底無しの沼(生徒会長×不良)
生徒会長といえば品行方正で学校の顔。教師からの信頼も厚く、生徒の模範となり学校を率いて行く者。
「――会長、今年の文化祭も盛大なの期待してますから!」
「おぉ、全国模試、今回もお前が一番だったな。流石がは我が校一の生徒だ。鼻が高いよ」
「会長!」
「会長…」
なんて…一体誰が決めた?
◇◆◇
入学して間もなくの時に勝ち取った屋上で、俺は頭の片隅で始業の鐘が鳴るのを聞きながら、そろそろ屋上で過ごすには肌寒いかと背から伝わるコンクリの冷たさに体を震わせた。
「あ〜〜」
ガシガシと金髪に染めた髪を掻き、つい癖でよっこいしょと言いながら立ち上がる。そのまま給水塔の壁に背を預け、ポケットから煙草を取り出した。
「あ〜、何か面白いことねぇかな」
そして煙草に火をつけようとしてライターが無いことに気付く。
「チッ…」
仕方なく諦めて、唇に挟んだ煙草を箱に戻した所で屋上と校内を繋ぐ鉄製の扉が重苦しい音を立てて開いた。
「やっぱりここに居たか」
姿を現したのはこの学校の天辺に立つ生徒会長、鴻上 茂樹(こうがみ しげき)。学年は俺と同じ三年。
「空也(クウヤ)」
そして、この俺、学内一の不良として名を馳せている仲原 空也のコイビトでもあった。
俺は給水塔の壁に背を凭れたまま向こうが近付いて来るのを待つ。
会長と不良という立ち場で住む世界もまったく重ならない俺達が出会ったのもこの屋上でだったなとぼんやり思う。
細かいことは忘れたが、奴の方から話し掛けて来たのだ。
不良は楽しいか?と。
始めは何言ってんだコイツと嘲笑った。
けど、何回か会う内に奴が屋上へと逃げて来ているのに気付いた。
生徒会長。名は立派だがその実、教師や生徒達からはいつも監視されているようなものだ。彼ならばやってくれるだろう、彼が出来ない筈がない、彼に任せれば間違いはない、と無責任にもその上に更に重圧をかけられて。
当時の茂樹は逃げ道を探しているようだった。
けれど、そうと気付いても俺は奴を可哀想だとか助けてやろうとか微塵も思わなかった。
ただ、話を聞いてて馬鹿らしくなって言ってやったのだ。
『お前のしたいようにすれば良いんじゃねぇの』
深くは考えずに、それこそ無責任に…言った。
俺は俺のしたいようにする。誰かの言いなりなんて冗談じゃねぇ。それが俺だ。たとえ世間に冷たい目で見られようが、俺を無くしちまったらそんなの死ンでんのと何も変わりゃしねぇ。
その瞬間、奴は俺が見てきた中で一番無防備な表情を浮かべた。きっとこの学内じゃ俺しか見たことねぇ間の抜けた面。
思い返してクツリと喉が鳴る。
「にしても、したいようにすれば良いとは言ったがまさかなぁ…あれには流石に俺も驚いたぜ」
笑いを噛み殺し独り言を呟いた俺の視界に、近付いて来ていた鋭い、闇夜を写し取ったかのような漆黒の双眸がじろりと訝しむように現れる。
「おい、なに一人でにやけてるんだお前は。とうとう頭まで可笑しくなったのか」
間近から俺の顔を覗き込んできた茂樹にはもうあの時感じた切迫感は感じられない。今はどこか余裕すら窺えるほどだ。
そんな茂樹に肩を竦め、俺は口角を吊り上げた。
「いや、ちょうどお前に寝込みを襲われた時のこと思い出してたんだ」
「なっ―、あれはその…つい…」
「つい、で品行方正な生徒会長様は不良を押し倒すのか」
「…っ、悪いか!会長である前に俺だって一人の男だ!それに…お前が言ったんだ。俺のしたいようにすれば良いって。…悪いか」
どこか不貞腐れたように視線を反らした茂樹の頬に手を伸ばし触れる。
「いんや、全く」
(可愛いねー、お前は)
会話を重ねていく内にいつの間にか俺も、自分とは正反対なコイツに惹かれてしまっていた。じゃなきゃ上に乗っかられた時点でぶっ飛ばしてるところだ。
「それより俺今、煙草吸おうと思ってたんだけど火持ってねぇ?」
「持ってるわけな…」
茂樹の頬に添えた指先を滑らせ、形の良い唇に触れる。
だろうな。生徒の模範となるような会長様が持ってるわけがない。そんなこと…知ってる。
知ってる上で俺は言ってるんだぜ。
「なぁ、茂樹。ここには俺とお前しかいねぇんだ。俺以外誰もお前を見てない。…何も我慢する必要ないんだぜ」
(俺に会いに来たんだろ?)
