、気持ち良さげに瞳を細める。はむはむと軽く舌を食まれ、鼻から抜けるような甘い吐息が零れ落ちる。
蕩けるような蜂蜜色の瞳は、未だ閉ざされている薄墨色の瞳に見つめられたいとジッと笠松を見つめ続ける。

「ん…ふっ、ぁ…て…ッ――!」

そんなちょっと意識が反れた時にがじりと黄瀬は笠松に舌先を噛まれた。
甘噛みではなくピリッと舌に走った痛みに、黄瀬は涙目で笠松を睨み付ける。

「…黄瀬」

しかしそこで黄瀬は再び目を見開いた。
ふっと笑った笠松の瞼がゆっくりと持ち上がり、現れたのは燃えるように赤い紅玉の双眸。

「え…っ…?」

ぽかんと口を開けた黄瀬の舌に滲んだ赤をずるりと吸いとって、笠松は唾液で濡れた唇をぺろりと舌先で拭った。
それから無防備になった黄瀬の首筋に顔を寄せ、笠松は鼻先を押し付ける。

「…セン…パイ?」

「ん、お前が悪いんだぜ。ヒトがせっかく我慢してたのに。…毎日、美味そうな匂いを撒き散らして、俺の理性を試してんのか」

くんっと匂いを嗅がれて首筋をべろりと舐められる。

「ひゃっ…!?…っ」

舐められた箇所からじわりと熱が生まれて、黄瀬は小さく身体を震わせる。

「お前、ヒトの中では一番美味そうなんだよ。好きだからかもしんねぇけど」

「っ、…センパイ、…アンタ、まさか、人間じゃない?」

自分という魔女がいるのだから他に何かいても不思議はない。
薄墨色から紅玉へと変化していた瞳を思い浮かべて黄瀬は震える声で訊いた。
その質問に笠松はクッと喉を震わせると黄瀬の首筋を鋭く尖った犬歯で甘噛みして、熱の隠った声で答えを返す。

「お前にしちゃ正解だ。…驚かねぇんだな黄瀬」

喋りながらもあぐあぐと首筋を甘噛みしてくる笠松に黄瀬はびくびくと肩を震わせて吐息を溢す。

「んっ…じゅーぶん、驚いてるっスよ…それよりも。は…っ、ソレ…やめっ…」

噛むのを止めて欲しい。
噛まれた皮膚の下がじくじくと疼いて、熱で昂って過敏になった身体には毒すぎる。

「このまま喰っちまいてぇ」

「ひ…っ…ぁ…待っ…!」

ここにきて分かった。
笠松に力が効かなかったわけじゃない。
笠松は黄瀬の力を捩じ伏せるだけの精神力と理性を持ち合わせていただけだ。
それが今、箍の外れた黄瀬の力で吹き飛んだ。

「せんぱ…っ…、俺のポケット…」

「あ?」

かくりと、とうとう足から力が抜け膝を折った黄瀬の身体を笠松の腕が支える。
話を聞いてくれる余裕はまだあるのか黄瀬は笠松に現状打破の為、荒い息を吐きながら頼み事をした。

「っ…ゆびわ…、俺の…指に…」

それだけで言いたいことを察してくれた笠松は黄瀬のポケットから銀の指輪を見つけると取り出し、ひとまず黄瀬をその場に座らせる。
正面に膝をついた笠松は無言で黄瀬の左手をとると自然な流れで薬指にその指輪を填めた。

「…っ…ふ…」

すると辺りに漂っていた甘ったるい香りが次第に薄れ、黄瀬は自身の制御下に戻ってきた力にほっと息を吐く。

「………あ?」

笠松からも危うい気配は遠ざかり、ぱちりと夢から覚めたように赤い紅玉が瞬きを繰り返した。

「あの、センパイ……大丈夫っスか?」

「あ?あぁ…って、お前!」

指輪を填めたことで霧散した甘い匂いに笠松は黄瀬がヒトとはどこか違うことを知る。
警戒したような眼差しを向けられ黄瀬はこっちもびっくりしたんスよ、とぼやきながら蜂蜜色の目で笠松を見返した。

「俺と付き合えないって言ったのは、だからっスか?」

美味しそうだと、笠松が黄瀬を好きだからそう感じるのかもと言った言葉を黄瀬は聞き逃さなかった。
笠松ははぁっとため息を落とすと、蜂蜜色に変わっている黄瀬の瞳を美味しそうだと見つめながら口を開く。

