03
その後はイルカショーを見て、サメも見れるというのでサメも見に行った。
水族館から出る頃にはもう陽が傾き始めていて、俺はもう水族館だけで満足だった。
上機嫌で助手席に乗り込むと三上さんに笑われる。
「こんな事で喜んでくれるならもっと早く連れてこれば良かったな」
「うっ…どうせ俺はガキですよ」
「拗ねるな」
ポンポンと軽く俺の頭を叩き、三上さんは車のエンジンをかける。
「さて、海行って帰るか」
気付けば俺も三上さんもお見合いした時より幾分か砕けた口調で会話をしていて、間に合った距離も他人から知人ぐらいの距離に縮まっていた。
◇◆◇
水族館から十五分ばかり車を走らせると、海が見えてくる。
「降りるか?」
窓の外を熱心に見ていた俺に三上さんはチラリと視線を投げて聞いてきた。
俺はそれに首を横に振り、見るだけで十分と返す。
夕日を反射して輝く海は綺麗だったけど、陽が沈んだ後の海は暗くて怖いと思った。
それから三上さんは行きと同じ道を通り、車は待ち合わせをした場所を通りすぎる。
「あれ?三上さん、俺ここで…」
「家まで送って行くよ」
外はもう暗く、時計を見れば六時を過ぎていた。
見慣れた道。俺が一人暮らしをするマンションの近くで三上さんは車を停めた。
「晴海君」
けれど三上さんはドアの鍵を外すでも無く、俺に真剣な目を向けてきた。
「三上…さん?」
ソッと俺の座る座席に左手を置き、三上さんは顔を近付けて言う。
「晴海君、キスしたことある?」
「えっ…な、な、なに!?」
真剣に聞かれた事で余計混乱し、俺は顔を真っ赤に染めて狼狽えた。
デート以前に彼女も出来たことない俺がキス何てっ…。
俺の反応をどうとったのか三上さんは瞳を細めて、右手で俺の頬に優しく触れてくる。
「―っ…あのっ…」
「晴海君には酷な事を言う様だけど俺達は恋人を通り越して、…偽りとはいえ婚約した身だ」
声を詰まらせた俺に、優しく諭すように三上さんは続ける。
「当然、そういう行為も含まれる。俺は晴海君に無理強いするつもりはまったくないけど、いざと言う時の為にキスだけさせてくれるか?」
いざと言う時、と言うのが何を指しているのか俺には分からなかったけど、三上さんが俺の事を思って言ってくれてるのは分かった。
「でも…」
「…俺じゃ嫌?」
「そんなことありません!…っ、俺の我が儘に付き合わせて、ここまでしてもらってるのに嫌なんて」
尻すぼみになりながらも俺は三上さんの言葉を否定した。
頭の横に置かれた左手が座席をギシリと押す。
頬に触れていた右手が下へと滑り、顎に添えられた。
「目、閉じて」
「――っ」
少しだけ上向かされた顔に、吐息がかかる。
俺は恥ずかしくて、言われるがままにぎゅっと目を閉じた。
そして、ゆっくりと唇が重なる。
時間にして思えば数秒。それから二度、三度、啄むように唇が重ねられ、労るようなその心地好い口付けに緊張で力の入っていた俺の体からふっと力が抜けた。
その瞬間、緩んだ口の中に生暖かい何かが侵入してきた。
「んぅ!?」
俺は驚きで目を見開き、顔を引こうと動かす。
しかし、場所は狭い車内で俺は座席に座ったまま動くに動けない。
「み…かみ…さっ…んぅ…」
息継ぎの仕方が分からなくて、次第に息が苦しくなる。ジワリと滲む視界で三上さんを見れば、三上さんは困った様に笑った。
「んっ…んんっ…はっ…」
角度を変えて、少しだけ離れた時に空気を取り込む。
「は…っ…はっ…んっ…」
頭がぼぅとしてきて思考が霞む。
「晴海、舌だせ」
「ん…」
ぼんやりとした頭で頷き、流される様に再び口を塞がれた。
「…っ、ん…んん…」
「は、…可愛い」
座席に置かれていた左手が俺の髪をするりと撫で、唇がゆっくりと離れていく。
「っは…、は…」
ぼぅっとしていた頭は、空気を取り入れることでハッキリしてくる。
「大丈夫、晴海君?ちょっとやり過ぎたかな」
「んっ、…だいじょぶ、です」
カァッと真っ赤に染まった顔を見られたくなくて、俺は俯いて答えた。
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