途中で言葉を途切れさせた茂樹にわざとらしく首を傾げてみせれば唇に触れていた指先が外される。
「…空也。少し疲れた。甘えてもいいか?」
「ん、いつでもどーぞ」
(コイツはきっかけを与えてやらなきゃ我慢しちまうからなぁ)
ややあってから腰に腕が回され、唇に柔らかい感触が押し付けられる。
啄むように口付けは繰り返され、やがて…重ねられた唇からするりと口腔内に舌が侵入してきた。
「んっ……ン…」
「…はっ…空也」
歯列をなぞられ舌を絡めとられる。上顎をなぞられ、ゾクンと背筋に走った震えに瞳を細めた。
「…ン…ぁ…」
腹の底から引き摺り出されるような快楽にゾクゾクと身体が震えて堪らない。
「空也…くうや…」
何度も名前を呼ばれる。
間近に絡む熱を宿した熱い瞳を見つめ返し、俺を見下ろしてきた時もこんな眼差しをしていたなと思い出す。
自分達の思う理想の会長像をコイツに押し付けてる奴等はきっとこんな茂樹を知らねぇ。
お前の一番の理解者が教師でもなく、普通の生徒でもなく、学内一の不良だなんて、奴等が知ったらどうなるんだろうな。
「ふっ…ン…っクッ…」
想像して、深く交わる口付けの合間に思わず冷笑が零れた。
弓なりに弧を描いた濡れた唇を舐められ、僅かに上がった吐息が離れていく。
「ン…はっ、これだけでいいのか?」
腰を支えられながら熱っぽく耳元で囁けば何故か会長の仮面を投げ捨てた茂樹が拗ねたように怒った。
「お前、あんまり安売りするなよ」
「…何を?」
ぎゅうぎゅうと抱き締められたまま今度は真面目に首を傾げればとんでもない単語が耳に飛び込んでくる。
「だから…カラダ」
「はぁ…?」
「お前、俺が此処に来ると必ずこうやって甘やかすだろ?…あんまやられんと俺がダメになっちまうから」
不良は楽しいか?に続いてこれまた可笑しなことを。
俺は口端を吊り上げクツリと笑った。
「今さら…嫌だね」
「空也…?」
「俺が言うこと聞くわけねぇだろ」
何時だって俺は俺のしたいようにする。お前がダメになっても俺は構わねぇ。それこそ望むところ。
ほら、もっと堕ちてこい。俺のところまで。
俺のテリトリーに先に足を踏み入れたのは茂樹、お前だ。今さら脱け出すことは不可能だと知れ。
◇◆◇
「会長、次の会議は…」
「会長!」
「会長…」
生徒会長なんてただの記号だ。
「クッ、馬鹿な奴ら…」
学校の奴等には記号を拝ませときゃ良い。
品行方正でも無く、悩みも間違いも喜怒哀楽も、どろどろとした欲望もある生身の生徒会長 鴻上 茂樹は俺だけが知ってればいい。
そう…俺だけがお前の全てを受け入れてやる。
「なぁ、愛してるぜ…茂樹」
END.
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