「そうだ。ヒトじゃない俺と付き合うなら他を捨てる覚悟がいる。俺の都合でお前をこっち側に引き摺りこむわけにはいかねぇんだよ」

だから応えられないと、その理由を知った黄瀬は徐にぱぁっと瞳を輝かせた。

「センパイ、それなら問題ないっス!だから俺と付き合って欲しいっス!」

「はぁ?んな簡単に…」

「俺もヒトじゃないんで、その辺はオールオッケーっス!」

ずぃっと身を乗り出して黄瀬は笠松に迫る。
黄瀬がヒトとはどこか違うと感じていた笠松は本人からのあっさりとしたカミングアウトに、頭が痛いと眉をしかめた。

「ヒトじゃねぇならお前はなんなんだ?」

「魔女っスよ、魔女。そういうセンパイは…」

「ヴァンパイア」

鋭く尖った犬歯をみせられて、黄瀬はそういえば舌を噛まれたんだと痛みの消えた舌に首を傾げる。

「もう痛くねぇだろ。治しといた」

「あ、もしかして首に噛みついてきたのも…」

「………悪かったな。勝手に身体が動いたんだ」

「いえっ、それは…多分、俺の力のせいっスから」

こんなはずじゃなかったんだと気まずげに視線を外した黄瀬に、当然笠松は意味が分からねぇと説明しろと黄瀬に求めた。
ここまでの惨状を引き起こした黄瀬は逃げることも出来ないと腹をくくって、魔女の持つ魅了の力やら自身についての説明を笠松にした。

「んじゃぁ何か、お前は毎日俺に力を使ってたわけか」

「そうなるっス…」

「しかも今日みたいな満月の夜は一番やばいとか」

「…っス」

「アホかっ、お前は!シバくぞ!」

言葉と共に放たれた右手が黄瀬の頭を勢いよく叩く。

「痛っ〜!?何で、叩くんスか!」

「てめぇのせいで俺は今日死にそうだったんだよ!」

「へ?」

「いつも満月の日はいねぇくせに今日は居るし。ただでさえ満月の夜は俺も気が抜けねぇってのに、お前から漂ってくる甘ったるい匂いは一段と強烈だし。こっちは間違ってもお前を襲わねぇようずっと気を張ってたんだぞ!それをお前は…」

今日一日笠松のテンションが妙に低かったのはそのせいか。

「でもそれなら、むしろ俺、センパイになら襲われても……あだっ!?」

「馬鹿言ってんじゃねぇ」

二発目の拳を肩に受けて黄瀬は涙を滲ませる。

「魔女に力があるように、俺にも力があるんだよ」

笠松は黄瀬の首筋に手を伸ばすと、甘噛みした白い肌の上に指先を滑らせうっとりと紅玉の瞳を細めた。

「お前、俺に噛まれて血を吸われてたら俺から永久に離れられなくなってたぞ」

「どういう…ことっスか?」

「うちの家系はコレと決めた相手からしか吸血しない。他の奴でも出来ないわけじゃねぇが、飲めたもんじゃねぇらしい」

コレとってことは、ニュアンスからして嫁やパートナーということか。

「もう分かってると思うが、俺はお前が好きだ。その返事がどうあれ、俺が力を込めて吸血しちまえばお前は俺のもんになるんだよ」

人間だったら徐々にその身体を俺と同じ存在に作り変えて、共に永久の時を生きさせる。

笠松側の事情を聞き終えても、なんら黄瀬の想いに揺るぎはない。

「…いいじゃないっスか、それ。そしたらセンパイは俺なしじゃ生きられないってことっスよね?」

「まぁ、大体はそうだが。何でお前はそんな嬉しそうなんだ。普通躊躇うだろ」

「だってセンパイ、夢じゃないっスか!一生一緒とか!これを喜ばずにいつ喜ぶんスか!」

さっどうぞ、とばかりに襟元を寛げ出した黄瀬に笠松は手を引いてがりがりと困ったように頭を掻く。

「あー、もう、お前の気持ちは分かったから止めろ」

月明かりの下、思わず引き寄せられそうになる首筋から目を反らし笠松は言う。

「今日はダメだ。これ以上したら俺が何するか分からねぇ」

「えー、俺はいいっスよ」

「お前が良くても俺が嫌だ。初めてはやっぱちゃんとした場所でな」

「はじ…え…っ!?」

かぁっと黄瀬の頬に熱が集まる。

「なんだよ?」

顔を真っ赤にして絶句した黄瀬に笠松は訝しげに視線を投げる。

「あ…ぅ…何でも、ないっス」

この人は自分の言った台詞に気付いていないのか。
黄瀬は熱くなった顔をパタパタと左手で扇いだ。その時視界に入った指輪にへにゃりと表情を崩す。

「ねぇ、センパイ」

よいしょと立ち上がった笠松に黄瀬は左手をひらひらと振って、自分も立ち上がりながら話しかける。

「左手の薬指に填めたのは何でっスか?」

別に中指とか右手でも構わなかったのに。

笠松の視線が指輪に向く。
適当に答えられるかと思った黄瀬はそこで思わぬカウンターを食らった。

「何でって、お前に填めるなら薬指しかねぇだろ」

「―っ、そ、それって…」

「変な奴だな。おら、帰るぞ」

これ以上二人きりはヤバイと笠松は呟き、黄瀬はその夜笠松に送られて家へと帰った。

なにはともあれ、黄瀬はこの日からめでたく笠松とお付き合いを始めたのだった。



end



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