理不尽な兄との攻防戦1


ぎぃと扉の開く音がし、意識が浮上する。

「んぅ……?」

ぺたぺたとその足音は二段ベッドの直ぐ側で止まった。

そして、………どさり。

「ぐぇっ!?…ちょっ、またかよ!おい兄貴!」

ベッドで寝ていた俺の上に兄貴が倒れ込んで来た。

「寝るな起きろ!兄貴のベッドは上だろ!」

がっちり身体を拘束されジタバタと足掻く。

毎度の事ながら兄貴は風呂上がりで、髪は濡れてて冷たいし上は何も着ていない。

「ん…うるせぇ。だったらてめぇが上行け」

そうは言っても腰に回された腕が邪魔で動けない。

言ってることとやってることがちげぇ!

更に逃げられないよう足を絡められ、胸の中に抱き込まれる。

「わっ…ちょっ兄貴…!」

素肌に顔を押し付けるような格好になり、俺は慌てて兄貴の胸に手を置いて押し返した。

「さみぃ…」

「だったら服を着ろ!」

ぐぐっと胸をおしやり俺は抗議する。

「うるせぇな…俺は疲れてンだよ」

だからって毎度弟の安眠を奪う理由にはならねぇよ!

「だったら尚更上に上がって寝ろよ!ここじゃ狭くて疲れなんかと…」

れねぇ、と続く筈だった言葉は俺を見下ろす剣呑な瞳に呑み込まれた。

「俺はうるせぇって言ってんだよ」

すぅと細められた双眸に、ゾクリと背筋が震える。

腰に回されていた右手が外され、俺の顎を捕らえた。

そして、そのままぐぃと持ち上げられる。

「あ、兄貴…?俺が悪かっ…」

「黙れ」

据わった目でそう告げられ、いきなり口で口を塞がれた。

「んぅ!?なにす、んっ…ぅ…」

驚きに目を見開き、文句を言おうと開いた口内にぬるりと生暖かいものが侵入してくる。

これっ、兄貴の―!!

なにとち狂って弟にディープなんかかましてんだよ!

「…んぁ…っ…ぁ…」

やべぇ、背筋がぞくぞくしてきた。

「んぅっ…っ…んんっ!」

逃げを打つ舌を絡めとられ、くちゅりと唾液が交わる。

「ふぁ…はっ…ぁ、あに…きっ…やめっ!」

角度を変え、唇が少し離れた隙に俺は叫んだ。

すると兄貴の動きがぴたりと止まる。

「はふ…っはぁ…はぁー」

その事にほっと安堵したのも束の間、あろうことか今度は俺の耳をがぶりと思いきり噛んだ。

「いっ―!?」

痛いなんてもんじゃない。噛み千切る気か!?

痛みにジワリと涙が溢れる。俺は兄貴をギッと力の限り睨み付けた。

謝ってやろうと思ったのに何すんだ!このっ…

「葉月。この耳は飾りか?あぁ?」

だが、文句を口にする前にゾッと背筋が凍るような低音が耳に流し込まれる。

どこか妙な熱が伴ったその声音にぞわぞわと鳥肌が立つ。

「ぁ…に…き…?」

恐る恐る上げた視線の先に、目を据わらせ、口元に弧を描いて笑う兄貴がいた。

「そうか。俺の言うことが聞けねぇってのか」

俺はまだ何も言ってねぇよ!

そう口を開く寸前、噛まれた耳朶にぬるりと舌が這わされた。

「ひぅっ―!!」

「躾しなおしてやる」

ごそりと腰に回されていた兄貴の手が妖しく俺の服の中へと侵入してきた。

ちょっと待て―!!!

俺は力を振り絞って兄貴の腕を掴んで止める。

「おれがっ、俺が悪かった!だからもう止めてくれ!あにき!」

必死すぎて涙声になったのは不可抗力だ。

動きを止めジッと見下ろす兄貴の瞳に、今にも泣きそうな顔をして写ってる俺もきっと見間違いだ。

俺は泣いてなんかない!

兄貴は謝罪した俺に一層眉を寄せ、不機嫌さを隠しもせず言い放つ。

「俺がここで寝るのに文句はねぇな」

「無い、です」

本当はあるけど…。

パッと両手を離して降参のポーズをとった。

「だったら始めから騒ぐんじゃねぇ。俺は疲れてんだ」

「…ごめん、なさい」

この恨み、いつか絶対晴らしてやる!

「葉月」

「はいっ、って…近い近い!離れろ兄貴!」

ずぃとまたしても近付いた距離に俺は慌てた。

「うるせぇ、寝るぞ」

ぐっと腰を抱かれ胸に抱き込まれる。

だからってこれはやっぱり可笑しいって!

可笑しいよな?

兄貴は俺を抱き枕か何かと勘違いしてるんじゃなかろうか。

毎夜、抱き枕にされ、考え抜いた末に俺は小遣いで抱き枕を買ってみた。

「……何のつもりだ?」

「何って抱き枕。兄貴にやるよ」

「ンなもん必要ねぇ。寝るぞ」

しかし、結局まだ抱き枕が使われた試しはない。

何故だ…?

抱き枕が気に入らなかったのか?でも、小遣い使っちまったし新しいのは来月にならないと買えない。

「どうすれば…」

うとうとと考えながら、今夜も俺は兄貴の胸に抱き込まれて夢の中へ落ちて行った。





(人肌って意外と温かいんだな…)
(独り寝が寂しくなれば良い)

END.

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